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すっかり日も暮れ、町は朱に染まる。

冒険者の酒場の扉を開くと、そんなに離れていたわけでもないのに懐かしく感じた。

スーシャ、ソル、フロラがこちらに背を向けアルと話をしている。


すると、こちらに気づいたらしいアルが俺に手を振った。


「フェル、お疲れ様」


三人もアルにならってこちらに振り返る。


「おう、フェル。お疲れ」


「無事ですか? どこか怪我してませんよね?」


「ふぇうふう」


小さく笑うソル。

不安げなフロラ。

そして労うみんなを意に介さず、幸せそうな顔でパンケーキを頬張るスーシャ。

相変わらずマイペースで呆れた笑いが漏れた。


「クエストばっちりしっかり達成したぞ! ……まぁ道中で会った人に助けてもらっちゃったけど」


続けてワームに追いかけられた事、ロック鳥に襲われて大変だった事なんかを身振り手振りを交えて話す。


「で、めっちゃ強い女の人に助けてもらった」


「運が良いのか悪いのか分からんな」


「でも無事で良かったです」


「あ、ほうだ」


パンケーキを食べ終わったスーシャが思い出したかのように声を上げた、かと思えば立ち上がって俺の傍まで駆け寄ってくる。


「はいこれ、忘れ物」


満面の笑みで俺の手を取り、その上に見慣れた短剣を置いた。

魔法道具の件で疑ったのを後悔したが、撤回だ。

やっぱりお前か!


「わ・す・れ・も・の!?」


「いひゃひゃ、ごひぇんにゃしゃいごひぇんにゃしゃいぃぃ」


スーシャの頬を引っ張って睨み付けるとあっさり観念したようだ。

離すと涙目になりながら頬を抑える。


「全く、助けてもらったから良いけど焦ったんだぞ」


「ご、ごめん……魔法道具も着けといたし大丈夫かなって思……あれ?」


スーシャの言葉が途切れたかと思えば、不思議そうな顔で俺の周りをぐるりと一周した。


「フェルくん、魔法道具……ええと、紙みたいなモノついてなかった?」


スーシャは、おかしいなぁ、と呟く。

……そういえばレアさんに取られてそのまんまじゃないか。

ちゃっかりしてるなあの人。


「あ、ごめん。俺の事助けてくれた人が気に入って持ってっちゃったんだと思う」


「えぇ!? ま、まぁそれは良いけど……変わった人に助けてもらったんだねぇ」


首を傾げながら苦笑している。

レアさんはスーシャにまで変わった人と言われるらしい。


「俺も変な人だと思ったよ。魔法道具の研究してる人で、スーシャの着けてくれたものにすごい興味持ってたみたい」


「へぇ〜、魔法道具の研究してる女の人……」


「どんな感じの人なんだ?」


何やら気になる事があるのか顎に手を添えて考え込むスーシャ。

ソルもレアさんの事が気にしているみたいだ。


そんなに気になるのか。

えぇっと、どんな感じか、か。


あ。


「胸、大きかった」


「は?」


「は?」


「は?」


みんながみんな、同じ声を発した。

ぽかんとした顔のソル。

すっと無表情になり、自分の胸をぺたぺたと触っているスーシャ。

そしてフロラは汚物を見るような目で睨みつけてくる。

いつも優しい雰囲気のフロラの蔑むような顔は初めてで、少しばかりこわい。


質問に答えただけなのに反応があまりよろしく無いのはどういう事なんだろう?


「……大きい……大きいってどのくらい……?」


「そこかよ」


なんだか暗い顔で質問してくるスーシャに、ソルがすかさず突っ込んだ。

スーシャは相も変わらず変な事が気になるらしい。


「スーシャの五十倍くらい? 百倍?」


「っうわぁぁぁっ!! なにそれぇぇええっ!!」


スーシャは俺の言葉を聞くなり、頭を抱えてその場に蹲る。

本人も確認してたしスーシャ基準なら分かりやすいと思ったんだけど、よくよく考えてみたらスーシャって平らだし逆に分かりづらいか。

そんな事を考えていたら、いつの間にか立ち上がったスーシャが俺の胸倉に掴みかかる。


「フェルくんも胸の大きさとかで子供扱いする人!? おっきいのが良いの!? おっきいのが好きなのぉっ!? なんでぇぇっ!!!」


「ちょ、う、え、えぇ!?」


軽く揺さぶられ、首が徐々に締め上げられる。

なんだろうこの状況。

ここまで責められるなんて俺、もしかして何かやらかしたのだろうか。


「大丈夫だって」


「……ぅ……」


スーシャの頭をぐしゃぐしゃ撫でて、まずは落ち着かせる。

どこで失言したのかいまいち分からないが、こんな涙目にしてしまったのは俺のせいなんだろう。

何か励ませる言葉は無いだろうか、必死に頭を動かした。

スーシャの発言から考えて、きっと胸の大きさを気にしてるんだ。

ならば簡単である。





「俺はスーシャが平らでも、全然気にしないよ!」


「え゛っ」


瞬間、スーシャの表情が引き攣った状態で固まった。

ソルが頭に手をやり、ため息を吐いているのが視界の端に映った。


あれ? もしかして俺、また失言した?


なんでだろう、と必死で考えていると、どん、という大きな音が響く。


「あぁもうフェルさん!! 不純です!! 不快です!!」


「……えっ」


「おい、ふ、フロラ!?」


怒鳴り声の主はフロラ。

声を荒げながら右手をカウンターに打ち付け、その眉間に青筋を立てている。


え、なにこの状況?

もしかして、俺やばい?


ソルがフロラの名前を呼んでいるが、声が若干上擦っている所から察するに彼も怯えているようだ。


「女性の敵です!! 許せません!!」


「ちょ、ぐぇっ」


フロラは立ち上がって俺の胸倉を掴み、思い切りがくがくと揺すってきた。


こ、この人こわっ!


視界がめちゃくちゃに揺れて、目が回る。


「ふ、フロラ!! 落ち着けって」


「そ、ソルさん」


ソルが彼女をなだめようと無理やり俺とフロラの間に身体をねじ込むと、フロラは我に返ったようだ。


「フェルには俺からよぉぉく言っておくから! なっ! フロラはスーシャの事頼む!」


「え、あ、は、はい!」


矢継ぎ早に告げられ、フロラはぽかんとした顔をしながらも頷いていた。

ソルはすぐさま振り返って、くらくらする頭を抱えていた俺の手を掴み、外へ駆け出す。

ばたん、と酒場の扉を閉めると喧騒が遠くなり、ソルの深いため息がよく聞こえた。


「……ソル、ありがとう。助かった」


「いや、俺も逃げたかったからお礼とかいらん」


お互い顔を見合せ苦笑い。

意外にフロラの方が力関係が強いのかもしれない。


「変に潔癖なところあるからああいう話題は怒るんだ。怒ったフロラ、こえーだろ?」


「こわかった。あんなフロラ初めて見たよ」


こわがる俺の表情を見てソルはからから笑っていた。

慣れている様子だ。

さっきのフロラだって怒っていたとはいえ、ソルの声はちゃんと聞こえていたし、なんだか二人の絆を垣間見た気がした。


「……それにしても、あんな取り乱してもソルの声で落ち着くんだもん。さすが、仲良いな」


「ん? ……ま、付き合い長いしな」


視線は明後日の方向へ。

それでも口角が少しだけ上がっていて、嬉しそうだった。


「……そ、そういうフェルはどうなんだよ。スーシャと」


「いやいやいや、俺達ただの師弟みたいなもんで……」


「好きなんじゃないのか?」


「……いや、その……」


「少なくともあいつはお前にかなり好意的に見えるけど……」


「っな、なんだよそれ!」


否定しようとして、何故か言葉に詰まった。


あれ?

どうなんだ俺?

スーシャの笑顔は好きだ。

じゃあスーシャが好きなのかと思うと、なんだかむず痒いような気分になるから考えたくない。

好き、なのか?





「それにしてもさっきの失言はひどいな」


「う」


話題を戻され、返す言葉もない。

失言したのは分かるが、どこが駄目だったのかがいまいち分からない。

ちゃんとフォローしたじゃんか。


「全く……よく聞けよ、フェル」


少し怒ったような、真剣な表情。

目を反らさず真っ直ぐ見つめられて、思わず息を飲んだ。






「胸は大きさじゃないんだ」


「うん?」


真剣な表情を崩さないままのソル。

この人今なんて言ったんだ?

胸?


「胸は大きさじゃない!」


「お、おう」


拳を握りしめ、力説。

聞き間違えたのかと思ったけどそうでもなかったようだ。

そこまで真剣になるところなのだろうか?

顔が怖い。


「女体は芸術なんだ」


「にょ、にょたい…」


そういう話だっただろうか。

いや、一理あるのかもしれない。

考えてみれば、スーシャとレアさんを比べてしまった事が悪だったのだ。


「全ての女体を平等に愛してやるのが男ってもんだ」


「な、なるほど!」


挿絵(By みてみん)


親指を立てて、優しく微笑むソル。

よくわからないがものすごい説得力だ。

これが一人前の男、と言う奴なのだろう。

その貫禄のせいか、背景の夕焼けのせいかは分からないが、ソルがどこか眩しく思えた。


「ソルさん!」


「げっ」


「あっ」


声のした方向、ソルの背後。

酒場の扉がゆっくり開かれ、俯いた状態でわなわなと震えるフロラが現れた。

表情は分からないが、空気が明らかにやばい。


「いや、これは、その、ち、違うんだ!」


「言い訳は宿で聞きますのでじっくりとお話しましょう!」


言うや否や、フロラはソルの首根っこを勢い良く掴み、引きずってどこかへ歩き出した。

ソルは引きずられたまま、よく聞こえないが必死にフロラに言い訳をしている。

眩しく思えたのは気のせいだったらしい。


「あれ、スーシャは?」


慌てて酒場の扉を開けてアルの方へ目を向けると、カウンターに突っ伏して動かない空色が見えた。

あれ、生きてるのだろうか。

あわてて彼女の元へ駆けよってみると小さく呻き声を発していた。

アルがそれを見て、やれやれといった表情で苦笑いをしていた。


「うぅ……ぅ……ぅ」


「おーい、スー……っうわ!?」


声をかけたと同時にスーシャは、がばっと勢い良く顔を上げたので驚いた。

無表情のままゆっくりとこちらへ顔を向けたかと思えば、眉間に皺を寄せてじっと俺を睨む。


「な、なに……」


「……平らで悪かったな」


「え……えっ?」


「帰る」


スーシャは無表情で立ち上がり、踵を返すと早歩きで酒場を出ていってしまった。

どうしよう、めっちゃ怒ってる。


「ちょっと待てって」


怒っている原因が俺だし、あのまま放っておくわけにもいかないので慌てて追いかける。

外に出ると既にスーシャの姿が遠くに見えた。

帰ると言っていたがどこに行くんだろうか?

彼女が向かっているのは宿屋とは反対、森のある方だ。


「おーい、待てってば」


「む」


小走りで近づいていって並んで歩く。

こちらに気づくと頬を膨らませて睨みつけてきた。

慌てて顔の前で両手を合わせて謝る。


「ご、ごめんな、傷つけちゃって……」


「……む〜、かば!」


スーシャはぺしりと俺の頭に平手を落とし、にやりと笑った。


「謝ったし、これで許してしんぜよう!」


「ははー、ありがたきしあわせ!」


軽く乗ってやると満足気に頷く。

大分落ち込んでいた割には優しい罰だ。

ともあれ、許してくれた事にほっと胸を撫で下ろした。


「ところでどこに行くんだ? 帰るんじゃないのか?」


「ん? 森に帰るんだよ」


「……へ?」


気にも止めず、さも当たり前の事のように返された。


え、俺がおかしいの?

それとも、スーシャは森の妖精さんか何かなのだろうか。


「……えっと……その……野宿。森を拠点にしてるんだよ〜」


俺が悶々と悩んでいる事に気づいたのか、補足してくれた。


「野宿って……女の子なのに大丈夫なのかよ?」


「前にも言ったけど男の子も女の子も無いよ。旅人ってそんなもんなんだよ〜」


いつものようにふにゃっと笑う。


そんなもんなのだろうか?

……本当に?


「でもさ、ソルやフロラは宿屋に行ってるじゃん」


「……あ〜……あはは……」


言葉に詰まったスーシャは、バツの悪そうに苦笑いしながら視線を彷徨わせた。

こいつ、また何か隠しているらしい。


「うぅ、そ、そんな怖い顔しなくても。べ、別に大した理由じゃないよ」


無意識のうちに睨みつけていたようだ。

スーシャは俺の視線に縮こまっておどおどしていた。


「じゃあなんなんだよ」


「う〜ん、なんていうのかな……誰かと居るの……苦手」


「え、そうなのか?」


意外な返答だ。

後ろ向きな所はあるみたいだけどふにゃふにゃよく笑顔を見せるし、外交的な性格だと思っていた。


「あ、でもでも嫌いとかじゃないんだよ! むしろみんな大好きだよ!」


考え込んでいたのが傷付いたように見えたのだろうか、スーシャはすぐさま訂正する。

そして難しい顔でうんうん唸る。


「な、なんて言えばいいんだろ……う〜ん、距離感? 普通の付き合い方? ……それが……その……私にはよく分かんないの……」


これ、旅人特有のものなのか?

それが分からないから人里離れて野宿するなんて、すごく寂しい事なんじゃないのか?

……それとも余計なお世話なんだろうか?


「……でも、もう大丈夫。もう大丈夫なんだ」


彼女は俯いて、小さな声で呟く。

何が、なんて聞きたかったけど、その表情が今にも泣き出しそうな顔だったから何も言えなくなってしまった。


「……あ、フェルくん変な顔してる!」


スーシャは顔を持ち上げると、先程の表情が嘘だと言わんばかりに俺の顔を指さして笑う。


「もうすぐ暗くなるからフェルくんは帰りなよ。お家の人、心配しちゃうよ。…………じゃ、ばいばい!」


本人はきっとちゃんと笑っているつもりなのだろう、その笑顔はいつか見たような妙な笑顔だ。

スーシャは手を小さくひらひらと振りこちらに背中を向けると、小走りで駆け出した。


「おい」


「ぬわっ」


俺も同じように一歩踏み出して、駆けるスーシャの腕を掴んだ。

急に止められて不意を付かれたのか、スーシャは軽く仰け反りながら妙な声を上げる。


「……っと、どしたの?」


体勢を立て直したスーシャがこちらに向き直り首を傾げるが、どうしたもこうしたもない。

そんな顔した奴を放っておけるかっての。


「俺もいく」


「へ?」


「俺もいく! ……からそこで待ってろ! 姉さんに言ってくるから!」


「ええ〜!?」


「すぐ戻るからちゃんと待ってろよ! 絶対な! 約束! 嘘ついたら針千本!」


「えっ!? ちょ、勝手に、えぇぇっ!?」


口を半開きにした、ぽかんとした顔のスーシャを尻目に全力疾走。

これだけ釘を刺しておけば大丈夫だろう。

俺の体質の時のように、またこいつは一人で勝手に何か悩んでいるんじゃないかと思ったら放っておけなかったんだ。


「……かば……」


小さな小さな呟きが後ろから聞こえた気がした。


ばかで結構だ。



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