Ally 4
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翌日。朝7時を超えたところで、俺はいつも通り家の玄関を開け、上辺だけの挨拶を言い残す。
「行ってきます……」
あれから必要以上に、家族だろうが会話を交わしていない。
それもその筈、この世界の連中は造られたニセモノ。交流に一切の意味はないからだ。
マンションのエレベーターに入り、最下層1階のボタンを押す。
エレベーターのドアが閉まり、動き出した所で俺の口が開く。
昨日から行動をずっと共にしているアリーにだ。
「やっぱりお前の姿……この世界の連中には認知されていないんだな。お前の正体そろそろ教えろよ」
「そうですね。けれどその前に一ついいですか?」
「……?」
「昨日の今日で、よく普通に家に帰って生活できましたね?怖くて逃げ出してもいい状況ですよ?」
「……俺をこの仮想現実に入れたプログラマーは、何時どうやって俺の事を監視しているか分からない。だからいつも通りの生活を演じなくてはいけなかった……!」
この仮想現実世界の生死は、全てプログラマーの気紛れで動いている。
だとすればもし俺が、この世界を出ようと行動を起こせば、外にいるプログラマーに消されてしまう恐れがある。
今こうして口を動かして会話が出来て、それが許されている事から、表情は認知されていない。
これはかなり救いのある情報だった。
エレベーターが最下層にたどり着き、俺たちはマンションを後にする。
外は不気味なほど雲一つない晴天だった。
まぁこれも、たまたま『晴れ』の順番が来たというだけの話。
プログラマーが気紛れでサイコロを振って、たまたま『晴れ』の目が出た……と言うだけの事。
けれどやっぱり1つ分からない事がある。
それはプログラマーにとって、1番の邪魔である筈のアリーの存在だった。
「アリーお前は一体何者だ?どうして俺を助けに来た?」
するとアリーから、驚きの事実を聞かされる。
「私は……貴方が造り出した逆転の切札ーーコンピューターウイルスです」
「なっーー」
俺には全くの心当たりがなかった。
「覚えてないって顔ですね。それもその筈、貴方はこの世界に、記憶を取られてから連れてこられたのですから」
動揺を押し殺せーー
少しでも慌てれば、俺を監視するプログラマーに見つかってしまう。
俺は冷静装って作って聞き返す。
「……それじゃ何か?アリーが来たから、世界がバグりだしたのか?」
「いいえその逆です。世界にバグが出始めたお陰で、私がこうして貴方の前に出てこられましたーー」
アリーはどこか嬉しそうに、歩く俺の前に回ってーー礼を言った。
「バグを生み出してくれたのは、紛れもない貴方自身ですーー喜多川颯太」
「お、俺……!?」
それこそ身に覚えが……!
アリーはすっと指を指す。それは俺の、膨らんだ制服上着ポケットだった。
そして全てお見通しと言わんばかりに、その中身を言い当てる。
「……それ、『ダイヤモンド』ですよね?」
正解だった。
これは他でもない、大好きな和水佳奏にプレゼントするために作った宝石だった。
プロポーズを心に決めたその時から、佳奏の誕生石であるダイヤモンドを作ってプレゼントする計画を考えていた。
そして先月ーー俺はこれを完成させたのだ。
アリーは更に言い当てる。
「そのダイヤモンド……和水佳奏さんの好きなーー『桜の花』で作りましたよね?」
その通り。佳奏のために、佳奏が好きな物ーーそして誕生日である4月の代名詞、『桜』で『ダイヤモンド』を作ろうと考えた。
作ってしまったんだ……!
アリーは、それがバグに繋がる理由を淡々と話す。
「いいですか喜多川颯太?『桜の花』で『ダイヤモンド』は作れません……!いや、将来人類の科学が発達すれば、何れ可能になる日は来るのかも知れません……ですが、それはまだまだ先の話。しかも、貴方個人で作る事は、本来不可能です」
「けれど俺は……不可能を作ってしまった……!?」
「貴方は天才すぎたんです。それこそ、プログラムをも凌駕する程に……!」
それが、アリーというコンピューターウイルスの出現を許した切っ掛け。
けれどーー
逆に言えば、それがこの世界のーー
「なぁアリー……」
「はい……?」
「この世界の弱点、見つけたぞ」
俺の瞳には、どこか希望の光が輝いているような気がした。
「この仮想現実世界を、盛大にバグらせてぶっ壊そう」
俺は笑みを浮かべてそう言った。
アリーはそっと、付き人紳士のようにお辞儀した。
「私は喜多川颯太のバックアップ……貴方の仰せのままに」
流石は俺の作ったコンピュータウイルスだ。
この囚われの世界での、唯一無二の味方。
最も信用できるのは、他でもない自分自身。
そんな存在を俺自身が作ったというのだ。これ以上ない頼もしさ。
俺は「行くぞ……」と言い残し、目的地を変更するため振り返る。
その時だった。
「ねぇ、どこ行くの?」
聞き慣れた女性の声。
その女性は、今最も俺が会いたい人のーー会いたくない偽物だった。
「なっ……佳奏……!?」
和水佳奏ーー俺の生きる希望。
佳奏の姿をしたーー歪な形に変わっていくそれは、立ち塞がるように目の前に現れ、機械的に質問した。
腕や顔が歪んで曲がり、佳奏の原型が容赦なく崩れていく。
それでも、まるで佳奏の振りでもするように、そいつは台詞を吐いた。
「ねぇ、ふうちゃんは今から、どこに行くところだったのかな?これから学校だよ?」
こいつは俺の事を心配して聞いているわけじゃない。
ただ幼馴染役として、そう聞くのが自然な事だから、そいつは演じるように台詞を吐いただけなのだ。
イライラする……!吐き気がする……!
佳奏の真似しやがって……!!
けれど我慢だ……。ここを平然とする事で、俺を監視しているプログラマーを欺くことが出来る。
アリーが俺の耳元で、笑いながら冷やかした。
「やっぱり和水佳奏さんは、バグっても可愛いですね。貴方が夢中になる訳です。」
ーー黙れ陰気マスクが。佳奏を模して造られてるだけのプログラムだこいつは。
などと勿論口に出すこと無く、表情を無理やり殺して笑顔をつくる。
「ごめん佳奏。ちょっと今朝からお腹痛くてさ。今から病院に行ってくる。心配するな」
突き放すように、俺はそう言い残し歩き去る。
「ふう、ちゃん……?」
※
佳奏と離れ、俺とアリーは適当な所でタクシーを拾う。
「お客さんどちらまで?」
一遍の迷いもなく、けれど俺は正気だった。
「”喜多川原子力発電所”まで」