06
「ゴーレム?」
「おっきな岩が、がお〜ってしてるの!」
「は……?」
あれから俺たちはスーシャのやっていたクエストを手伝うために町の外、草原を抜けた先のとある荒野に来ていた。
なんでもゴーレムというモンスターを討伐するクエストらしい。
が、スーシャの説明だとどんなモンスターなのか全く分からなくて首を傾げている所だ。
「ゴーレムってのは簡単に言えば動く人形だ」
「厳密には自律型の魔法道具なんですよ。人間の命令を聞いてくれるんです」
ソルとフロラが分かりやすく解説してくれる。
なんだか頼もしい。
スーシャと二人は同じ旅人だというのにえらい違いだ。
スーシャは難しい顔で首を傾げ、唸り声を上げる。
「うーん……とりあえず逃げつつ使役している人を探してみたんだけど、見当たらなかったんだよね」
「それを見つけるのと、ゴーレム壊すのどっちが早いかな?」
ソルも同じように難しい顔をしている。
その言葉を聞いたスーシャとフロラは苦い顔をして首を振った。
「私にはゴーレム壊すなんて無理ぃ〜」
「私も自信無いです……」
これ、ゴーレム攻略の会議中……なのだろうか?
首を傾げていると、それを察したのかソルが口を開く。
「ゴーレムを止めるには命令を止めるか、ゴーレム自体の機能を停止させるのが一般的なんだ」
「へ、へぇー……」
「使役している人間に止めてもらうのが一番楽なんだけど、見つからないって事は壊さなきゃいけないかもな。主に土や岩なんかがゴーレムの材料だからそりゃあ硬い硬い」
「うへぇ、なるほどなぁ」
眉間に皺が寄る。
土や岩……かぁ、手練の三人が難しいと言うのなら俺は尚更だろう。
スーシャはよくこんな難しそうなクエストをやろうと思ったものだ。
「あ、あれだよ」
そうやってしばらく歩いていると、廃虚のような場所が見える。
スーシャが指差す方向、瓦礫や崩れた壁の向こう側にうっすらと大きな影。
廃墟を追い越してしまいそうな程のそれは明らかに人では無い何かだ。
あれが、ゴーレムだろう。
「あの廃墟の周り一帯がゴーレムの行動範囲みたいで、逃げれば追いかけてこなかったよ」
「使役している人間があの辺りに居るかもしれないな」
ソルは、よし、と呟いて頷くとスーシャと俺を順番に指差して続ける。
「スーシャとフェルは使役してそうな人を探してくれ。俺とフロラはゴーレム担当!」
「了解です」
「ん〜、りょ〜かい」
「ゴーレム担当って……二人共大丈夫なのか?」
あんなに大きくてやばそうな奴を二人だけで相手するなんてこわくないのだろうか。
心配している俺の胸中を察したのか、ソルはにっこり笑って俺の背中をぽんと叩く。
「んじゃあ早めに使役している人を見つけてくれよな!」
なんだか上手いこと楽な方をあてがわれてしまった感じだ。
ソルとフロラは一瞬顔を見合わせ頷くと地面を強く蹴って駆け出す。
ゴーレムも二人の接近を察知したのか、ゆったりとした動きで二人に向かって歩き出すのが見えた。
「あの二人なら大丈夫だよ」
「……うん」
「少なくとも病み上がりの私と戦い慣れてないフェルくんよりよっぽどだよ」
「……返す言葉もない、です」
俺の心配を察してか、視線だけ二人の方に向けたスーシャが俺に言葉を投げる。
俺もスーシャと同じく二人の方に視線を向けた。
ソルは大剣、フロラは鉄扇を持ちゴーレムと対峙する。
先に動いたのはゴーレムだ。
片手を大きく持ち上げ凄まじい勢いで振り下ろすと、轟音と共に砂が舞う。
怯むことなく二人はその拳を左右に散る事でかわした。
そのままソルは、恐らく足であろう部分を狙って斬撃を繰り出す。
鈍い音。
かすり傷が出来た程度でゴーレムはピクリともしない。
ゴーレムがソルの方を向いて、拳を振り上げる。
すると今度はフロラが斬撃を放つ。
フロラの方を向けば、ソルが攻撃する。
そうやって上手いこと翻弄しているようだった。
「っと、見入ってる場合じゃなかった!」
「……お兄……」
「スーシャ、急ごう!」
「あ、うん」
スーシャの手を引いて、ゴーレムの死角から廃墟にこっそりと近づいていく。
そこまで大きな建物ではないようだ。
天井が開けていて、足元にはその瓦礫であろうものが多く散らばっていて歩きづらい。
「人の気配とか全然しないよねぇ〜……ぁわっ!?」
「ぅおっと、大丈夫か」
瓦礫に足を取られ転びそうになったスーシャの腕を引いて立ち上がらせてやる。
「……あ、ありがと」
楽だと思ったけどこんな状態ではこっちも大変だ。
時間がかかってしまいそうだけど、あの二人は大丈夫だろうか。
とにかく急いで人が隠れられそうな場所を片っ端から探していくことにした。
隣の部屋らしき場所。
棚。
酒樽の中まで探してみたけど何にも無い。
人が隠れられる場所でも無いけど、もう探せるような場所も見つからないから無意味に這いつくばって酒樽の裏も見てみる。
もちろん、何も無いのだが。
「フェルくんなに遊んでるのさぁ〜」
「だ、だってさぁ、もう探す場所見つからなくて……」
「う〜ん、それもそうだね……」
「……ん?」
這いつくばったままスーシャの方へ振り返る。
すると瓦礫の山の散らばる小石の下に、廃墟に不釣り合いな鮮やかな色が見える事に気付いた。
「スーシャ、あれ……」
「え? ……えっと、お花……かな?」
スーシャが俺の指差す場所の小石を拾い上げて退かすと、瓦礫まみれの場所に、不格好な色とりどりの花が揃えて置いてあった。
どうしてこんな場所に?
それも、荒野だと言うのにまだ枯れ果てていない。
スーシャも同じ事を考えているのか、真剣な顔で花を見つめたまま黙り込んでいる。
不意に、ずしり、と二人とゴーレムの戦闘音であろう地響きが聞こえた。
「この瓦礫の山、どかしてみようよ。フェルくん手伝って」
「おう」
小さめの瓦礫をスーシャと手分けして、ぽいぽいと退かしていくと、最後に大きな瓦礫。
顔を見合わせ、いっせーの、とスーシャと合わせて大きな瓦礫を横へどかす。
「ぅあ……っ!」
「この人……かな」
大きな瓦礫をどかしたあとには、人骨らしきものが顔を覗かせた。
スーシャは無表情でそれを見ている。
対する俺は今まで見た事がなかった、人であったものがなんだかこわくて、視線を崩れた壁にそらした。
「う〜ん、ゴーレムに指示を出す魔法道具がこれだと思うんだけど……壊れてる」
スーシャはしゃがんで骨の側にある、何かの破片をつつきながら困った顔をしている。
旅人ってこんな事にも慣れちゃうものなのか?
俺は未だに横たわるそれをしっかり見ることができない。
ずしり、地響きがうるさい。
あの二人、まだ耐えてくれてるのだろうか。
でも、魔法道具も壊れているみたいだしどうすれば……。
困り果てた顔で立ち上がるスーシャの方に視線を向けると、時間が一瞬止まったような感覚だった。
「……ぁ……っ」
スーシャの居る方向、正確にはスーシャの奥にある崩れた壁の向こうだ。
いつの間にやら荒野の強い日差しを隠す大きな影がそこに居た。
ずしり、心臓まで響くようなそれに血の気が一気に引いていく気がした。
「え」
ゴーレムの遥か後方にソルとフロラ。
何か必死で叫んでいるが聞き取れない。
異変に気付いたスーシャが振り向くのと、ゴーレムが拳を振りかぶるのはほぼ同時。
一瞬、ぼろぼろのスーシャが頭を過ぎった。
咄嗟にスーシャの手を取り引き寄せ、すれ違う様に立ち位置を入れ替えた。
そして少しでも衝撃を軽減しようと、迫る拳に背中を向ける。
次の瞬間、衝撃。
「っぁ……ぐぅ……っ!」
俺とスーシャは一緒に吹き飛ばされ、瓦礫の上に転がり落ちた。
声にならない呻き声が俺の口から漏れる。
痛いような苦しいような感覚が全身に広がって、上手く呼吸が出来ない。
「ッフェルくんっ!!」
「……ス……っ……げほっ!」
むせる。
なんだこれ。
スーシャが無事か聞きたかったのに、声が出てくれない。
当の彼女はこの世の終わりみたいな、真っ青な顔で俺を見ている。
どこか、怪我をしていないだろうか。
身体を起こそうとしたけど、苦し過ぎて他の感覚がよく分からなくて上手く動かせない。
ずしり、地響き。
ゴーレムが廃墟を崩しながら俺たちの側へ寄ろうとした。
「……っ、許……さない……っ!」
俺から視線を外し、初めて見るような鋭い目でゴーレムを睨む。
一方のゴーレムは、そんなスーシャにお構い無しで拳を振り下ろした。
瞬間、スーシャの眼前が発光。
魔法陣が展開され、それに拳を止められていた。
止められた拳にスーシャが優しく触れると、今度はゴーレムの全身に魔法陣が展開、強い光を放つ。
次の瞬間、ゴーレムは大きな音と共に崩れて倒れた。
俺ははっきりしない意識のままそれを眺めていると、スーシャが酷い顔で俺に駆け寄る。
「か、ミサマ……っ、フェルくん……っ! フェルくんっ!!」
尋常じゃないスーシャの様子をぼんやり眺めながら、俺はそこで意識を手放した。
・
・
・
目を開くと、見覚えのある薄汚れた木目の天井が見える。
ここ、どこだ?
視線を右に左に動かしてみると、それほど大きくは無い部屋の中のベッドの上のようだ。
スーシャが俺の横で眠っているのが見えた。
俺、何してたんだっけ?
「っ!」
起き上がろうと身体に力を込めると背中に激痛が走る。
ぼーっとしていた頭が一気に覚醒、荒野の出来事が思い出された。
「フェルさん、無理しないでくださいね」
「大丈夫か?」
不意に、ソルとフロラが心配そうに覗き込んできた。
二人がここまで運んで来てくれたのか?
「ここはどこだ? そうだ、スーシャ……は大丈夫なのか?」
「え、あー……」
痛みはそっちのけでソルに掴み掛かると、対するソルはなぜかバツの悪そうに目を逸らした。
「ここは冒険者の酒場の二階です。スーシャさんは錯乱が酷かったのでソルさんが……」
「悪い。俺がこう、手刀でがつっと……。ここまで運ぶの苦労したんだぜ」
「え゛」
一気に力が抜け、ベッドに倒れた。
錯乱して暴れたのか分からないが、つまり無理矢理大人しくさせたのだろう。
この二人、案外こわいのかも。
とりあえずスーシャも無事そうだ。
安心すると今度は忘れていた痛みがずきずきと顔を覗かせる。
「……ったぁ……」
「……なぁ、フェル。お前への魔術が弾かれるのはなんなんだ?」
「え?」
「だから、魔術が弾かれるんだ。これじゃあ背中の治癒出来ないんだが」
訝しげに見つめられるが、なにがなにやら。
そもそも魔術なんてここ最近まで触れる機会がなかった代物だ。
なんなんだと問われても、心当たりはまるで無い。
「し、知らないよ。俺、魔術とか全然分かんないし……」
「フェルくんはそういう体質なんだよ」
なんだか責められてるような気がして慌てて否定していると、いつから目が覚めていたのか隣で寝ていた筈のスーシャが話に割り込んだ。
「体質、ですか?」
「長いこと旅してるけど、初めて聞くな」
納得いかないような顔で二人が俺の事をじろじろ見てくる。
っていうか俺もそんな話知らないし、前にも思ったけどなんでスーシャがそんな事知ってるんだ?
「だから、魔術に関連した物にあんま近付いちゃ駄目だよ」
「っうっぎゃあ!」
起き上がったスーシャがぽんぽんっと俺の背中を軽く叩いた瞬間、そこから強い痛みが全身に広がるような感覚がして目尻に涙が溜まる。
悶絶している俺の横目でスーシャが焦り、ソルとフロラが気の毒そうな顔をしていた。
魔術が弾かれると言う事は……つまりこれ、治せないってことらしい。
「ご、ごめんね! そんなに強く叩いたつもり無かったんだよぉ! ほんとごめん!!」
「いや、平気だよこんくら……いたた」
言いながら起き上がろうとしたけど、力を入れると鈍い痛みが広がる感覚がして再びベッドに倒れた。
前言撤回。
これ、無理だ。
「うーん……動けそうにないしアルに頼んで今日は泊めてもらおうかな」
「じゃ、じゃあ私があるさんに頼んでくる!」
あわあわしていたスーシャが、ばっと手を掲げて勢いよくベッドから降りると駆け出していった。
もしかしたら余計な心配をかけてしまったのかもしれない。
まぁ廊下をばたばた走る音から察するに、スーシャの方は元気みたいでなによりだ。
「スーシャさんも大丈夫そうで良かったですね」
「あぁ、元に戻らなかったらどうしようかと思った」
フロラとソルが安堵の表情を浮かべてスーシャが出ていった扉を眺めた。
話から察するに俺が寝てる間にスーシャに何かあったのだろうか?
そんな事を考えていると、俺の視線に気付いた二人が補足してくれる。
「スーシャさん、フェルさんが倒れた事ですごく錯乱してたんですよ。怖いくらいに」
「フェルくんが死んだー、とか言いながらしがみついてきて離してくれなかったんだ」
「えぇ……」
勝手に殺すなよ。
呆れて溜息を吐くと、フロラの表情がみるみるうちに怒ったものへと変わる。
「溜息を吐きたいのはこっちですよ! フェルさん、無茶し過ぎです! スーシャさんだけじゃなくて私たちだって心配したんですよ!」
頬を膨らませて、フロラは怒る。
ソルも隣で頷く。
どうやら俺は色んな人に心配をかけていたらしい。
「う、ご、ごめん」
「まぁ今回はみんな生きてるから良いけど、あんま無茶すんなよ。お前がどう思ってるか知んないけど、お前に何かあると妹が泣くからよ」
「な、なんだよそれ!」
ソルはにやりと笑って俺の頬を軽く抓る。
これ、ソルにまでからかわれているのだろうか。
睨みつけてもどこ吹く風、からから楽しそうに笑っていた。
「じゃ、もう遅いし俺達は宿屋に行くよ。しっかり養生するんだぞ!」
「安静に、ですよ!」
ソルとフロラに真剣な顔で、びしりと指を突き付けられ圧倒される。
出会ったばかりだと言うのに、お人好しだ。
「……おう」
「よし! また明日来るからなー」
俺が素直に頷く姿を見ると満足したのか、部屋から出ていく二人。
賑やかだった室内が一気に静かになった。
それも束の間、ばたばたとうるさい足音が徐々に近づいて来る。
そして、ばん、と勢い良くスーシャが部屋に飛び入ってきた。
一人なのに賑やかだ、こいつは。
「フェルく〜ん、あるさんがフェルくんのお家に連絡しといてくれるって!」
「おー、あんがとなー」
「……」
「……スーシャ?」
先程の喧しさと打って変わって、静寂。
どうしたのか、と顔を向けるとスーシャは俯いていた。
「フェルくん、ごめんね。私なんかを庇ったばっかりに……」
声色が少しばかり震えて聞こえる。
こいつ、そんな事気にしてたのか。
「スーシャ」
ひらひら手招きすると、不思議そうな顔で近づいてくる。
スーシャが俺から届きそうな位置にまで寄ってくると、その間の抜けた顔に手刀を落としてやった。
「ふげ!」
「ばかめ! そこはありがとうって言うものなんだぞ!」
そう言って笑ってやると、スーシャは叩かれた場所を抑えながらぽかんとした顔で俺を見た。
そして、困ったような顔で笑う。
「あはは……うん、ありがとう」
「うん」
「でも、おかえし」
「あた」
ぺしり、おでこに平手が落ちる。
「あんな危ない事、もうしないで」
ぱしり、また叩かれる。
スーシャは俯いていて、表情がよく見えなかった。
「もっと自分を大事にしてよ」
ぺた、おでこに平手が力なく落ちてくる。
手が、微かに震えているのが分かった。
「死んじゃったらどうするの」
そのまま、確かめるように撫でられた。
「……生きてて、良かったあ」
スーシャは崩れ落ちるように床にへたり込むと、その目から堰を切ったように雫が床にこぼれた。
それに続いて漏れる嗚咽に胸が締め付けられるようだった。
ぼろぼろのスーシャをもう見たくなくて、咄嗟に動いた。
こうすれば、スーシャは傷つかないと思ったから。
その結果、これだけ悲しませてしまったんだから、とんだ空回りだ。
俺が弱かったから、俺がばかだったから、スーシャにこんな顔をさせている。
そう、痛いくらいに理解した。