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04


町外れの森。

風が草木の隙間を通り過ぎる音しか聞こえない程に静かだ。

そんな場所で、切り株に腰掛ける少女の背中にいつものように声をかける。


「おーっす、スーシャ!」


「うわぁっ!?」


毎度の事ながら、スーシャは声をかけるとびくりと身体を揺らして大袈裟な程に驚く。

どうもここに一人でいる時は自分の世界に入ってしまうらしく、そんな状態の時に声をかけると駄目らしい。


「いい加減慣れろよなぁ」


「あはは、ごめんね。ぼ〜っとしてたよ」


「いつもじゃんか」


「むむ」


声かけられるまで気付かないなんて、何を考えているんだろう?

いつも来る俺の事なんて忘れてしまう程の事なんだろうか?

そういえば初めて会った時、昔ここでよく遊んでたって言ってたっけ。


「そう言えば、スーシャってこの辺に住んでるのか? こっちの町では見ないから……隣街か?」


「え? ううん、旅人」


「旅人!?」


「まぁ今はフェルくんとの約束があるから留まってるけどね〜」


旅人。

ひとつ所に留まらずに各地を渡り歩く冒険者の事だ。

軽い調子で笑っているが、素直にすごい。

それならスーシャが強いのも納得だ。


「でも女の子の一人旅って危なくないか?」


「旅人に女の子も男の子もないって」


「そ、そんなもんなのかぁ?」


「そんなもんだよ。はいこれ」


言うとスーシャは木の棒にいくつかの石を括り付けた物を差し出してくる。

こんなもの作るなんて意外と器用だ。

促されるまま手に持つと、ずっしりと重たい。


「これは?」


「素振りするんだよ! 頑張って!」


「唐突に初歩的だなぁ」


「何事もこつこつと、だよ! フェルくん打ち込み弱いし」


「ぐぬぬ」


痛い所を突かれて、返す言葉も無い。

大人しく受け取ったそれで素振りを始めた。


「なんで旅しようと思ったんだ?」


「……なんでだっけかなぁ……忘れちゃった!」


「なんだそりゃ。家族とか心配するだろ」


「残念ながら居ないのです! ……育ての親みたいなのは居たけど、あんま仲良く出来なかったかなぁ」


素振りがつまらなくて、なんとなくした会話が地雷を踏んでしまったようだ。

いつか見た、妙な笑顔で笑っていた。


何が妙かと言うと……そうだ、この表情……笑ってる筈なのに楽しい感情が全くと言っていい程伝わって来ない。

無理して笑ってるんだ。


「……なんか、ごめん」


「はぇっ!? よ、よく分かんないけど謝んないでよ! ほ、ほら、サボらないで手ぇ、動かす!」


「お、おう」


いつの間にやら止まっていた素振りを再開する。

よく分からないと言いつつ分かりやすいくらいに慌てて雰囲気を切り替えようとする様は、頭が回るんだか間が抜けているんだか分からない。

ただの天然かと思いきや意外と色々見ていたり、スーシャと親しくなる程にその人間性が分からなくなってくる。

悪い奴では無いが、変な奴。


「……フェルくんの方はどうなの?」


「俺?」


「お兄さんの事……」


「あー……」


そういえばスーシャには話したんだっけか、兄貴の事。

今度は逆に俺が困惑してしまう話題に、まるで仕返しされてるようだと苦笑する。


「やっぱり、大変だった? ……事故、だったんだっけ?」


「はは、まぁあの時は結構辛かったかもなぁ」


暗い雰囲気は嫌だから、出来るだけ明るい声を出した。

ちゃんと俺は笑えてるだろうか。


「つってもさ、俺なんも覚えてないんだけどな! 笑っちゃうだろ?」


「覚えて……ないって、少しも?」


「綺麗さっぱり。俺、兄貴と一緒に事故に巻き込まれたらしいんだけどその事全然覚えてないんだ」


「……」


「兄貴の最期の瞬間を見てた筈なのにさ、思ったよりも薄情だよなー俺って」


大きな背中は思い出せるのに、どうしてこんな大事な事は思い出せないのだろうか。

おちゃらけようとして言った言葉だけど、本当に俺って薄情なのかも。


笑いながらスーシャの方を見ると、今にも泣きそうな顔をしている。

なんでお前がそんな顔するんだか。


「ただでさえ親も居ないのに兄貴まで居なくなってさ、神様なんてこの世に居ないのかなって思ったり……」


声が震える。

それと同時に何かが頬を伝う感覚がして、やっと気付いた。


……泣いてるのは俺の方だ。


「……フェル……くん……」


「っ! ご、ごめん! な、なんでもないんだよ! これは、そのっ、えーっと……っ!!」


慌てて零れたものを拭う。

もしかして、思ってたよりも気にしていたのだろうか。

それにしたってこんな情けない姿を見せてしまうなんてとんだ大失態だ。

さてどんな言い訳をすれば現状をなんとか誤魔化せるだろうか、と思考を必死で動かした。





「ごめんね」


不意に、ふわりと柔らかいものが俺を包む。

視界はいっぱい空色の髪。


「嫌な事、思い出させちゃったね。ごめんね」


そうして、スーシャは腕に力を込めてぎゅっと抱きしめてくれた。

心地良い香りと温もりに包まれる。


「ちょ……スーシャ……俺は別に……」


「よしよし。頑張ったんだね、フェルくんは」


慌てて引き剥がそうとしたけど、頭をそっと撫でてくれる暖かい手に、俺の手が止まる。

そういえば、兄貴もよく泣いてた俺の頭を撫でてくれたっけか。

スーシャと兄貴の雰囲気は似ても似つかないと言うのに、ひとつひとつの言動が不思議と重なるのだ。

彼女に親しみを覚えるのはきっと、そんな理由なんだろう。


いつもだったらこんなの照れ臭くて耐えられやしないのに、もうちょっとだけこの腕の中に居たいと思った。

なんだか、不思議な感覚だった。









そうしてやっと俺が元に戻った頃には、空が赤く染まっていた。


「フェルくん、もう大丈夫?」


「…………心配お掛けしてすみませんでした。もう大丈夫」


心配そうな表情で俺の顔を覗き込むスーシャ。

とにかく申し訳無くて、めいっぱいの土下座をした。

申し訳無いやら、情けないやら、俺の心境はちょっとした修羅場になっている。


「えっ!? やっ、なんか、こっちこそ、やな事聞いちゃってごめんね!」


地面におでこをぶつけていたら、慌てたような謝罪が降り注ぐ。

頭を上げて声の方へ視線を向けると、何故かスーシャも地面に膝をついて頭を擦りつけていた。

森で土下座し合っているわけだけど、なんだこれ。




「フェルくん、あの、言いづらいなら別に答えなくて良いんだけど……」


「な、なんだよ……?」


スーシャは頭を低くしたまま、顔だけこちらに向けた状態でバツの悪そうに俺の様子を伺う。


「今は、どうなのかなって」


「今?」


「……幸せ?」


また変な質問だ。

スーシャらしいっちゃらしいのかもしれないけど、俺が泣いてしまったせいで変な気を使わせて申し訳無い所だ。


「まぁ……幸せ、かな」


あまり説得力は無いかもしれないけど、兄貴に姉さんにアルに……他にも色んな人。

きっと俺は愛されて生きてきた。


「辛い事もあったけどさ、良い人に拾ってもらって良い人たちに恵まれたからな。すっげー幸せだよ」


「そっか。良かった」


ほっとしたのか、いつものようにふにゃりと笑った。

他人の俺の為にそこまでころころ表情を変えられるなんてお人好しにも程がある。


……本当に、俺の周りには良い人ばっかり集まるんだ。


「スーシャにだって感謝してるよ。こうやって俺のために色々してくれてるんだ」


「え」


「こんな言葉じゃ全然足りないけどさ、ありがとな!」


「わ、あわ、私は、別に、そんな……っ」


スーシャは俺の言葉を聞いた途端、顔を耳まで真っ赤に染める。

それを隠そうとしているのか、両の手を顔の前で右に左に振っているのだが、その様子が分かりやすいくらいに照れているんだと自ら言っているようだった。


「うぅ、フェルくんなに笑ってんのさぁ…」


どうやらいつの間にか笑っていたらしい。

スーシャは自身が笑われたと思ったのか、真っ赤な頬をめいっぱい膨らませて俺を睨んでいた。

照れているんだか怒っているんだかよく分からない妙な表情がまたおかしくて更に頬が緩む。

そんな俺の様子を見て顔色は赤いまま、もぉ、と諦めたようにスーシャは笑った。


「……フェルくん、笑ってる方がやっぱり良いよ」


「お、おう」


挿絵(By みてみん)


頬は未だ少し赤いまま、嬉しそうに笑う姿はなんとなく背景の夕日とよく似合っていると思った。

不思議と目が離せなくてそのままぼんやりするように眺めていると、俺の心境を知ってか知らずか、腕を伸ばしながら俺の目前へと近寄る。


「笑顔は最強の武器なのだよ」


「……え?」


「だから、笑って」


「……」


妙に演技がかった喋り方で、笑いながら俺の頭を優しく撫でる。

兄貴のような懐かしさを一瞬感じたけど、近くで見る笑顔がどこか妙だ。

……そう、また楽しくなさそうな笑顔。

なんだか寂しそうな、悲しそうな表情に見えて、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


「……もう、ここには来ないで」


「……え……?」


不意に、手の温もりが離れる。

それと同時に呟かれた言葉の意味が理解出来ないまま顔を持ち上げて、夕日を背景に立つ背中を眺めた。


「免許皆伝。フェルくんは戦う必要も、強くなる必要も無いよ」


「え、何……を……?」


「そのまま幸せに暮らしてて」


頭が真っ白で、何を言っているのかよく分からない。

ただ、振り向いた彼女の表情はすぐにでも泣いてしまいそうな歪んだ酷い笑顔だという事だけ分かった。


俺に笑えと言ったくせに、スーシャこそ笑えてないじゃないか。


「もう二度と私に会いに来ないで」


「……な、……え……っ!」


そして、拒絶されている事をやっと理解する。

それでも頭はやっぱり動いてくれなくて、なんで、と言う言葉が頭の中をぐるぐるするだけだった。

そうして固まったまま呆然と座り込んでいる俺に構う事無く、スーシャは森の奥に走り去る。


「あっ、待……って! スーシャ!!」


慌てて追いかけようと立ち上がるも、足がもつれて派手に転んだ。

痛む身体を無視してすぐさま顔を持ち上げると、既に彼女は黄昏の暗闇の向こう側、どこにも見えなくなっていた。

追いかけようと足に力を入れようとするも、拒絶された場面が頭の中で繰り返されて、力が抜けてへたり込んだ。


なんで。

なんで急に、そんな。


いつの間にか、スーシャは俺の中でこんなにも無視出来ない存在になっていたらしい。

締め付けられるような感覚は、強くなるばかりだ。



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