第9話 もろもろの説明とスマホの擬人化
俺が目覚めてから早一日が経った。
所長さんと喋った後、所長さんの言う通り俺はふかふかなベッドでのんびりと過ごしていた。
そして気づけば寝ており、今日を迎えたというわけだ。
ここは時計もなければ窓もないため、体感時間がおかしくなってしまいそうだ。
ちなみに何故一日経ったか分かったかというと、さっきトイレに行くために呼んだ職員の人に教えてもらったから。
さて、流石に今日も何もしないのはつらいものがあるぞ。
なんて思っていると昨日のように扉がノックされた。
「はーい」
「失礼する」
返事をすると、さっき時間を教えてくれた職員の人がいろんな荷物をもって部屋に入ってきた。
一体何だろうか……と思っていると。
『ごしゅじ~ん!』
職員の胸ポケットから頭を出したスーが大きく手を振りながら叫んでいた。
その宇宙のような――黒地にキラキラと星が散りばめられた――大きな瞳にはたくさんの水がたまり、ぽろぽろと涙を流している。水没してないよな?
「検査が終わったため返しに来た。あと連絡事項が二つ。一つは今から十五分後に所長と話してもらうこと。もう一つはそのあといろいろと実験に付き合ってもらうこと。以上だ」
「わかりました」
職員さんは連絡事項のみ伝えると持ってきた荷物を机に置き、さっさと扉の向こうへ行ってしまった。
俺は職員さんがちゃんと出ていって、扉もきちんと閉まるのを見ると、机の上で涙目になって頬を膨らませているスマホのスーへと話しかけた。
「よかった、壊されてたりしなかったんだな」
『本当なのよ! ご主人から離された時はどうなるかと思ったなのよ~!』
わんわんと泣くスーをなだめながら、俺の荷物がちゃんと全部あることを確認した。ちゃんと弁当箱もあった。洗っててくれてもよかったのに……
しばらくして、ようやく落ち着いたスーに俺は質問をしていく。
「スーは俺から取り上げられた後どうなったんだ?」
『電源を落とされちゃったのよ。だからさっきまでずっとふて寝してたなのよ』
「目が覚めたところはどんなところだった?」
『内部システムの起動をしてたから気づいたらそこの扉の前だったなのよ』
「チッ」
『ご主人?!』
結果、得られた情報は何一つなかった。
思わず舌打ちをしてしまったが、まあ不可抗力だろう。スーが何か言っているが適当に頭を撫でて誤魔化す。
そして荷物の点検をしたり、スーと阿保みたいなやり取りをしたりしていると、ノックの音が聞こえた。
「はーい」
「おはよう、朝にすまないな」
スーに目配せをし、その白いワンピースに現在時刻を浮かべてもらうと、確かに今は朝の八時だった。職員の人に聞いてから一時間も経っていたのか。
俺が椅子に座ったまま頭を下げ挨拶を返すと、所長さんは俺の向かいの席に座って机の上にマグカップを置いた。
坊主頭のほうにばかり視線がいっていたため気づかなかったが、所長はコーヒーを持参してきていた。俺の分はないのか……
「……化人君も一杯いるか?」
「あ、はい、お願いします。砂糖とミルクは多めで」
物欲しそうな顔だったのか、座って俺の顔を見た第一声がそれだった。作戦成功。
冗談半分、本気半分で物欲しそうな顔をしていたのだが、上手くいった。ラッキーと思いながら俺は素直にお願いすることにした。
そして待つこと五秒ほど。
「お待たせしました」
「……え? 待ってないけど……」
あまりの速さにびっくりしつつ、本音が漏れてしまった。
しかし持ってきた新たな職員の方は俺のつぶやきには一切反応せず、滑らかな動きで俺の前にマグカップを置くと、一瞬で俺の視界から消え去った。
まさかテレポート?!
「ちなみにあれはテレポートとか瞬動とかそういうものではない。ただの技術だ」
「ただの技術……」
なにそれカッコイイ。
俺はさっきの職員のお姉さんに感謝の言葉を小さく告げ、コーヒーを一口飲む。
「さて、それでは本題に入ろう」
俺が一息ついて落ち着いたころを見計らって所長さんがそう切り出した。
真面目な話っぽいので俺は居住まいを正し、所長さんの言葉に耳を傾ける
「ではまず私たちがどういった集まりなのか、そこから話そうか」
そういって切り出した所長さんの話は要約するとこんな感じだ。
・所長さんたちはテロリストなどを制圧する秘密の組織だ。
・宗教団体がやらかしてくれたので追跡殲滅する予定だった。
・宗教団体の不可思議な、魔法のような力によって取り逃がす。
・情報を集めていると宗教団体はマジでやばいやつらと判明。
・目的阻止のため情報収集をしていたところ俺の存在を発見。
・しかし知るのが僅かに遅かったため俺は連れ去られた後だった。
「…………」
そこかしこで中二心をくすぐる情報がいくつか出てきたが、まあそれはいったん置いておこう。
頭の中を整理し終えた俺は閉じていた目を開いて所長に向かって頷く。
「なるほど、大体わかりました」
「理解が早くて助かる。それで一つ聞きたいことがあるのだが……君は捕まっている時に杖のようなものを見なかったか?」
ずっと無表情だった所長が僅かに眉を寄せ、声のトーンも一つ下げて聞いてきた。
何やら深刻な質問らしいので、俺もしっかりと捕まった時の記憶を探り、そのまま伝えた。
「はい、見ました。しかしそれは映像越しです。それと、その杖のことを誘拐犯は聖杖と呼んでました」
所長は少しだけ眉をぴくっと動かし、それについて述べる。
「それはおそらくあいつらの持つ【神の遺物】だ。そしてそれは非常に危険なものだ」
いや、それくらいは改めて言われなくても理解してるよ。
俺のそんな思いが所長にまで伝わったのか、所長は一つため息を吐くとどのように危険なのかを説明する。
「……あの聖杖だが、どうやったらその力が解放されると思う?」
「え? それは、生贄とか、捧げものをしたり、やってくれ! みたいなことを思えば?」
「違う。あれはニトログリセリンと同じだ。衝撃を与えれば一気に……ボンッ」
「……つまり?」
「君が触るだけでその力は解放されて世界は水に飲まれるだろう」
あまりにあんまりな内容に俺はポカンとしてしまう。
まさか触るだけでやばいやつだとは思わなかった。
呆然としている俺に向かって所長さんは続ける。
「何故わかるのかというと、過去に【神の遺物】を使った者たちの記録が残っているからだ」
「え、あれは過去に使われたことが?」
あのやさぐれ聖女は完全に処女みたいな発言してたぞ。
「いや、違うものだ。【神の遺物】というのは実はかなりの数が世界中で保管されている」
聞けばそれら【神の遺物】はあまりにも危険なため誰にも知られないような場所に、ひっそりと封印するように保管しているのだそうだ。
なるほど、確かにやさぐれ聖女は他のやつにやってもらおうとか言っていた。他にもあったんだな。
所長はその後も少しだけ【神の遺物】に関することを話し、最後にこう言った。
「さて、と。長々と話したが次で最後だ」
「はい」
「最後といっても重要なことではない。ただの朗報だ。【明日を見る】の拠点が見つかったので君の解放も早くなりそうだということだ」
そう言って所長は僅かに口角を上げた。
初めて見る所長の笑みだ。特に面白くはない。
「おお! ありがとうございます!」
「まあ、それでも一月くらいは覚悟していてくれ。では、この後の実験もよろしく頼む」
「はい!」
そして俺のモルモット生活が始まった。
ちなみに学校や近所の方には俺が旅行に行ったと話したらしい。俺が家に帰るときはアリバイのため、ちゃんとお土産まで持たせてくれるそうだ。