Ally 2
廊下に出て直ぐだった。歩き出す俺の腕を掴んで佳奏は疑問を言った。
「どうしたのふうちゃん?そっちは正門だよ?」
「あぁ、大丈夫だよ佳奏」
そう答えながらーースマートフォンを取り出して、アプリを起動した。
刹那。
裏口の方角から、轟く爆発音が響き渡った。
佳奏が驚くのには十分過ぎる爆音。俺はすぐに謝りながら、スマートフォンを見せつけるように説明した。
「今軽く裏口の、誰も使ってない小屋を爆発させた。俺を追いかけるマスコミらは、今どんな些細な音や光も無視出来ない。きっと今頃裏口に走って向かっただろうね。これで、正門から堂々と逃げられる」
俺は佳奏を連れて、正門へ向かった。
寂しくボソッと、独り言を吐き捨てながらーー
「どうせ俺が何しても、先生や警察は俺を叱ってくれやしないんだ……!」
※
学校の正門を使って脱出に成功。
俺の作戦は完璧なんだ。いつだって。
「ちゃっちゃと帰ろっか。今日課題たくさん出ちゃったじゃない?早く帰ってやらないと、夜のドラマに間に合わないー」
「あれは別に週末までに終わらせればいい筈だろうが」
佳奏はいつも通り雑談を交わしながら、歩いて駅の方を目指す。
俺は適当に相槌を打ちながら、頭では違う事を考えていた。
当然やはり、頭の中は先程の”異形”の事でたくさんだった。
さっきのはただの目の錯覚だったのか……!
果たしてそれで済む話なのだろうか……!
実はこの事は誰にも話していないが、物が歪んでーー歪に見えたのは今日が初めてでは無い。過去に何度もあった。
それで俺は、様々な医学書を読み漁り、独学で自分自身を診断した事がある。
医師免許も俺は外国で、中学に上がると同時に取得した。どんな病気も怪我も、機材さえあれば診察治療できると自負している。
脳神経。臨床心理。その他様々な分野を読み直したりしたのだけれど、やはり俺自身に異常はない。
けれど今までは、歪にも規則性があった。
色が変わったりぼやけて見えた事はあったがーー
形状の変化を見たのは今日が初めてだった。
だとしたら一体何が……!?
日も沈み始め、東の空が暗くなっていく。
街を走る車のヘッドライトや、商店街の彼方此方がポツポツと点灯し始めた。
けれど今の俺には、街や景色の変化なんかどうでもよかった。
一刻も早く、”異形”の解明を急がなければーー
思考を休むこと無く働かせ、駅前の交差点横断歩道に差し掛かり、渡り終わった所でそれは鳴り響く。
キィィィィィ!!!
車の唐突なブレーキ音。
タイヤのゴムがアスファルトを強く擦り付け、次の瞬間何かに激しくぶつかり合う衝突音が、俺たちの背後ーー交差点内から鳴り響いた。
「何だ!?」
俺の声と、佳奏の悲鳴が後に続く。同時に振り向いて状況確認。
そこには交差点の真ん中でセダン車が、交じり合うように大型トラックの荷台コンテナに激突していたのだ。
あまりの光景に、俺は唖然と立ち尽くす。
「事故!?もしかして信号無視!?」
「運転手さんだ、大丈夫かな……!?あっ!ふうちゃんあれ!」
佳奏が指を指して言った。
ボンネットが大きく凹んだセダン車、その運転席がガチャっと開き、中から年配男性が外に倒れ込んだ。
佳奏はそれを見るなり、慌てて素早く駆け寄った。
たまたまその場にいた街の人も、佳奏に続くように近づいた。
「大丈夫ですか!?今救急車呼びますからね!」
やはり焦りながらも電話を掛ける。
それがごく一般的な、自然な反応……!?
俺は首をゆっくり左右に振った。
もう一度言う。
あまりの光景に、俺は唖然と立ち尽くす。
普通の交通事故なら、俺だってすぐさま駆け付けて人命救助に務めるさ……当たり前だ。
いくらどんなスピードで衝突したとはいえーー
いくらどんな当たり方したとはいえーー
”大破したトラックの荷台コンテナが、まるで絞ったタオルのように捻じれ、宙を浮いていいはずが無い”
そして何より怪奇なのがーー
怪奇が目の前でわかり易く、明らか様にそこにあるにも関わらずーー
”佳奏も、その現場に居合わせた俺を除く誰もが、その怪奇を目の前にして一切の疑問を持たずにいる事”だった。
佳奏がいつも通り、俺に知恵や助けを乞うためこちらを向きながら言った。
「ふうちゃん!応急処置とかこういう時どうしたらーー」
けれどその時には、俺は我慢出来ずにその場から走って逃げ出した後だったーー
※
俺は商店街を一心不乱に駆け抜ける。
「何なんだよあれは!?何だよあれ!」
あれは目の錯覚なんかじゃない……!
物体がーーましてや鋼鉄製のトラックコンテナだぞ!?それが何回転も捻じれる現象は聞いたことがない!
どんな人だって、動揺や驚愕して当然な筈。
「何で俺以外、あんなのを見て平然としてられるんだ!?」
いや……!
俺以外まるで見えてすらいないような反応だった。そうでなければ、あそこで平然としていられるはずが無い。
「何かがおかしい……!」
俺は初めて逃げ込む様に、自宅マンションに辿り着く。
都内どころか、国内最高級の超高層マンションに、俺たち喜多川家族は住んでいた。
今まで様々な学会や、企業発展科学開発を請け負ってきた。そこから得た莫大過ぎる資金で、このマンションを建てたのは去年の話。
俺はすぐに風除室の、エントランスへと通じる奥扉の前に差し掛かる。慣れた手つきで、オートロックにICカードを翳して開錠した。
ピッ
連動して自動扉が開く。
早く……!早く……!
一刻も早く原因を解明しなければ……!
俺は焦りながら、開いた自動扉を潜ってエントランスに差し掛かったーー所で突然俺の身体は、謎の落下感に襲われた。
「……は」
一瞬気づくのが遅れた。
遅れた時には手遅れだった。
足元にはある筈だった床が無く、俺は謎の底無し闇に、足を盛大に踏み落とす。
それだけじゃない。床だけでは無く、その先上下左右全てが闇の空間だった。
「なっ!お、落ちっ!」
身体は踏みとどまるはずも無く、前屈みに崩れていく。
この闇の底はーー死?それとも無?
こんな所で俺の人生は終わるのか?
訳の分からない、世界の歪みに消されるのか?
世界の歪み???
俺以外の人や物が歪んでいたーーそれ以前に、この世界だ。
これではっきりした結論に至った。
これは世界の歪みだ。
「俺は世界に嫌わている……!」
俺だけがこの世界から弾き出されたんだ……!
俺が一体何をしたっていうんだよ……!
むしろ社会のために貢献してきた!それなのに!
くそっ……!
俺の脳裏に真っ先に浮かぶのは、やはりいつもの愛らしい和水佳奏の姿だった。
佳奏……!
「うあああああああ!!!」
両足が床から離れ、俺の悲鳴が響き渡る。
「ようやくこちらに来られました」
その声は突然背後から現れた。
落下し始めていた俺の身体がピタッと止まる。その瞬間、右脚が何者かに掴まれ、助けられた事に気がついた。
「だ、誰だ!?」
顔を上げ、すぐさま背後ーーその声の方へ視線を移した。
次の瞬間ーー俺の瞳孔は思わず開く。
不気味で無機質な笑顔がそこにあった。
そいつは目の前に現れたーー