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03 エト



薄暗い部屋の中、家具も一切無い冷たい石の床に僕は膝を抱えて座っていた。

ここはさむいから、出来るだけ小さく丸くなっておくと少しだけましになる気がするんだ。


ふと、自分の右手を見つめた。

もう何度も思い返した、森でのやりとり。


「……改めてよろしくの握手」


ひとり、口に出してみる。

そんなことをする意味がよく分からなかった。

それでも一つ分かった事がある。


「暖かかった」


さむく、なかった。


レアさん達と一緒に居る時より、フェルと話している方がずっとずっとさむくないんだ。

そういえば、るー兄もそんな感じだった気がする。

変な兄弟だ。

もしかして本当は魔術師だったりするんじゃないのかな。

火の魔術、とか……。


立ち上がって、魔法陣を控えめに展開。

部屋の中央に火の玉を生成した。


「……なんか違う……?」


確かに皮膚に熱気が伝わってくるけど、なにかが違うような気がした。

暑いほどの熱気があるにも関わらず、身体の内側から無限に溢れるようなさむさが消えてくれないのだ。


そもそも魔術師だったら気配で分かるし、魔術なら魔法陣が出てなきゃおかしいか。

なんだかばかばかしくなって魔法陣を解除すると、部屋は再び薄暗い静寂に包まれた。


「……握手」


何も無い空間に手を出して、握る。


やっぱり、さむいままだ。


まぁ、これは一人でやるものでもなさそうだから、やってみたところで仕方ないけど。


そうだ、レアさん達に付き合ってもらおう。

みんな忙しいから怒られるかもしれないけれど、ほんの少しだけならきっと付き合ってくれる筈だ。

そう思い立ったら少しわくわくしてきた。

自然と軽くなった足取りで部屋を飛び出す。


この建物は昔はレアさんの研究所だった。

魔術について色々研究していたけど、今ではここが研究所として使われる事はほとんど無い。

たまに武装用の魔法道具を作っているレアさんを見るけど、基本的には雨風を凌ぐ為だけにここを使っているらしい。

そして、夜が更けていく前にみんなが集まって、良い頃合いになったらここから魔術師を狩りに行く。


僕が集中するとかなり遠くの方まで粒子の探知が出来る。

それで魔術師を探し出してみんなを案内して、お手伝いするのが僕の役目だ。

だから僕が重要だって、大切な役目だってレアさんは言ってくれた。

その期待に応えるのもきっと僕の役目なんだと思う。


今はまだ夜が深くなる前だから、みんな建物のどこかで時間を潰している筈だ。

その間少しだけ付き合ってもらおう。

そう思って廊下を歩いていると、最初の人影を見つけた。


冷たい石の床に座って、窓から差す月の光に照らし出されるその人は、クロスさんだ。

痛々しい継ぎ接ぎだらけの皮膚を隠すように真っ白な前髪を伸ばしていて、後ろ髪は雑に束ねている。

レアさん以上におちゃらけた調子でよく笑ってる人だけど、その笑顔がどこかつまらなそうに見えて、もっと楽しそうに笑ってほしいなって僕はよく思う。


「よォ、クソガキ」


視線はそのままに、いつの間に気づいたのかクロスさんがこちらに向けた片手をひらひらと振りながら笑っていた。

それに倣うように僕も右手をひらひら振ってみせる。


「クロスさん、こんばんは」


「まァーだ時間、早いんじゃねェーのォ?」


抑揚が強く、少し間延びした独特の喋り方がクロスさんの特徴だ。

真面目に話す気が無いように思えるけど、僕はこのクロスさんの喋り方が結構好きだ。


「ごめんなさい、クロスさん。あのね……」


「あァ?」


僕が右手を差し出すと、クロスさんはそれを眺めながら首を傾げる。


「あ、改めてよろしくの握手!」


「……はァ?」


クロスさんは変なものを見るような、いや、不気味なものを見るような顔で僕の右手と顔を交互に見比べていた。


森でやられた時は意味がわからなかったけど、そういう挨拶もあるものなのかな、と思った。

けどやっぱり変なんじゃないか、フェルの奴め。

頭の中で恨み言を吐いていると、意外にもクロスさんは困惑した顔をしながら右手を伸ばしてきた。

が、触れる直前になるとクロスさんは手を止めて、自身の手のひらを見つめると鼻で笑った。


「下らねェー」


そう吐き捨てると、もう僕の方へ視線を向ける事なく立ち上がってどこかへ歩いて行ってしまった。

さむい廊下に手を差し出したままの僕だけが残される。


残念だなぁ。


ここはさむいし、他の人のところへ行こう。

そう思って僕もクロスさんの行った方向と逆の方へ足を進めた。

そうやってしばらく歩いていると、外に出て壁にもたれ掛かる人影が窓から見えた。


あれは、……アトラスさんだ。

あまり表情を崩すことのないアトラスさんは何を考えているのかよく分からない。

紫の長髪は腰より長くて邪魔じゃないのかな、と気になる。

僕が近くにあった扉から外へ出て近寄ると、いつものように無表情のまま顔を持ち上げた。


「どうした」


先程のクロスさんにやってみせたように手を差し出してみても、彼は表情を崩さずにそれを眺めていた。


「……改めてよろしくの……握手」


僕が喋ると、彼の視線が僕の顔と差し出された手を交互に行き来する。


そして、意外にもちゃんと握手をしてくれた。

ずっと外に居たせいか、彼の手は少し冷たい。


「貴様は何故ここに居る?」


握手した手はそのまま、アトラスさんは問いかけてきた。


「なんでって、えっと、暇だったから……」


「違う」


何か間違えただろうか?

僕は首を傾げるとアトラスさんは言葉を続ける。


「俺達は同じ目的の元ここに集い、戦っている。だが、貴様は何故ここに居る? 何故同族と戦う?」


どうしてそんな事を聞くのかが、僕には分からない。

そんな事決まってるじゃないか。


「レアさんや、クロスさん、アトラスさんのお手伝いがしたいから」


「それが、貴様が殺しをする理由なのか?」


アトラスさんの真紅の瞳が僕の目を真っ直ぐ捉えた。

何故そんな分かりきった答えを問いかけてくるのだろう?


「うん」


「ならば余計な感情は捨てろ。いずれ苦しむ事になるぞ」


そう言うと彼は僕の手から手を離すと再び腕を組んで壁にもたれ掛かる。

僕は彼の言葉の意味がよく分からなかった。


「意味が分かんないよ」


「……」


アトラスさんは僕から視線を外すとどこか遠くを見つめて、僕の問いかけに答えることは無かった。


苦しむって……僕が苦しむと言っているのか?

既に何人か殺したけれど、そんな気配は全く無いこの僕が何に苦しむと言うのだろう?


「アトラスさん?」


「……」


名前を呼んでも目もくれない。

答えてくれる気は無いらしい。

相変わらず何を考えているのか分からない人だ。

冷たかったけど、ちゃんと握り返してくれたから良い人だとは思う。


でも、外は少しさむいから室内に戻った。

最後にレアさんに会いに行こう。

いつも同じ部屋にいるから居場所は知っている。

ここから少し歩いた奥の方の部屋。


質素な扉の前に立ち、こつこつと扉を軽く叩く。

すると、中から「何?」と短い問いかけが飛んできた。


「レアさん、僕だよ。少しお話したいんだけど……だめ?」


少しの間の後、扉が開いて僕を部屋に入れてくれた。


この部屋は元々広い部屋だったのだが、何に使うのかよく分からない機械がたくさん積み重ねられ、同じくよく分からない薬品や資料のようなものがごちゃごちゃと置いてあってかなり狭く感じる場所だ。

魔法道具について僕はあまり詳しくは無いから、これらがどう役に立つのか分からない。


「で、どうしたの? 何か用があるんでしょ?」


少しだけ乱れた檸檬れもん色の髪の毛をがりがりと掻きながらレアさんは僕を見下ろした。

いつものように表情は無い。

僕と話す時のレアさんはいつも無表情か、怒った顔をしているかだ。

他の人に接する時みたいに笑いかけてはくれない。


……当たり前、なんだけど。


「あの、あ、改めてよろしくの、握手」


こんな変な事をやっていて、またレアさんを怒らせてしまうんじゃないかと少し不安だった。

レアさんは無表情のまま、僕の手を見下ろす。

そして、しばらく何か考えているのかじっとそれを眺めていた。





「……あ、あの……忙しいのに、ごめんなさい……」


「よろしく」


僕がいたたまれなくなって俯いて手を引っ込めようとすると、それを引っ張るようにレアさんの手が握り締めた。


少しだけ、温かい。


「いつも手間かけさせてるわね」


「……う、ううん。ぜ、全然そんなこと、ない」


空いた方の手でレアさんは僕の頭に手を置いて、髪の毛を撫でた。

なんだかその手つきがすごく優しくってどきどきした。


挿絵(By みてみん)


「これからも頼りにしてるわ」


「え、う、うん!」


表情は相変わらずの無表情だけど、そんなもの僕にはどうでも良かった。


レアさんが手を繋いでくれた。

頭を撫でてくれた。

頼りにしてるって言ってくれた。

それだけで嬉しくて嬉しくて嬉しくて、どうにかなってしまいそうだった。


「スーシャの方はちょっと行き詰まっててね、悪いんだけどしばらくはこっちの手伝いよろしくね」


「うん、任せてよ! 僕で良かったら、どんどん使って!」


あの子が居てくれたらもう言う事なしなんだけど、レアさんだってあの子を見つける為に頑張ってくれてるんだって。

だったら、わがままは言っちゃいけない。

僕が頑張ってレアさんに楽させてあげれば、きっとあの子もレアさんが助けてくれるんだって、そう信じている。





「そろそろ時間ね。行くわよ」


「うん」


部屋から二人で出ると、アトラスさんとクロスさんが扉の前の廊下の壁に身体をもたれ掛けてレアさんと僕を迎えた。


全員集合、だ。


意識を集中して、探知を開始する。

今日はすごく調子が良くて、どこまでも見渡せる気がした。


「見つけたよ」


「じゃ、案内よろしくね」


「今日はどォんな魔術師だろうなァ?」


「……」


三者三様の反応を尻目に魔法陣を展開。

近くの窓からふわりと宙を舞うと、三人も僕を追いかけて地を蹴り駆ける。


風を頬で切りながら、アトラスさんがいずれ僕が苦しむと言っていた事を思い出す。

意味はよくわからなかった。

けれど、どんなに苦しい事があっても、今日の出来事が、レアさんが居ればきっと大丈夫だ。


ふと、自身の髪の毛を触る。

まだ優しい温もりが残っているような、そんな気がした。

どうにかなってしまいそうな昂りをなんとか堪える。


……あぁ、だめだ、今日は上手く力加減が出来そうも無いや。



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