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14 フェル



「ある兄、もっとそのお話聞きたい!」


「……なんだ、こりゃ」


「おお、フェルか。おはよう」


「あ、フェルおはよー」


いつも通り早めに酒場に到着すると、昨日までは考えられない光景が目の前に広がる。


昨日あれだけ身体を小さく丸めて警戒の眼差しでアルを睨んでいたエトはどこへやら、今はカウンターにへばり付いてきらきらした眼差しでアルに話をねだっているではないか。


昨夜何かあったのだろうか、だとしたら何があったのだろうか。


気にはなるけど、居心地悪いだなんだ言って結局あの部屋に引き篭もりそうだと心配していたけど杞憂になってくれて良かった。


「あるにい、ね……おじさんから大昇格だな! アル!」


「……まだおじさんって歳では無いからな」


「……う、それは……ごめんなさい」


アルは少しつまらなそうな表情をしている。

どうやらおじさんと呼ばれていた事が不服だったらしい。


それにしてもエトが予想外に素直なのはなんなんだろう。


ふとエトの方を見ると、何かを大事そうに抱えている事に気付いた。


「それ、なんだ?」


「……これ?」


「そう、それ」


エトが抱えていた両手を退けて見せてくれたのは、大きな瓶だった。

中身は白い粉、のように見える。


首を傾げているとエトがにやりと得意気な顔で笑った。


「これはね、砂糖って言う調味料だよ!」


挿絵(By みてみん)


「……へ?」


「フェルはこんな事も知らないの?」


「え、えぇっと……」


意味がよく分からなくて動揺した。


砂糖、なるほど……言われてみたら確かに砂糖だ。


それでも俺の「それ、なんだ?」と言う疑問は変わらない。


それが砂糖で、どうしてそれをこんな場所でそんな大事そうに抱えているのか、状況がよく分からなかった。


「ある兄に貰ったんだ! そんなに見ても、フェルにはあげないよ!」


「あ、アル……」


エトは言いながら、再び大事そうにその瓶を両腕で抱えた。


多分俺は今、変な顔をしていると思う。

視線を彷徨わせて、アルの方を見ると苦笑いを浮かべていた。


「砂糖、いたく気に入ってくれたらしい」


「……なんだそりゃ」


アルが小さく手招きをして、エトから口元が見えないように手で隠す。

あまり聞かれたくない話なのだろう、出来るだけ近付いてアルの方へ耳を傾けた。


「今まで知らなかったらしい。それ以外にもどの程度かは分からんが、常識をあまり知らないようだ」


小声で伝えられた内容は少し信じられないような話。


砂糖を今まで知らなかったって?

そんな事、あるのだろうか。


そこまで考えて、あいつとレアさん達の生活に普通の常識なんて必要無かったのだろうかと複雑な気分になって、それ以上考えるのはやめた。


「それともう一つ」


「ん?」


まだ何か気になる事があるらしい。


俺とアルが話し込んでしまってエトはつまらなそうにしていたかと思えば、すぐさま砂糖の瓶を嬉しそうな笑顔で眺めていた。


それを見ながらアルの話に耳を傾ける。


「エトくん、どうもあまり寝ていないようだ。何故か寝たがらないし、疲れて眠ってしまってもすぐに飛び起きてしまう」


「……通りで。酷い隈だと思った」


「それで飛び起きた時、ほんの一瞬だが何かに怯えたような表情をするんだ」


「……そうなのか? うーん……」


そういえば最初に会った時あいつ、倒れるように寝て、それでしばらくしたら突然飛び起きてたっけか。


もしかして、あんなのをずっと繰り返しているのだろうか?


「まぁ、そんな訳で朝までエトくんに付き合ってたんで眠くて敵わん」


「え、アル寝てないのかよ」


「あぁ」


そう言うとアルは口元に手を当てて欠伸をひとつ。


相変わらず面倒見が良いな。

あるにい、なんて呼ばれているのも納得だ。


「あぁ、そうだ」


「……ん?」


「エトくんとルカは知り合いなのか?」


「……あー、そう言えばそうだな。昔、俺や兄貴と一緒に遊んでたって言ってたよ。俺は覚えてないけど」


「……そうか」


そう言うと、アルは何かを考え込んでいる。


あいつ、兄貴の事を何か言っていたのか?


「なんかあったのか?」


「……うわ言でな、エトくんが言っていたんだ」


「うわ言?」


「だいぶ聞き取り辛かったが、恐らくこんな感じの事を言っていたと思う」


「……」


「フェルと俺はルカに似てる」


そこまで言うと、今度は険しい顔で少し考え込んだ。

が、すぐに意を決したように続ける。


「またいつか殺されるのかな、こわい、……だと思う」


「……なんだよ、それ」


少しだけ、背筋が寒くなった。


殺すとか殺されるとか、そういうのはもうしなくても良い筈なのに、あいつは一体何に怯えているのだろうか。


「分からんが、ちゃんと見ておく必要があるだろうな」


「あぁ」


「あー、それとだな」


「なんだよ、まだあるのか?」


もう一つどころか次々に気になる所を上げていくアル。

俺の気付かない部分を見つけてくるのはすごいけど、さっきから不安要素が増えているばかりで、あまり喜べない複雑な気分だ。


恐る恐るアルの言葉を待っているけど難しい顔をしていて一向に何も答えなかった。


「……アル?」


「……」


「アルー?」


「……いや、何でもない」


「えっ!?」


「……い、いや、話した方が良いのか……? うむむ……」


「え、えぇ!?」


なんだかいつも自信満々のアルにしては珍しく迷っているようだ。


って言うか話してる途中で辞めるのは駄目だろ!

すごい気になるやつじゃんそれ!


「悩むくらいなら話してくれよ」


「いや、しかし……」


歯切れが物凄く悪い。

ここまで来て話し辛い事とは一体何なのだろうか。


「……やはり駄目だ。話すにしてもルナに相談してからだ」


「……」


俺とエトには話し辛いけど姉さんには話せる事。

そして話の流れから考えると、確証は無いけどピンと来た。


「それってさ、俺の覚えてない昔の話?」


「……」


「俺と、エトと、兄貴に関係する事」


「……」


アルは表情を少しも動かす事無く黙ったままだ。

俺の予想が合っているのかどうかもいまいち分からない。

少しの間そのまま黙っていたが大きなため息をひとつ吐いた。


「……これは飽くまで仮説だ」


「お、おう」


「……ルカが死んだ時、エトくんは近くに居たか、或いは当事者だったのではないか?」


「……え?」


予想外の話に一瞬頭が真っ白になった。


それでも考えてみれば確かにあり得ない話じゃない。

俺と兄貴と遊んでいて、スーシャを溺愛するエトがその場に居ても何らおかしい事じゃ無い。


「何度も言うが、飽くまで仮説だ。だが、ルナが無駄な事をするとは思えんし……」


「……」


「と、まぁエトくんに関して気になったのはこれくらいだ」


「お、おう」


そう言うと、アルはエトの元へと戻って行ったが、俺はその場で立ち尽くしていた。

俺から聞き出したとは言え、最後の最後に結構な爆弾を残してくれた。


もしかしてあいつ、兄貴が死んだ所を見ていたのか?


そういえばエトは自分の事をあまり話さない気がするけど、もっとちゃんと聞いてみた方が良いのだろうか?


「フェルー、いつまでぼけっと突っ立ってんのー?」


「……あ、悪い悪い」


エトの呼ぶ声で、我に返った。


今これを考えた所で結局は憶測の域を出ないんだから、あまり悩んでもしょうがないか。

エトとアルの元へと近づくと、座っていたエトが勢い良く椅子から降りた。


「フェル、どっか遊びに連れてってよ!」


「え、なんだよいきなり」


「ある兄はこれから忙しいって言うから、フェルで我慢してあげるんだ。遊びに連れてけー!」


「ぐぬぬ、俺とアルとで扱い違い過ぎるだろ」


「すまんが、頼む」


アルは苦笑いしながら両手を顔の前で合わせた。


まぁこれから日も高くなって人が増えてくるから、流石にエトに付きっきりと言う訳にはいかないのだろう。

むかつくけれど、仕方ない。


「分かったよ、森で良いか?」


「うん。良いよ」


言い終わるとエトはすぐさまばたばたと外への扉へと向けて走り出した。

が、すぐさま何かを思い立ったように立ち止まって振り返る。


「ある兄! いってきます!」


「あぁ、気をつけてな」


再び前へ向き直ると扉を開いて外に飛び出した。


「ほんっとアルには素直だな。俺も行ってくるよ」


「対等な関係だからこそ、フェルにはつんけんしているんだろ。仲良くするんだぞ」


「うっそだー」


アルは嬉しそうに笑って俺を見送る。


あいつの事だから、俺の事なんて玩具か下僕だと思ってそうだけど、対等……ねぇ。


いまいち納得出来ないまま外へ出ると、エトは相変わらず律儀に扉の側で待っていた。




砂糖の瓶を両腕に抱えて。


「……それ、持ってくのか?」


「当たり前じゃん」


文句あるのか、と言いたげに俺を睨みながら瓶を抱き締める。


砂糖持ち歩くのって、当たり前な事なのか。


まぁ、特に問題がある訳でも無いし、うるさく言う程でも無いか。


「んじゃ、行くか」


「うん」


頷くとエトは嬉しそうな笑顔を浮かべて、軽い足取りで歩く。

それに続くように俺もエトの後を付いて行った。


こうして見ている分には普通にしか見えない。

もっと、色々……昔の事を聞いたりした方がいいのだろうか。


「なぁ、エト」


「ん?」


「昔のお前ってどんな感じだったんだ?」


「……どういう事?」


エトは立ち止まって俺の方を振り返ると、不思議そうな表情で首を傾げた。


いつもはエトが変な質問する側だけど、今くらい付き合ってもらってもバチは当たらないだろう。


「なんとなくだ。で、どんな感じだったんだ?」


「ど、どんな感じって言われても……」


困ったような顔で視線を彷徨わせ、頭をがりがりと掻いては、唸り声をあげる。


「あんま変わんない、と思う。逆にどんな感じに見えたのか聞きたいくらいだよ」


「それもそうか……」


突然こんな事を聞いたら困るのも無理は無いか。

案外自分の事って分からないものだし。

そう考えると、これを本人に聞くのはおかしいか。


「じゃあ俺ってどうだった?」


「……どうだった……って、なんか今日のフェル……変なの、っていつも変だったか」


エトは訝しげな表情で俺の顔をじっと見つめた。

お前にだけは言われたく無い、と言いたかったけど堪えてしばらく返答を待っていると、エトはバツの悪そうに目を逸らした。


「……嫌だった」


「……え、俺の事?」


「うん」


まさかそんな風に言われるとは思わなくて、どう返そうか迷った。

そんな俺に構わずエトは頭をがりがりと掻きながら、難しい顔で続ける。


「ちょっとした事ですぐ泣くし、それがまた後味悪いし、泣けばすぐるー兄に助けてもらってたし、その癖あの子を守るとか言ってちょっかい出すし、むかついてた」


「……そ、そうなのか……」


ま、まさか嫌われていたなんて思わなかった。


当時の事なんて分からないけど、幼い頃の俺が弱虫だったのは確かだった。

俺のそう言う情けない所が気分を悪くさせたのだろうか。


うぅ、ちょっとへこむなぁ。


そう考えているのが表情に出たのか、視界の端のエトが慌てる。


「あ、む、昔の話、だしっ! ……そ、それに、えぇっと……」


「……?」


「……僕は……その、フェルに嫉妬してただけだと思う」


顔を持ち上げてエトの方へ目をやる。

すると今度はエトが少し俯いて、顔を歪めた。


「ソル兄が居なくなって、僕があの子を守らなきゃって、それなのにフェルがあの子を守るってなって、……僕はなんにも出来ないから……羨ましかったんだ」


最後に小さく笑った。


……な、なんだ、俺、嫌われてる訳じゃ無かったのか。


それにしてもエトって、俺が思っているよりも自分に自信が無い奴なのだろうか。

親しくなればなる程、その口から出てくるものは自虐的な言葉ばかりだ。


「……まぁ、そんな感じ。今はそんなに嫌いじゃなくて、えっと、……まぁまぁ……かな?」


「そっか。なんか気使わせたみたいで悪いな」


「……別に」


「ありがと、な」


「……」


エトは俺の言葉に何かを返す事もなく、目を逸らしたまま頭を掻いて前に向き直った。

そのまま歩き出したエトの背中に、もう一つ聞きたかった事をぶつけた。


「……兄貴は、どうだった?」


俺の言葉にエトは振り返る事なく立ち止まると、少しの間の後、ゆっくりと空を仰いだ。


表情はこちらから見えない。


「暖かくて、こわかった」


「……こわい?」


「うん」


相変わらず、言い回しがよく分からない。


そのまま空を仰いだままのエトの身体ががくがくと震え、それを抑えるように自身の腕を抱きしめていた。


「でも、フェルと、ある兄も、あんな風になるんじゃ、ないかって、今は、そっちの方が……」


「……え……っ」


あからさまに震える声。


次の瞬間、エトは勢い良く振り返った。


「なんちゃって」


エトは片手を顔の横でひらひらさせながら、俺に向けてけたけた笑った。


「なんだか、つまんない。フェルはある兄と違って話すの、下手だね」


そうしてすぐさま前に向き直り、ぶつぶつと文句を言う。


……なんというか、分かりやすい奴だ。


それにしたって兄貴の話をしただけであんなに震えて、こいつは一体何をそんなに恐れているのだろうか。


俺とアルが、兄貴みたいに……?


……俺はこいつの事を普通だと思っているし、そう信じているけど、先程の怯えようはあまりにも異質で、あまりにも嫌な感じがした。



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