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第2話 登校とリュックの擬人化

『ねぇねぇ、今日はお尻触らないの?』


 俺の背負っているリュックからとんでもない誤解を受けそうな台詞が聞こえた。なお誤解される相手はいない模様。俺の妄想故にこの声も俺にしか聞こえないから。

 俺は家を出てからずっとしゃべりかけてくる背中の存在を無視して学校へ向かって歩いていた。

 ちなみに現在の俺の現状は、中学生くらいの大きさの女の子が俺の背中にコアラのように捕まっている状態だ。背中でささやかな膨らみを感じられて少しテンションがあがる。こういった妄想なら大歓迎だ。


『もう! 何やってるのよ! ご主人は本当に節操なしなのよ!』


 耳元でやいのやいの騒がれているのでも十分なのに、更に声が増えた。

 俺は声が聞こえてきた方――俺のズボンのポケットへと視線を向け、小さな声で言った。


「朝から疲れてんだよ……静かにしてくれ……」

『ご主人がリューのお尻を鷲掴みにしたのが悪いのよ! 鷲掴みにしてもみしだいてめちゃくちゃにして!』

「誤解だ、スー。俺はただリューの位置を直そうとして……」

『むー!』


 俺の言い訳はぷんすこ怒るスーのうなり声にかき消されてしまった。

 その後も何度か言い訳しようとするが、それが言い訳だと分かったとたんにスーがうなるので喋らせてもらえなかった。

 結局俺は、頬を膨らませてジト目で俺を睨むスーを宥めることを諦めた。


「はぁ、全部妄想なのになぁ……」


 妄想なのに頑張って言い訳する自分に一つため息を吐き、気持ちを切り替えるように前を向いて見ると――


「――やだ、独り言?」

「――妄想っていってた? うわ、鳥肌」

「――今日も絶好調だなぁ」


 道にいた同じ学校と思われる生徒たちに白い目で見られていた。

 慌てて目だけで周りを見てみるといつの間にか学校へ向かう大通りに出ていたらしい。この道は駅から歩いてくる生徒も使う道なため、ほとんどの生徒がこの道を通っている。特に俺が家を出る時間は始業五分前に教室に着く予定の時間帯なのでもっとも生徒が多い時間帯なのだ。

 俺は顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、競歩のごとく早足でその場を駆け抜けていくのだった。



 ☆★



 風のように駆け抜けること五分ほど。

 いつもより若干早く校門にたどり着くことが出来た俺は校門の前で立ち止まり、息を整えていた。


「はぁ、はぁ、くそ暑い……」


 まだ梅雨は来ていないが、大分暖かくなった春終盤。少し運動するだけで汗ばんでしまう。

 俺は制服の前を開け、パタパタと熱気を逃がしながら、ふと背中の感触が変化していることに気が付いた。

 ちらりと背中を見てみると、ただのリュックが視界に入る。いつの間に……

 ともあれ、もう学校だし騒がしくなくてちょうどいいか、と思いつつ俺は前を向いて歩こうとし……


『さ、みんな、早く中に入りなさい!』


 身長七mほどの、ザ・女教師といった風貌の女性が仁王立ちで校門前にいる生徒たちに声をかけていた。

 みんなは(当然ながら)見えていないらしく、なんの反応もせず彼女の股を潜り、校内へと入っていく。

 次は校門を擬人化か……擬人化するのに見境なしかよ……俺の頭よ……


「…………」

『あ、こら、私の中を、出入り、そんな速く……』


 呆然と彼女を見上げていると、急に彼女は頬を赤らめ卑猥なことを言い出す。

 腰に当てていた手を口元に持ってきているのがなんともいえない色気を……


「……アホか」


 なんとか数秒で正気を取り戻した俺は見上げていた視線を前へと直し……校門で反復横跳びをしている生徒を見つけてしまった。

 お前ら高校生だろ! 何やってんだよ! てかそろそろ授業始まるやんけ!

 かなり呆れてそれを見ていると、彼らは何故か全員で反復横跳びをし始めた。ついでにスピードも上がった。


「うおおおおおおお! ラストスパートだぁぁあああ!」

「俺もやるぜぇぇぇえええ!」

「全く、アホらしい……とかいいつつやる奴ー! うぃぃいいい!」


 俺の高校って進学校だよな……? 頭に自称が入らない普通の進学校だよな……?

 俺の学校は実はアホ高校なのか、とネットで調べたい気もするが、それよりも気になることが今はある。

 さっきまで一人しかやってなかったにも関わらず顔を赤らめていたあの校門の擬人化さんが現在三人に、しかも遥かに速いスピードで反復横跳びをされてどうなっているのか。

 俺は無意識に唾を飲み込み、ゆっくりと視線を上げていく。

 足は当然タイツを履き、太ももあたりはタイトスカートに包まれ、上半身はパリッとしたスーツに身を包んでいる。

 最初に見たときはそれらもキチッと着こなされており、出来る女教師感が出ていたが、今は若干着崩れて、その、なんというか、端的にいうとヤラシイ。


『あ、あひゅ、あひぇ……』


 そして最高にうれし、残念なことに顔も凄いことになっている。もう、見せられないよ! って感じだ。

 こんな未成年が沢山いるところでそんな顔を晒して恥ずかしくないのか、とか言葉責めしたい。


「はぁ、はぁ、いい運動になったな」

「よし、これで、勉強も、捗るぞ」

「全く、君たちは、効率的だな」


 思春期の男の子らしく、鼻の下を伸ばして見ていたら、いつのまにか時間ギリギリになっていたらしい。

 反復横跳び三人組まで校内に入っていくところだった。


「やっべっ」


 俺は慌ててアヘアヘしてる女教師から目を逸らし、校門へ走っていく。

 そして校門を通り過ぎる際、ふと、本当にふと上を見上げてみた。

 そこにはただの青空が広がっていた。

 俺は融通の利かない妄想に心の中で【タヒねボケ!】とちょっとだけ怒りながら教室へと走って行った。

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