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「配達クエスト?」


「あぁ、フェルの修行にどうかなと思って」


「結構重いものを運ぶクエストがあったんですよ」


日もだいぶ高くなった頃、ソルとフロラがやって来て俺になにやら提案をしてきた。

と言う訳で、四人で酒場に向かう道中にその説明を受けていた。


「良いんじゃないかな。フェルくん力無いし」


「うぐ」


スーシャが二人に勢いよく何度も頷く。

はっきり言われるとやっぱりへこむ、がスーシャは知らん顔だ。

そうしてしばらく歩いていると、いつもの酒場が見えてくる。

それと同時にスーシャは走り出し、誰よりも早く酒場の扉に手をかけた。


「みんな早く早く〜!」


扉を開いた状態のままこちらに振り返り手を大きく振っている。

スーシャ、相変わらず元気だなぁ。

同じ事を考えたのか、ソルやフロラ達と顔を見合わせ笑い合った。


そして酒場に入ると、いつもの喧騒。

こちらに気づいたアルが軽く手を上げている。


「あるさんこんにちは〜!」


「おお、勢揃いだな。クエストか?」


勢いよく手を振り挨拶するスーシャに、軽く手を振り返しながらアルが問いかける。

それに対し、ソルが前に出て答える。


「ここって配達クエスト出してたよな」


「あぁ、受けてくれるのか?」


「受ける受ける。フェルが一人で」


「なんだフェルか」


クエスト受けるの俺なのに、俺抜きで話がどんどん進んでいく。

なんだとはなんだ。

……いや、ちょっと待て。


「みんな手伝ってくれないのか!?」


「手伝ったら駄目だろ」


「修行にならないじゃないですか」


「私、重いのはちょっとぉ……」


まぁ確かに。

って、クエストを根本から否定してるのが一人居るぞ。


「こちらとしては遠慮なくこき使えるからかまわんよ」


「あ、アル……?  お手柔らかに……な?」


覚悟しろよと言いたげに、アルがにやりと嫌な笑みを浮かべる。

容赦なんてしてくれなさそうだ。


「ちょっと待っててくれ」


アルは俺達に背を向け、カウンターの奥にある部屋へ引っ込んでいく。

少しの間ごそごそと音がしたかと思えば、すぐに大きな木箱を抱えて戻って来た。


「これを隣街まで届けてほしい」


木箱が俺の前に置かれる。

ごとりともずしりとも聞こえるような、鈍い音が響いた。

この木箱、かなり重そうだ。


「隣街かぁ……結構歩くな」


たしか歩いて一時間掛かるくらいの距離だった筈だ。

それを重いものを持って行くなんて、と堪らず溜息が漏れた。


「重そうだねぇ」


声のする方へと目を向けるといつの間にかスーシャが木箱の近くにしゃがみ込み、それをこつこつと叩いていた。

俺の視線に気づくと、こちらに目を向け立ち上がり、俺の背中をぽふぽふと叩く。


「フェルくん、頑張ってね」


「おう」


ふにゃっといつもの笑顔で応援され、少しだけ元気が出た気がした。

その気分のまま、木箱へ向かう。


「よ、っとぉ」


木箱を持ち上げてみると、なんとか抱えられるがやっぱり重い。

木箱の中からガラス同士がぶつかるような音と、わずかな水音が聞こえる。

液体の入った瓶が大量に入っているんだろうか。

そりゃあ重いのも頷ける。


木箱を抱えたまま、顔だけアル達の方へ向ける。


「それじゃあ行ってくるぞー」


「中身割らないようにな」


「頑張れよ」


「気を付けて下さいね」


アルと、ソルと、フロラ。

それぞれ応援の言葉をかけてくれるが、スーシャはそわそわしたような落ち着かない様子で俺を見ていた。


「……スーシャ? どうした?」


「……む〜、やっぱり私も一緒に行く!」


どうも俺の事を心配しているらしく、不安げな表情で俺を見ていた。

スーシャが俺の元へ一歩踏み出そうとした瞬間、ソルがスーシャの腕を引いてそれを阻止する。


「何度も言うけど手伝ったら意味無いだろ」


「で、でもぉ」


「ただの配達クエストだぞ。お前ちょっと過保護過ぎやしないか」


「む〜……別にそんな事無いと思うけど……」


なんとなく、雰囲気が悪くなりそうな気がした。

二人が喧嘩するのは望むところでは無いし、木箱を一旦置き直して間に割り込んだ。


「まぁまぁ、俺は一人でも大丈夫だって! ささっとクエスト達成して、俺だって出来るって所見せてつけてやるよ!」


「……む……分かった」


ぐしゃぐしゃ頭を撫でてやると、未だ納得して無さそうな表情だったが素直に頷いてくれた。

心配してくれた事は嬉しいけど、配達クエストくらい簡単に達成して、認めて貰いたいと言うのもある。

すごすごとカウンターの席へ戻っていくスーシャを見届け木箱を持ち直した。

その彼女の様子に苦笑いを浮かべるアル達に手を振って、酒場を後にした。









町を出ると視界いっぱいの草原が広がる。

草の生えてない踏み固められた道があるのだが、ここを道なりに歩いていけば隣街に着く。

木箱は重いが、俺一人でも充分なクエストだ。


抱えたそれを落とさないようしっかり持ち直し、ほんの少しの不安を打ち消すように元気よく歩き出した。


しかし、いい天気だ。

日差しが少しだけ眩しく感じる。


ぐにゃ。


そんな事を考えて空を眺めながら歩いていると、硬い土ではない妙に柔らかいなにかを踏んづけた。


「わっ」


軽く体勢を崩してしまいよろけつつ踏ん張る。

なんとか持ち直し、なにかがあった方向へ目を向けると、俺の膝丈より少し低めの緑色の芋虫。

これは確か、ワームと言うモンスターだ。

数匹、こちらに向けて威嚇しているように顔を持ち上げる。


まさかさっき踏んづけたものってこいつら?


「ご、ごめ……うわぁっ!」


駄目で元々、謝ってみようとしたけど通じるわけもなく飛び上がり襲いかかってきた。

すぐさま顔を前へ向け、駆け出す。

ワームは芋虫のようなモンスターで、移動の速度はそこまで速くない。

普通に走れば振り切れる。

が、重たい木箱があるせいで上手く走れない。


こうなったら迎え撃つか。

木箱を地面に起き、腰のホルダーに手を伸ばす。


「あれっ!?」


が、その手は空を切る。

腰へ目を向けると短剣が無い。

なんだろうこの既視感。

慌てて木箱を持ち上げて踵を返した。


「前にもこんな事があったようなぁぁ!」


そんな事をしていたせいで、ワームとの距離がだいぶ縮められてしまった。


思い出すのは俺の好きな笑顔だ。

多分あの時だろうな。

もう泣きたい。


「アンタ、なっさけない顔してんじゃないわよ」


そんな事を考えながら走っていると、輝く檸檬れもん色とすれ違った。

瞬間、斬撃音と、ぐしゃり、という不快な音。

立ち止まり、顔を音の方へ向けると無惨なワームの姿が目に飛び込む。

そして短剣をくるくると弄ぶ、檸檬れもん色の髪の毛を高い位置で纏めた女の人。


挿絵(By みてみん)


思ってもみなかった助太刀に驚いた。


「え……あ、ありがと……ございます……」


「今度は間抜けな顔ね。しゃきっとしなさい」


おでこを小突かれる。

そこでやっと落ち着いて女の人を見た。


俺よりもだいぶ年上に見える女性だ。

檸檬れもん色の髪の毛と銀色の瞳。

白衣を羽織っているが、中に着ているものは布地が少なく、色っぽい。

そして、胸が大きい。

不思議と視線がそこに吸い寄せられるのは仕方ないと思う、うん。


「アタシはレア。アンタは?」


「お、俺はフェル……です」


「……配達クエスト?」


彼女、レアさんは俺の抱えてる木箱と俺の顔を交互に見比べて、首を傾げる。


「う、うん」


「……っと、ゆっくり話してる場合じゃないわね」


レアさんはすぐに俺から視線を外し、空を睨みつけた。

彼女にならってそっちへ目を向けると、空に大きめの鳥の影。

けたたましい鳴き声をあげこちらに向かって飛んでくるのがみえた。


「ロック鳥ね」


ロック鳥と呼ばれたそいつは、レアさんよりも一回りくらい大きな鳥のモンスターのようだ。


「餌……ワームが目当てなのかしら」


「うぇ!? ど、どうすんの!?」


「アタシの邪魔するってんならたたっ斬るまでよ!」


言うが早いか、レアさんは両手に短剣を持ちロック鳥に向け構える。


わあ、漢らしい。

っていうか俺はどうすれば良いんだろう。

戦い慣れしてるみたいだし俺は武器もないしレアさんから離れておく事にした。

ちょっと情けないが。


ロック鳥はレアさんを敵だと認識したのか、脚の鋭いツメで彼女に襲いかかる。

が、彼女は涼しい顔をして身体を少しだけ反らしてロック鳥の攻撃をかわし、その都度斬撃を浴びせていく。

最小限の動きで回避、攻撃、と繰り返す様はまるで踊っているようで見惚れてしまった。


次の瞬間、ロック鳥が鋭い目でこちらを睨んできた。

やばい、と思った時にはもうロック鳥はレアさんを飛び越えこちらに飛翔、目の前だ。

鋭いツメが俺目掛けて迫ってくる。


「っ!」


もうだめだと思った次の瞬間、俺の身体が強い光を放った。

そして、驚いて尻もちをついた俺の身体から、輪のようなものが飛び出す。

その光の輪は、ロック鳥を包み込んだ。


レアさんがぽかんとした顔でこちらを見つめているが、多分俺も同じ顔をしていそうだ。


包み込まれたロック鳥は苦しそうな鳴き声を上げてもがいているが、その場から少しも動くことは無い。

拘束されている……らしい。


その様子を見ていたレアさんはすぐさまはっとしてロック鳥へ駆け出す。

そして、もがくロック鳥の首元へ短剣を一突き。

グともゴともとれる掠れた呻き声とごぽりと血液のような液体を吐き出し、びくびくと痙攣していた。

そうして少し震えた後、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

それと同時に光の輪はスッと消えた。


なんだかこうしてモンスターが間近で死ぬ瞬間を見るのは初めてで、少し気分が悪くなってしまった。

スーシャやソル、フロラなんかはこんなのが当たり前なのだろうか。


などと考えているとレアさんがこっちに近づいてくる。

気のせいだろうか、顔が少し怖い。


「さっきの、魔術よね? アンタの魔法道具?」


へたり込んでいた俺の目の前でしゃがみ込み、俺の身体を何かを探すように触る。


魔法道具?

なんの事だ?


「服の背中、これさっきの魔法道具ね」


「えっ?」


べり、と何かを剥がす音が背中から聞こえる。

そして、何かよくわからないものが描かれた紙を目の前に突き付けられた。


「随分と高度な式の魔法道具ね。どこで手に入れたの? 製作者は? まさかアンタが……?」


「えぇ!?」


矢継ぎ早に質問攻め。

俺だって混乱してると言うのに。


「ちょ、ちょっと待って! 俺もよく分かんないんだよ!」


「よく分かんないって……じゃあなんでこんなの持ってるのよ!」


後半語気が荒くなっている。


なんでこの人怒ってんの!? こわい!


慌てて心当たりがないか思い返す。

多分だけど、スーシャだよな。

俺の背中触ってたし。

さっき短剣の事で疑っちゃったけど、この魔法道具がスーシャのだったらなんだか悪い事しちゃったな。


「で! どうなの!?」


「うわぁ! 友達の……だと思う! いつの間にか着けられてたから、よくわかんないけど!」


視界いっぱいにレアさんの怒った顔。

慌てて俺の知ってる限りの事を言う。

かなり曖昧だけど、本当にこれしか答えようがない。


「ふ〜ん」


納得したのだろうか、俺から離れた。

顎に手を添え、なにやらぶつぶつと独り言を呟いている。

大丈夫なのか? この人。


「……なに? 変な人を見るような目をしているけど、な・に・か?」


「いえ……なんでも……」


レアさんは俺の顔を見るや否や、ロック鳥に刺さりっぱなしだった短剣を思い切り引き抜き、睨みつけてきた。

さっきより顔が怖い。


「ぷ……あははっ、ほら」


突然笑い声。

見上げるとレアさんがけらけら笑いながら手を差し伸べてきていた。

その手を取り、立ち上がる。


「アンタ、面白いわね」


「な、なにがだよ……」


「その分かりやすい顔とか」


「むっ」


無意識に膨らませてしまった頬をレアさんは笑いながらつついてきた。

ばかにされてるような。


「……さて、クエストの途中なんでしょ!」


「あ、そうだった!」


木箱に目を向ける。

持ち上げてくまなく見て、中身を覗いてみる。

良かった……特に異常は無いみたいだ。


「目的地までアタシが一緒に行ってあげるわよ」


「え、悪いよ」


「良いのよ。アンタの事気に入ったんだから!」


「はぁ……」


断る事を許さない雰囲気。

とは言え俺よりずっと強いし、ついてきてもらう事に関しては全く問題ない。


「じゃあよろしく……お願いします」


「任せなさい!」


胸に手を置き、得意気な顔だ。

なんと頼もしい。


「そういえばレアさんって魔法道具に詳しいの?」


歩き出しながら、ふと先程の彼女の様子を思い出してなんとなく聞いてみた。


「まぁそこそこね。アタシ、魔法道具について研究してる科学者なのよ」


「へぇ、なんか意外」


俺の前に出てくるりと一回転、どうだと言いたげに羽織っている白衣をたなびかせる。


人は見かけによらないものだ。 

というかあれだけ戦えるんだからそっちの方が得意な人かと思った。

だからあんなに魔法道具の事に食いついて来たのか。


「実は頭がちょー良いのよ! 敬いなさい!」


「わーすごい」


「……棒読みね」


「さっきの魔法道具ってそんなにレアさんの興味をひいたの?」


「そりゃあもう興味津々。まず自動で発動する魔法道具なんてなかなか無いものなのよ! 一体何をトリガーにして……魔法粒子を……」


レアさんは顎に手を添えて、ぶつぶつと独り言を呟いている。

自分の世界に入ってしまったようだ。

なんとなく目がギラギラしてて少しこわい。

この人、魔法道具に関していつもこんな感じなのかな?

なんだかものすごく変わっている人みたいだ。









あれから特に何事も無く隣街に着いた。

まぁこれが普通で、ロック鳥に絡まれたりする事の方が珍しい。

絡まれた理由は完全に俺の落ち度だから何とも言えないのだが。


「ええと、フォースターさんって人に届けるのか」


箱と一緒に貰った小さな紙切れには、簡素な地図と届ける相手の名前が書いてあった。

町を出たことなんてあまりないから地図を見て歩くのは初めてだ。

ちゃんと着けるだろうかと不安に思っていると、突然紙切れが視界から消えた。

と、言うかレアさんが横から奪った。


「……お疲れさま。ここまでで良いわよ」


「あぁーっ! なにすんだよ!」


レアさんは一瞥すると興味ない様子で紙を片手でくしゃりと握り潰して投げ捨てた。


ごみはごみ箱に捨てろよ!

……って、ごみじゃないか。


「大事な地図なんだから捨てるなよ!」


慌てて拾い上げて皺を伸ばしながらレアさんを怒鳴った。

当のレアさんは聞いているのか聞いていないのか明後日の方を向いたまま欠伸をしている。


なんとか読めるからいいけど……うわ、砂っぽい。


ぱたぱたと紙切れを軽く叩いていると、レアさんは不思議そうな顔をして俺を見ていた。

と思いきや、あ、と声を上げる。


「……あー、言ってなかったっけ。それ、注文したのはアタシよ」


「え?」


「アタシがフォースター。レア・フォースターよ」


「は?」


思考停止。

おそらくぽかんとした情けない顔をしているであろう俺を見て、レアさんは指差しけらけらと笑っている。


「あはははは、変な顔!」


「な、なんで黙ってたんだよ!」


「ごめんごめん」


「って言うかすぐ受け取ってくれれば良かったじゃん!」


「運んでもらった方が楽じゃない」


当たり前だと言わんばかりの態度。

クエストだから文句は言えないけど結構重かったんだけどなぁ。


「とにかくお疲れさま。なかなか楽しかったわよ」


レアさんは片手で箱をひょいと抱え、空いてるもう片方の腕をひらひらと振っている。

全然重たくなさそうだが、楽する必要あったのだろうか。

とりあえずクエストは達成って事でいいんだろう。

……なんだかどっと疲れた。


「今度、アンタのとこに遊びに行くわ」


歩き出そうとしたがふと立ち止まり、顔だけをこちらに向けたレアさんは続ける。


「また、ね」


片目を閉じてこちらへ微笑みかけると、今度こそ背を向けて歩いて行った。

スーシャとは違う雰囲気の、けれども魅力的な笑顔だ。


「また!」


レアさんは顔をこちらに向ける事は無かったが、片手を小さく振っているのが見える。

口だけの約束だけれど、また会えたら良いなと思った。




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