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05


「はぁぁぁ……」


「いい加減にしろ。こっちまで気分が悪くなる」


冒険者の酒場にて、何度めか分からない溜息を吐いた俺にアルは呆れた顔で辛辣な言葉を投げつける。


「だってさ、二度と会いに来るなって言われたんだ。なんなんだよもう……」


「……ふぅむ」


「怒らせちゃったかなぁ?」


思い起こされるのは昨日の情けない自分。

ほんのちょっと泣いちゃって、腕の中で優しく慰められて……思い出すだけで照れ臭くなってくる。

やっぱりあれが駄目だったのだろうか。


でも嫌がられてる感じじゃなかったような気がする。

誰かに客観的な意見を聞こうにもあんな情けない詳細を言いたく無いし、途方に暮れている訳だ。


「照れたり落ち込んだり忙しいなお前の顔は」


「う、うっせ!」


「こういうのはいくら悩んでも無駄だぞ」


「……まぁ、そうだけど」


やれやれ、とアルは呆れた表情で溜息を吐いた。

来るなと言われただけで結局理由は話してくれなかったから、アルの言う通りいくら悩んだ所で答えなんて想像出来ない。


「今日は森に行ってみたのか?」


「い、いや、その……」


「どうした?」


「……また嫌がられたらどうしよう……」


「…………ださ」


「う……っ」


アルは呆れたような、馬鹿にするような調子で半笑いする。

素直な気持ちではあるけど言ってしまった事を少し後悔した。


「ははは。まぁ会いに行って、ちゃんとお互い納得するまで話すのが一番だろう」


「う、うん」


「スーシャちゃん、悪い子じゃないんだ。なんだかんだ話くらいなら応じてくれるさ」


「……それもそうかも」


確かにスーシャはお人好しだし、門前払いという事は無さそうだ。

少しだけ、気力が沸いてきたかも。

アルは良く俺をからかうけれど、なんだかんだしっかり話を聞いてくれて背中を押してくれる。

とにかく面倒見の良い奴だ。


「ありがとな、アル」


「ふむ。スーシャちゃんとの恋愛相談ならいつでもお安い御用だぞ!」


「はぁっ!?」


アルは親指を立てて輝かしい笑顔を俺に送った。


前言撤回。

やっぱりこいつ俺の事からかってるだけなんじゃ……。


「こ、このばかアル……っ!」


「今、スーシャって言ったか?」


アルに食って掛かろうかと思った矢先、横から聞きなれない声が割り込んできて勢いが削がれる。

そちらに目を向けると俺と年がそう離れていないであろう二人組の少年と少女が立っていた。


挿絵(By みてみん)


「君たちは?」


アルも俺と同じように勢いを削がれたらしい。

先程までのにやにやした笑顔が一転、真面目な雰囲気で二人に問いかける。


「俺はソル。んでこっちがフロラ。今日来たばっかの旅人」


「フロラです。よろしくお願いしますね」


空色の髪の毛と青色の瞳。

背が俺よりも高く見える少年が、ソル。

淡い桃色の髪の毛に赤色の瞳。

穏やかな雰囲気を醸し出している少女が、フロラと言うらしい。


二人は人当たりの良さそうな顔でにっこりと笑って、よろしく、と頭を下げた。


「俺はアルバート。この酒場の店主だ。そしてこいつはフェル。スーシャちゃんにフラれてしまった哀れな少年さ」


「ッフラれてないしそういう仲じゃないわ!」


「へぇ。フェル……って言ったか? お前、スーシャの事が好きなのか!」


「うわぁぁっ! 違うんだってばぁぁ!」


「おっと、話が脱線したな。で、なんだったかな?」


興味深そうに俺の顔を覗き込むソルに、頭を抱えて必死に言い訳をする。

アルはそんな俺など意に介さず話を進めようとしていた。

話を脱線させたのはアルだと言うのに、なんて奴だ。


あぁそうそう、と覗き込んでいた顔をアルへと向けてソルは続ける。


「俺、スーシャって女の子を探してるんだ」


「……探してる? 知り合いかなんかなのか?」


「おう、兄妹」


「え……っ」


思考が止まる。

旅人と言っていたしそういう繋がりの仲間かと思いきや、全く違う。


兄妹……だって?

それっておかしくないか?

だってスーシャに家族はいないって……。


「丁度良いじゃないか、フェル。スーシャちゃんの所に行くんだろ?」


「そうなのか? 一緒に行っても良いか?」


「え、あ、あぁ……」


「悪いな」


「スーシャちゃんによろしくな」


頭が真っ白になった俺を他所に話が進んでしまった。

何も知らないアルは手を振って俺達を快く見送る。


俺が先頭を歩いて、その後ろをソルとフロラが会話しながら着いてきた。


「良かったですね、ソルさん」


「あぁ、大分かかっちゃったけどな」


見る限り、悪い奴には思えない。

けどスーシャは確かに、家族はいない、と言っていた。


あんな表情で嘘をついていたと言うのか?

それともこの二人が?

……変な事に巻き込まれてないよな、俺。


結局、スーシャに会わなければどうする事も出来ない。

本当にこれで大丈夫だろうかと頭の中でぐるぐる考えながら、重い足取りで森へと向かった。









町外れの森。

いつもの広場に来たけど切り株には誰もおらず、周りに人の影も無い。

珍しくスーシャはいないみたいだ。

よく分からない事態に悶々としていた俺は少しほっとした。


「スーシャ、いない……みたいだな」


ソルは少し寂しそうに笑っている。


嘘、なのか?

この表情が?


……こうして誰かを疑うというのはあまり気分が良くない。

答えが出ない事を考えるよりは、思い切って聞いてしまった方が良いのかもしれない。


「なぁ、ソル」


「どうした? なんか顔が怖いぞ」


「その、スーシャがこの前言ってたんだけどさ……」


「……?」


「スーシャに家族はいない、らしいんだ」


「……」


風が俺たちの間に吹く。

ソルは何か言う事も無く困ったような表情でこちらをじっと見ていた。


「ソルさんを疑っているんですか?」


少しの静寂を破ったのはフロラ。

表情は穏やかなままだが、声に少しだけ怒気を含んでいるようにも思えた。


「まぁまぁ。いきなり現れた俺を信用出来ないのは仕方ないって」


「ソルさん……」


「しかし困ったな。兄妹だってどう証明したら良いんだろうな」


悪くなりそうな雰囲気を察してか、ソルが俺とフロラの間に入って彼女を宥める。

そして彼は苦笑いをひとつ零すと、真剣な表情でこちらへと顔を向ける。


「こういう時どうすりゃ良いか分からんけど、信じてくれ、としか言えないな」


スーシャと同じ色が、俺を見据える。

全てを見透かしてしまいそうな、深い青。


「頼む」


「……うぉ、わ、分かったよ……」


今度は頭を深く下げられて、流石にこれ以上詰めるのは罪悪感が咎める。


よくよく考えれば何か企んでいるのならこんな態度を取りはしないし、見覚えのある空色と深い青が兄妹だと言う何よりの証拠だろう。

信じても、いいんじゃないかと思えた。


「あんま考えたくないけど、スーシャの方が俺の事忘れてるのかもな」


さっきの真剣さはどこへやら、ソルはからから笑っている。

それはそれで、笑ってる場合じゃないような……。


この妙なマイペースさはスーシャとよく似ているのかもしれないと呆れていると、がさりと俺たちの後方から草を踏む音が聞こえた。

振り向くと俺たちが待ち望んでいた人物、スーシャがそこに居た。


ただし、ぼろぼろの状態で。


「っスーシャ!」


空色が赤く汚れ、片腕を抑えたまま左右にふらふらしている状態だ。

慌てて駆け寄るが、弱々しい手で押し返される。


「っ、フェルくん、もう来ないでって……っ」


スーシャの言葉が途切れる。

視線は俺の後ろ、多分二人を見ていた。

目が大きく見開かれ、顔が驚愕に歪む。


「な……っん」


何かを言おうとしたらしいが、途中でスーシャの身体からがくりと力が抜ける。

慌てて地面にぶつからないようにと受け止めた。


呼吸は……ちゃんとしているらしい。


「スーシャ!」


「大丈夫ですか!」


ソルとフロラも慌てた様子で俺とスーシャの近くに駆け寄ってくる。


「フロラ、治癒を!」


「はい! フェルさん、すみませんが少し離れて下さい」


「お、おう」


よく分からないが何とかしてくれるらしい。


スーシャを横に寝かせ離れると、フロラがスーシャの傍らに腰掛ける。

そして、両手に着けている腕輪同士をかちりとぶつけ合わせた。

瞬間、腕輪が光を放つ。

その状態のままフロラはスーシャの頭に手をかざすと額にあった酷い傷がみるみるうちに塞がっていく様が見えた。


あれも魔法道具と言うやつだろうか。

もう何でもありだな。


とりあえず怪我の方はフロラに任せればなんとかなりそうで安堵の溜息を吐いた。

でも、あの強いスーシャがあんなになるなんて一体何があったんだろう?


「うぅ……ぅぅううぅ……」


「スーシャさん、大丈夫ですか? どこか苦しい所ありますか?」


「……んっと、ねむい」


「は?」


「へ?」


「なんじゃそりゃ!」


フロラのおかげで全快したスーシャが一番に放った一言に力が抜けた。

フロラやソルも同じようで、ぽかんとした間の抜けた表情だった。


「ねむくてうとうとしてたら……クエストどじっちゃったよ〜。助けてくれてありがとぉ〜」


いつも通りへらへら笑い。

ふらついてた原因はこれだったらしい。

まぁ、元気そうで良かった。


ほっと胸を撫で下ろしていると、スーシャは俺から二人へと視線を向けた。


「えっと、どちら様?」


「フロラです。ソルさんと一緒に旅をさせていただいてます」


「……スーシャ、俺、ソルだ。覚えてないか? お前の兄ちゃんだ」


悲しそうに笑っているソル。

対するスーシャは呆然とソルを見つめていた。

そして、何を思ったのかそのまま立ち上がりソルの元へふらふらしながら近づいていく。


「……」


「忘れてるのかもしれないけど本当に……」


べしり。

言葉を遮るように、乾いた音が響く。

ソルのおでこにスーシャの平手が勢い良く落ちた音だ。


何故叩いたし。


意味がわからん俺とフロラは困惑の表情でお互い見合った。


「うそだぁ」


「うわ」


俺たち以上に動揺しているのだろう、ぎょっとした表情のソルにもお構いなしにスーシャはソルの腕や胴体をばしばしと叩いていく。


だからなぜ叩くんだ。

乾いた音が広い森に結構響き渡っていて、それなりに痛そうだ。


「夢じゃなくて?」


呟いて、今度はソルの頬を引っ張りだした。

夢か現か確認したいらしいけど、そこは自分の頬を引っ張るものじゃないのだろうか?


「やりひゅぎ」


「いひゃい」


流石に我慢出来なくなったのか、今度はソルがスーシャの頬を引っ張る。

そうして出来上がった、頬を引っ張り合う兄妹の絵面は酷いものであった。

生き別れの兄妹なんだから、感動の再会とかそんなのは無いのだろうか。





「……元気そうで、良かった」


引っ張り合いが一段落。

スーシャの手から解放されたソルは嬉しそうに笑うと、スーシャの頭をわしゃわしゃ撫でた。

一方のスーシャはそれに抗う事無く、様々な感情が顔に浮かんでは消え、また浮かんでを繰り返しているようだった。


「覚えてなくても良いよ。また会えたんだからな」


「なにそれ、変なの」


「変だよ」


俯いてるスーシャとからから笑っているソル。

とりあえずは一見落着と言うところだろうか。

俺とフロラは顔を見合わせ、笑った。





「あ!」


「うん?」


突然スーシャが思い出したかのように声を上げた、かと思えばずんずんとこちらに勢い良く歩いてくる。

表情は先程の切ないようなものから一転、怒った顔だ。


「フェルくん!」


「は、はいっ!?」


突然の事で戸惑って、声が上擦った。

今度は俺のおでこにスーシャの平手がべしりと落とされた。


「ぉわっ!?」


「来るなって言ったのに! かば!」


そういえば色々考え過ぎたせいで忘れていた。

俺、その事を聞く為にここへ来たんだった!


「そうだ、スーシャ! 俺の事嫌い!? なんで昨日あんな事言ったんだよ!!」


「ふぇっ!? えっとえっと、その……」


縋るように叫ぶと、今度はスーシャが戸惑っていた。


「フェル、スーシャにフラれた……んだっけ?」


「スーシャさんの事、好きなんですね」


「うわぁ! だから違うって!」


「えぇっ!? フェルくん私の事が嫌いなんだ……うぁぁ〜っ!」


「わぁー、なんだこれぇーっ!」


ソルとフロラは面白そうに俺達を眺めて、スーシャは頭を抱えて喚く。

なんなんだこれは。

……って、また話が脱線しそうだ。


「俺の事が嫌いなら嫌いってはっきり言ってくれよ! あんな風に言われても納得なんか出来ない!」


「えっとえっと……その……フェルくんの事嫌いってわけじゃなくて……むしろ……その……」


嫌いじゃないと言う言葉が聞けて、自分でも分かるくらいにほっとした。

スーシャは困ったような顔でうんうん唸っては、視線を右往左往彷徨わせる。

言葉が出てこないのか、はたまた言えない理由があるのか。

俺からしたらどっちでも良い。


「納得出来ないからスーシャの言う事は残念ながら聞けないね。どうしてもって言うなら俺を納得させてみろ!」


「えぇ〜っ!? な、なにそれ! む、むつかしいことをぉ……」


俺は少しも引くつもりなんて無いと表すつもりで、スーシャの顔をじっと見据える。

彼女は少しの間あわあわした顔で何かを考えていたが、すぐさま観念したように溜息をひとつ吐いた。


「……うぅ、わ、分かったよぉ……」


「ははは。スーシャもフェルには敵わないみたいだな」


「なんか負けた気分……っ! 頭を使わせるなんてひきょおだぁ〜っ!!」


「大体スーシャが拒絶しなければこんな事にはなってないだろ。俺の事が嫌じゃないなら、なんであんな事言ったんだよ?」


「えぇっと、それは……その……」


相変わらず、歯切れが悪い。

結局の所、スーシャは何を思ってあんな事を言ったんだろうか?

こうして話している限り、本当に嫌われているとかそういうのではなさそうだ。


「それにしてもフェル、そこまでスーシャにフラれた事が嫌だったんだな」


「っえ!? い、いや、そ、そういうんじゃなくて!」


「そういう、その、仲なんですねぇ……」


「うん、仲良しなんだよぉ〜」


「わぁぁっ! ちょっとスーシャは黙ってて!!」


「えぇっ!? なんでぇ!?」


今度は俺が必死に言い訳をする番らしい。

そうしていつの間にか真っ赤になっていたらしい顔を指摘され、ソルとフロラに笑われる。


なんだか今日は、いつも静かな森が賑やかだ。

俺の住む町には子供が居なくて、こうして年の近い人達と友達のように喋り合う事なんて初めてなんだ。

必死に言い訳してるんだけど、それと同時に楽しさを感じるのは妙な感覚だった。


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