第3話 数少ない友達と椅子の擬人化
教室について席に着くなり授業が始まった。
授業中はシャーペンと消しゴムの大喧嘩が始まったり、椅子がほんわか系女子になってお腹に手を回されて息子が大変なことになったり、前の席の女の子の髪留めが手を振ってきたりしたが、なんとか乗り越えた。
そして一コマ後の休憩時間。
もう既に憔悴してる俺の元にあいつがやってきた。
「おっす化け人、今日も朝から絶好調だったな」
「ういー、神崎いたんなら助けろよ……」
「やだよ、同類と思われるじゃん」
俺の友人――のはず――の神崎は俺の机に腰かけて喋りかけてきた。
神崎は帰宅部だが、運動神経抜群で部活の練習相手になってくれ、と言われるほどのスポーツおばけだ。ちなみに助っ人というのはないらしい。選手登録してないもんな……
そんな神崎とは帰宅部仲間みたいな感じでちょくちょく絡むようになっていった。
神崎は今日も綺麗に立っているツンツン頭を金色に輝かせ、楽しそうに話し出した。
「お前最近話題の宗教知ってるか?」
「ん? なんだそれ?」
神崎は俺の返答は織り込み済みだったのか、ニヤッと笑うとすぐに続けた。
「ツブヤイターとかフェイストゥーフェイスで最近有名になってきたやつだよ」
「どんなの?」
「端的にいうと『世界が滅ぶからノアの箱船で生き残ろう』ってやつ」
このとき俺はどんな顔をしていたのだろうか。少なくともドン引きした顔をしていただろう。
そもそもノアの箱船ってノアっていう神と共に歩んだ正しい人間と動物を乗せて、ノア以外の堕落した人間を懲らしめるゾ! (人間滅ぼす)ってやったやつやん。
今の堕落しまくった人間が生き残れるわけないやん。
そんな俺の思いが表に出ていたのか、神崎は笑いながら続けた。
「はは、だよな、馬鹿らしいよな。ネットでも同じようなもんだよ」
「じゃあなんで有名になってんの?」
「それが中々作り込まれたものでよ、馬鹿にしたり、みんなでそれが本当のように演じて遊んだりしてんだよ」
「あー、悪ふざけね」
ネットで誰でも気軽に情報を発信できる世の中になったせいか、そういったフェイクニュース的なのや、所謂釣りを行う者が多くなった。
ただ、そのほとんどはネット初心者と言われる輩が行い、面白くなかったり、倫理に基づいてないとかで盛大に叩かれて、遊ばれて終わる。
だが、たまにあまりにも荒唐無稽でアホらしい記事は、ネット上で嘘だとわかった上で騒いだりして遊ばれる。
今回はそういう類のものなのだろう。
俺はそう思い、あんま興味ないなー、みたいな顔をしていたのだが、それを見て神崎は再びニヤッと笑った。
「そうなんだけどな、今回は本当にかなり作りが凝ってるんだよ。あれは絶対一人じゃ出来ない」
「つまり今回はあたりなのか?」
「いや、作りはいいんだが、話しかけた時の返事がなぁ……マジモンの宗教みたいな答えばっか返ってくんだよ。『来たるべき時に備えなければ』とか、『それは神の力が宿っているからだ』とか、ちょっと雑いんだよ」
神崎は、だから遊ぶんじゃなくて遊ばれてんだよなぁ、と呟きながらスマホをいじる。
かなり熱弁された俺は若干神崎の話した宗教に興味が湧き、聞いてみることにした。
「なぁ、それってなんていうやつだ?」
「お、化け人が興味持つなんて珍しいな。それは――」
神崎が名前を言おうとした瞬間、休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
先生は既に前にいるため授業はすぐにでも始まるだろう。
「――【明日を見る】ってやつだ。面白いぜ!」
神崎はかなりの早口でそれだけ言うと自分の席へと戻っていった。
【明日を見る】、か。
俺はこっそり机の中で携帯のメモにその名を書いて、授業へと望むのだった。
☆★☆★☆★
学校が終わると部活に入ってない俺はすぐさま帰宅モードへ移行する。
いつも通り俺を中々離してくれないほんわか系女子――椅子の誘惑をふりほどき立ち上がると教科書などをリュックに詰め込んでいく。
『ねえねえ、聞くなのよ』
机の中から教科書を取り出し、丁寧に詰め込んでいくと、机の上に置いたスマホがいつのまにかスマホ系美少女スーに擬人化し、話しかけてきた。
俺は決して声に出すことなく、またあからさまに顔を向けるわけでもなく、手を動かしながら目だけで「なんだ」とスーに聞く。
以前手を止めてスーを見ていたら、急に止まってスマホを見つめ出す変なやつと言われたことがあったのだ。変なやつ判定ガバガバすぎやしませんかねぇ。
ともあれ、俺がスーに目をやるとスーは若干不満気な顔をしながらも喋り始めた。
『むー、まあいいなのよ。あのご主人が調べてた【明日を見る】なんだけど、ちょっと面白い記事が見つかったなのよ』
「………………」
俺は少しだけ気になり作業の手を止めた。
が、すぐさま再開する。どうせ知ってる情報だからだ。
改めて言うが、スーは俺の妄想の産物である。俺が知らないことをスーが知ってるはずがないのだ。
スーはそんな俺の心の内を読んだのか(もしくは表現したのか)怒りながら口を開いた。
『むー! 違うなのよ! スーはスーなのよ!』
中々スーの怒りは激しいようで。
俺は俺の妄想のはずなのに上手くいかないことにため息をつきつつ、適当に返事をする。
「そだねー」
『うむ! 分かればよろしいなのよ!』
返事が来たことが嬉しかったのか、割とすぐに笑顔になったスーをチョロいと思いつつも顔に出さないようにして続きを促す。
『うんうん、それでね、面白い記事なんだけど、そこには【必要なのは物と会話できる者】って書いてあったのよ。つまり、ご主人のことなのよ!』
「あー」
確かにそんなのもあったな。
俺は斜め上を見上げながら、そのページを見ていた時を思い出す。
昼休憩で早めに飯を食べ終えた俺はずっと携帯でポンコツ宗教【明日を見る】を見ていた。
それは神崎が言うだけあってかなり作りこまれたもので、確かに見ているだけでも暇つぶしにはなった。
そんな中、ふと『物と会話できる者』という文章が目に入ったのだ。
その時は一瞬だけ、『あれ、俺のことじゃね?』みたいな感想が浮かんだが、俺のこれはただの妄想の産物だということを思い出し、流したのだった。
『ご主人のこの能力はねらわれているなのよ。危ないなのよ!』
「はいはい」
俺の心はどれだけ非日常を望んでいるのやら。
極々平凡な俺に主人公みたいな出来事なんて起きるはずがないのだ。
教科書などをすべてリュックに詰め終えた俺は騒ぐスーをポケットに突っ込み、やたらと視線を感じる教室を後にした。