第8話 所長とボールペンの擬人化
しばらく誰もいない部屋で待つこととなった俺はいろいろと考えることにする。
まずはあの聖杖と言ってたやつだ。あれが神の遺物だとしたら、それはもう世界がえらいことになるのだろう。
特にこの宗教が本当にあのホームページにあるようなやつだとしたら、大分やばい。マジやばたにえん。
ノアの箱舟とかいうくらいだし、あの聖杖には世界を海に沈めるような、なんかすごい力が眠っているのだろう。全然わからなかったけど。
それにそれを使うために【物が意思を持っているかのように見える能力】が必要なのも頷ける。普通に使っていないことから、何かしら代価や特殊な能力が必要なのだと推測できる。そしてその能力や代価で聖女を説得しなければならないのだろう。あれだけやさぐれて拗らせた聖女を説得して力を使うにはそりゃ喋れないとダメだわ。
というわけで結論として、この組織にはいない方がいい、だな。
いてもいいことない。上からの無茶な要望に応えなければならないし、なんならあれを使って大量殺戮とかさせられそうだ。知らない人間が死んでもどうでもいいが、わざわざやりたいなんてことはない。
よし、次に考えることは今ここを襲撃してきてる輩だな。
そいつらがどうだからといって俺に出来ることは何もないが、一応考えるだけ考える。
まず、この宗教と敵対していることからその組織は二つの可能性がある。
一つはまともな、世界を救おうとしている正義の味方。
一つはこの力は俺らが使うんだ! という悪の組織。
正義の味方だったらラッキーかな。救いはありそう。
悪の組織だったら最悪だ。今と同じような環境ならまだいいが、脅しや拷問なんてかけられる可能性もゼロではない。
あぁ、なんでこんなことに巻き込まれてんだよ…………
「大丈夫か?!」
マイナス方向に思考が寄って絶望していると、扉を強く叩く音がした。
そして続く安否の声。
俺は歓喜に包まれた。
「はい! 大丈夫です!」
わざわざ俺の安否を確認してくれるなんてこれは絶対良い方の組織だ!
俺はうきうきしながら扉が開くのを待つ。
「扉を爆破する! 扉から遠い部屋の隅で扉に背を向け、伏せてくれ!」
「…………伏せました!」
忠犬のごとく、シュタッと部屋の隅で伏せた俺は大声で準備完了と叫ぶ。
それから数秒後。思ってたよりは小さな爆発音がし、扉が開いた。
そしてぞろぞろと入ってくる特殊部隊っぽい格好の人たち。銃とか持っててかなり本格的だ。
てか日本にもこういう部隊ってあったんだな……まあ、確かにテロリストとかが出たときにはこういう部隊が必要だからな。
「ターゲットを確認! 保護する!」
そんな風に割と緊張感がない感じでぽけ~っとしていると、あれよあれよという間に俺は保護され、ヘリ型輸送機みたいなものに乗せられ、彼らの組織の場所へとつれられていくのだった。
とりあえずあれだな。疲れた。
俺はものすごい寝心地は悪かったが、ヘリの中でつかの間の休息を満喫するのだった。
☆★
「知らない天井だ……」
目が醒めるなり俺は生きているうちで一回は言いたいことの一つを口にする。しかしながらこれといった興奮というか、感慨深いものがない。
人生ままならないものだな、と意味もなく考えつつ、俺はふかふかなベッドから上半身を起こし、辺りを見渡す。
この部屋は六m四方の正方形で、部屋の中には俺のいるシングルベッド一つに、四人がけのテーブル一つと椅子が二つだけあった。
壁や天井、床は白色で統一されており、ちょっとだけ落ち着かない空間だ。
さて、取り敢えず人を呼べば来るのかな? なんて思っていると、ドアからノックの音が聞こえた。
「はーい」
俺が返事をすると、極普通の扉は特に軋んだりすることはなくこちら側へ開き、その奥にいた人を露わにした。
その人は一言で言えば野球青年だ。丸坊主で、若々しい顔つきで、ほどほどに体格のいい体をしている。一つ野球青年と違う点を挙げるとするなら、全く変わらない表情だろうか。もう少し笑ったりしたほうがいいと思う。
「こんにちわ、よく眠れたか?」
彼はこちらを見ながら、室内に入ってきて、俺のほうを向くように椅子に座った。
眉一つ動かないその顔にちょっと気圧されながらも、俺は人懐っこい笑みを浮かべて首肯する。
「はい、おかげさまで」
「そうか、それはよかった。では早速君の置かれている状況について話そうか」
彼は全くよかったなどと思わせないような顔つきのまま、そんなことを言った。
「まずは自己紹介からしよう。私の名は相沢勉という。この【組織】の所長をやっている」
「よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。それで君の置かれている状況だが……まず君は自分がどういった人間かということを認識しているか?」
哲学かな?
思わずふざけそうになった思考を無理やり封じ込め、俺は所長が何を聞きたいのかをなんとなく察する。
「え~っと、多分ですが、あの宗教のやりたいことをするための道具? でしょうか」
「おおむねその認識で間違いない。それがわかっているということは君がいわゆる【異能】と呼ばれるような力を持っていることも知っているな」
あんな真面目な顔から異能なんて言葉が出てくるとすごい違和感。
中二病を脱し切れていない大人、みたいなイメージがつきそうな所長の言動に笑いそうになった俺は、グッと歯を噛みしめて押し殺す。
しかし所長の言葉はまだ終わっていなかった。
「あの宗教団体【明日を見る】は神が残したといわれる【神の遺物】を用いて【世界をリセット】しようとしている」
「…………」
だんだんと中二臭くなってきたな、と思いながら俺は笑わないために話を適当に受け流す。
そしてふと気づくと視界の中で小さく動く影が見えた。
「そのために必要なのは【神の遺物】を起動させることのできる【異能】だ」
「……」
それは所長の胸ポケットに入っており、俺に手を振っている。
墨汁を垂らしたようなしっとりとした黒髪をストレートに流している美少女だ。チャームポイントは両頬にある大きなしずく型の模様だ。
「その【異能】の持ち主が君であり、君のその【物が意思を持っているかのように見える能力】は非常に稀有な能力なのだ」
「そうらしいですねー」
彼女は俺と目が合ったことが嬉しいのか、両手でぶんぶんと手を振ってくれる。
はぁ、やっぱこういう非日常に日常があると安心するんだな。
「…………もしかしてだが、今も君は何か見えているのか?」
「え、あ、はい。あなたの胸ポケットのボールペンが」
突然声をかけられ驚いた俺は思わず正直に答えてしまう。
いや、別に答えてもいいのだが、なんとなく話を聞いていないと思われるのが嫌で。
所長はそんな俺の心を察したのか、小さくため息を吐くと大事なことを話し始めた。
「前置きが長くなってしまったな。こちらが伝える大事なことは二つだ。一つはこれからしばらくはここで暮らしてもらうということ。もう一つは我々の知的好奇心を満たすために少しだけ実験に付き合ってもらうこと。この二つだ」
「え、じゃあその間学校とかは……」
所長の言った大事なことは流石に聞き逃せないことだった。
特に学校は大事だ。まだ二年生ではあるが、それでも来年の受験に向けて勉強しないといけないのだ。
それに何より二か月後には修学旅行だ。もう一度言う、修学旅行だ!
ほどほどに仲良くしているあの子やあの子の水着姿が見られないなんて考えられない!
所長は相変わらず変わらない無表情のまま答える。
「大丈夫だ、ここには優秀な人材がたくさんいる。高校程度の教養は教えられるだろう」
「……はい」
そうなんだけど! 俺の言った心配の建前はそうなんだけど!
しかし世界がどうとか重大な問題の前に修学旅行がなんて小さな問題を持っていくのが躊躇われたため、なくなくそう返事をしたのだった。
「ちなみに実験というのは……?」
「あぁ、心配しなくていい。そんな非人道的なものは行わない。対象に死んだ方がマシだなんて思われたら終わりだからな」
「え?」
「では、今日のところは失礼する。君もいろんなことがあってまだ混乱しているだろう。今日はゆっくりと頭の整理を行うといい。食事やトイレは入口のブザーを押せば職員が教えてくれる。では」
「え?」