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02


こういうのを無駄な努力と言うのかな?

そんな事をしても失ったものは戻らないのに。

約束だからと君は言うのかな?

そんなものすらこの世界では無駄だと言うのに。

だってほら、守る相手が居ないじゃないか。

約束を交わした本人すらも、きっと分かっていないのに。

それでも君は無駄な努力を続ける。

だからこそ、人は興味深いんだけどね。

ほら、またひとつ、空虚な願いだ。







「アルはこれ、覚えてるか?」


「また、妙な事を聞くな……」


喧騒に包まれた酒場のカウンターにて、自身の左目を指差しながらアルに問いかけた。

アルは明後日の方向を見て少し考え込む素振りをした後に不思議そうな表情をする。


「……すまん。随分昔に怪我していたのは覚えてるんだがそれ以外は忘れてしまった」


「そっか」


「……あまり、根を詰め過ぎるなよ。お前の事を心配するのは何もルカだけじゃないんだからな」


「う、あ、ありがとう。……さっきは、その、ごめん……どうかしてた」


「構わんさ」


そう言ってアルは小さく笑う。

兄貴だけじゃなくて、アルにも迷惑を掛けっぱなしで申し訳なくて縮こまる。

子供扱いされた時は嫌だったけど、こうして冷静になってみると俺はまだまだ子供なんだと自覚した。


それにしても、アルもやっぱりこの左目に関して覚えていないようだ。

どうしてこんな事になっているのか分からないけど、ここから何か、あいつらに繋がる何かが見つけられないだろうか。

俺は覚えてるから、あれは夢じゃないんだ。


そんな気持ちももちろんあるけど、俺自身が言った言葉も忘れていない。

証明、する。

あいつらの存在を。

元々自分を見失っていたエトを励ますために放った言葉だったのに、こんな風になってしまうなんて思ってもみなかった。

だから俺は探す事にしたんだ。

……まぁ、そんな交わしたのかどうか曖昧な約束に縋りたいだけなのかもしれないけど。





「そういえばさ、姉さんってどこにいるんだ?」


「ルナか? あいつは引きこもりだからいつも通り家に行けば居るだろうけど、居なかったのか?」


「あ、いや、聞いてみただけ」


これは、変わり無いのか。

と言うかうっかりしていたけど、呼び方は「姉さん」で合っているのか。


元々居た世界では兄貴が死んで、姉さんに引き取られて一緒に暮らしていた。

けど、今の世界では兄貴が生きていて、この酒場に俺と兄貴とアルで住んでいるらしい。

家族としての姉では無いわけだけど、どうなっているのか。


元の世界と今の世界の違いを迂闊に誰かに聞いても良いものなのかも疑問だ。

兄貴は信じてくれたけど、他の人にもそれを求めるのはおかしな話。

なにより俺自身も頭のおかしい人扱いされるのはごめんだ。

……さっきもアル相手に暴れてしまった訳だし。

あいつらの痕跡を探すのは良いとして、もう少し気をつけて動くようにしよう。


「んー……ちょっと姉さんの所にいってくるよ」


「ん? そうか。まぁあいつの所なら心配いらんとは思うが、無理はするなよ」


「おう、ありがと!」


この世界のアルも何も変わらない。

お節介焼きで兄貴に負けず劣らず優しい。

アルに手を振ってから酒場のドアを閉めると、歩き出……そうとして、やめた。


姉さんの家って元々の世界の俺が住んでいた家で良いのだろうか?

アルの所に戻って聞いて来ようかな……。

いや、でも気をつけようと思った矢先に迂闊な行動過ぎるような…。

そもそもあのやたら警戒心の強い姉さん相手に俺は何を聞きに行くつもりだろうか……。


こうして考えて見るとどれもこれも迂闊な行動に思えてきてしょうがない。

どうしたもんかな。


「よう、さっきぶり。もう大丈夫なのか?」


「あ、兄貴」


声のした方へ目を向けると、何かの作業の途中だろうか、バケツのような物を持った兄貴が手を振りながらこちらへ歩いてきた。

俺が落ち着いてアルの元へ戻れるようになったらいつの間にか居なくなっていたけど、外に出ていたらしい。

兄貴って意外と仕事熱心なんだな。


「俺はもう平気。さっきはありがとう」


「気にすんな。泣きたくなったらいつでも兄ちゃんが熱く抱擁してやるぜ!」


「…………」


「……あー……なんて冷たい視線……っ」


あれ、兄貴ってこんな鬱陶しかったっけ?

言葉を失いつつも睨み付けると兄貴はがくっと大袈裟に肩を落とした。

とは思いつつも向こうのペースに乗せられ、どん底に落ち込んでいる時よりは元気が出てきているから、流石兄貴だ。


「……それはさておき、これからお前はどうするんだ?」


「あいつらの痕跡でも探そうかと思って」


「ほうほう」


「なんて、それっぽい事言ってるけど、それに縋らなきゃやってられないだけなんだけど……さ」


「大いに縋りたまえよ。時には悩み、時には立ち止まる事も若者には必要なのだよ」


「なんだそりゃ」


楽しそうに、わざとらしく喋っては俺の肩をばしばしと叩く。


「生きてりゃいつだって前向いて歩ける。縋って上等だろ」


「うわ」


そして、俺の頭をぐりぐりと力任せに撫でる。

不思議な事に兄貴と言葉を交わしていく度に後ろ向きだった気持ちが少しずつ前へと向いていくのを感じた。

……それと、居心地の良さも。

あいつらとの時間を望んでる筈なのに、あいつらの居ない現状を楽しんでいるかのような自分も居て、それが少しだけおぞましく思えた。


「そういや、どっか行くとこだったのか? 呼び止めない方が良かったか?」


「あ、そうだった。丁度良いや、姉さんの事教えてくれよ」


「ルナの事か? なんだ?」


「俺の知ってる姉さんと、今の姉さんの違いについてなんだけど……」


そうして、説明は苦手なんだけど少しずつ話した。

兄貴は所々考え込むような素振りを見せながらも黙って聞いてくれた。

さっきの取り乱した時もそうだけど、こんな話を真面目に聞いてくれる事がすごくありがたい。

だからこそ、つい甘えてしまう。

ちゃんと覚えている俺がしっかりしなきゃいけないのに、なかなか上手くいかない。


「って訳だけど……今の姉さんどうなのかなぁ? って言うか、姉さんって呼び方で通じてるのは何でなんだ?」


「あぁ、お前はルナの事を姉のように慕ってて昔からそう呼んでいたぜ」


「へぇ、そうなんだ」


「……あー……あとな……なんつーか……なぁ」


「え、な、なんだよ」


兄貴は目を反らして困ったような顔で頭をがりがり掻いた。


「お前が知ってるルナと、俺の知ってるルナは違うかもしれん」


「ぅえっ!?」


「なんつーか、性格が違うっつーか? お前の知ってるルナはなんだか昔のルナみたいっつーか、今はそんなピリピリして無いっつーか」


「は、はぁ……」


「だからビビる必要なんかこれっぽっちも無いぜ」


「う、うーん……」


「って、まぁお前からしたら分からん話か」


兄貴は、よし、と言いながらバケツを足元に置くと、俺の横を通り抜ける。

そして、顔だけを俺の方へ向けて手招きした。


「まぁこう言うのは見てみるのが一番早いぜ。俺がフォローしてやるから来いよ」


「えっ、兄貴も来るのか? し、仕事は!?」


「大事な弟の為ならサボる事も厭わないぜ俺は!!」


「はぁっ!?」


仕事熱心だなんて思った矢先にこれだ。

弟をサボる口実にするなんて随分な兄弟愛である。

……常時こんな調子だとしたらアルも気苦労が耐えないだろうなぁと少し同情した。





アルの酒場から姉さんの家はそこまで離れていない。

どうやら俺の知っている家と、今の姉さんの家の場所は変わらないらしい。

少し懐かしく感じる家の前で兄貴は立ち止まって扉を軽く叩いた。


「おーい、お姫様ー! サボりに来てやったぜー!」


「サボりにって……堂々とし過ぎてサボってる人間とは思えないな」


「よせやい、照れるぜ」


「褒めてないし……」


俺が呆れてため息を吐いてもどこ吹く風、兄貴は楽しそうに笑うだけだ。

そうしていると、扉がゆっくり開いて姉さんが顔を覗かせた。

魔術師の集落で受けた傷なんてどこにも無い、顔色も普通の姉さんだった。


「ルカとフェル、相変わらず騒がしいのね。入って」


「……あ」


「……おう、邪魔するぜ」


姉さんは扉を開いたまま部屋の奥へと歩いていくけど、俺はその場で固まってしまった。

それを察してか、兄貴が動かない俺の手を引いて部屋の中へと入っていく。


「今日は少し遅かったわね」


「たまには俺だって真面目に働くさ」


「真面目だと言うのならサボりに来ないで欲しいのだけど」


「そいつは難しい相談だ」


楽しそうに談笑する兄貴と姉さん。

俺はそれが信じられなくてぼんやり眺めていた。


だって姉さん、とても楽しそうに笑ってる。


俺の知っている姉さんだって感情が無い訳じゃ無かったけど、あんな柔らかく笑っている顔は初めて見た。

あんなに嬉しそうに話している顔は初めて見た。


「フェル? どうかしたの?」


「あ、いや、な、何でもない!」


「そう? なら良いのだけど……」


「う、うん、あ、ありがとう」


「何かあったらちゃんと、私でもルカでもアルでも良いから言うのよ?」


「っ」


俺を安心させる為なのだろう、姉さんは満面の笑みで俺に笑いかける。

分かっているのに、大した事なんてない筈なのに、なんだかそれがこわく思えて兄貴の背中に隠れた。


「フェル……?」


「……あー……すまんルナ。フェルの奴、今難しい年頃なんだ。思春期って奴」


「……は?」


「俺がフェルの年頃の時はどうだったかな……ルナはどうだったよ? ……っと、そりゃうん十年単位の昔々のお話になっちまうか?」


「っる、ルカっ!」


「うおっ、こえー!」


涙目の真っ赤な顔で、姉さんは兄貴に食って掛かる。

それを兄貴はいたずらっ子のように笑いながらあしらって、それ程広くない家の中がわいわいと賑やかな声で満たされる。

姉さんは怒ってるんだけど、どこか楽しそうだ。


なんて言うのかな、こういうの。

あぁ、こういうの、

こういうのが、幸せって言うのかな。

なんだか楽しそうにじゃれ合う二人の邪魔しちゃ悪い気がして、夢中になっている二人に気付かれないようにそっと外へ出た。

そのまま扉横の壁にもたれ掛かって、空を眺める。


元々の時間の姉さんはきっと、俺が居たからあんな風になってしまったんだろう。

何の力も持たない弱い俺を守る為に必死だったんだ。

姉さんの方がか弱い癖に、色々抱えてる癖に、変な責任感じて色々尽くしてくれたんだ。


それを考えると、きっとこの世界は姉さんにとって幸せな世界なんだろうな。

兄貴も楽しそうに姉さんと笑い合っていた。

アルも気苦労は絶えないだろうけど、二人が笑い合っている世界の方が良いだろう。

俺だって、子供の頃からずっと大好きだった人達が平穏に暮らせて居るのは嬉しい。

とても幸せな世界。


幸せな、世界。


「……っ」


それなのに、熱いものが頬を伝う。

あぁ、また、泣いてしまった。

あいつらに、笑われてしまう。

慌てて拭ってみたけど、次から次へ溢れて止まらない。


『僕もフェルに出会えて、良かった』


『さよなら。私の事、忘れて』


あいつらが居ない世界は、すごく平穏で、みんな笑っている。

あいつらの居ない世界の方が、正しかったのか?

あいつらの居た時間は、あいつらと過ごした時間は、無駄だったのか?

そんなの、認めたくなかった。

この世界が嫌だって訳じゃない。

ただ、あいつらの存在が無駄だったなんて思いたくないだけだ。

だって、こんなに悲しいのに。


窓から家の中を覗くと未だに兄貴と姉さんは楽しそうにじゃれ合っている姿が見えた。

嫌だって訳じゃないんだ。

けど、なんだかどうしようもなく背筋がぞわぞわして、酷いさむさを感じる。


それがこわくて、それから逃げるように俺は走った。

めいっぱい走って、走って、走った。

みんなが笑っている幸せな世界。

それなのに泣いている俺は、こわがっている俺は、なんだ?

あいつらが居た世界の記憶だけ持って、この世界の記憶が一切無い俺は、なんだ?

なんだか世界から取り残されてしまったような、全てから取り残されてしまうような、そんな恐怖を感じた。


「……は……っ、はぁ……っ」


息が上がって立ち止まる。

気が付けば森に辿り着いていた。

広場の中央、大きな木を見て一層身体が震える。

俺は、どこに行けば良いんだろう。


「……っスーシャ……、エト……っ!」


涙は止まらない。

名前を呼んでも誰も応えてくれない。

ただ、ただ、こわくて、こわくて、寂しかった。




「……ちょいと失礼」


「うっぁ!?」


不意に、背中から衝撃。

片腕が後ろに抑え付けられて、上手く顔を庇えないままうつ伏せに地面に倒れ込んだ。

訳が分からないまま反射的に起き上がろうとした瞬間、背中に重たい何かがのしかかって来て、突然の苦しさにむせ返る。


「げほ……っ!」


「悪いな。お前にいくつか聞きたい事があるんだが……とその前にお前、正気なのか?」


頭上から降りかかる声。

泣いてしまいそうな程の懐かしい声に、さっきまでの落ち込んだ気持ちも忘れて必死に身体を捩る。

めいっぱいもがいてみたけどしっかり押さえ付けられているらしく、あまり意味が無い。

なんとか首を動かして必死で声のする方向へ目をやると、スーシャでもエトでも無い、けれど会いたかった人物がそこに居た。


「ソル……っ!」


「っ、……なんだ……お前……」


俺が名前を呼んだ途端、ソルは顔を歪めた。

そして次の瞬間、俺の倒れている地面に魔法陣が展開された。


「っ!?」


多分、これは拘束の魔術だ。

打ち消そうにも、身動きが取れなくて腰に手を伸ばすなんて出来そうにない。


でもソルが魔術なんて、使ってたっけ?

まるで魔術師……みたいじゃないか。


ばちり、耳を劈く音と共に、光る輪っかと魔法陣が四散した。

打ち消せなくても、俺には魔術なんて意味が無い。


「……は?」


「っらぁ!」


「あっ!?」


拘束の魔術に頼るつもりだったのか、単に驚いているのか、どっちなのかは分からないけど急に力が緩んだのを感じて、ソルを弾き返す勢いで起き上がる。

上手くいったらしく圧迫感が無くなり、そのままソルから少しばかり距離を取った。

何があっても良いように腰の銃へと手を伸ばし、顔を歪めて俺を睨んでいるソルと対峙する。


「お前……本当になんなんだよ……」


「お前こそ。ソル……で合ってるのかよ」


「……あぁ、俺はソル。魔術師のソルだ」


「……」


挿絵(By みてみん)


瞬間、理解した。

こいつはゴーレムじゃない、魔術師のソルなんだと。



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