獣鼻
僕の住む世界には、人間と同じく人権を持つが人間と少し異なる生命体、獣人というのがいる。体の一部分や全身、精神が動物の形をとっている人のことだ。獣人の中の割合として、一部分約90%、全身約9%、精神1%未満、といわれている。
またそのほとんどは人間と身近な動物、例えば犬猫兎など─ただし鳥類は除く─の特徴を引いていて、その動物の長所、例えば猫を引く人は夜目が利いたり、兎を引く人は耳が兎の耳であったりといったところである。もちろんチーターなんかの脚力を引いて五輪で活躍する人もいるし、キリンの首の長さを引いて寝たきりの人─これはテレビでみた。どう産まれたかはわからない─もいる。この方々は獣人の割合として多くなく、犬猫兎が98%占め、残りの2%である。
そして彼、彼女らは人だ。獣人同士または獣人と人間で、恋愛、結婚、出産できる。ただ、出産は雌雄─父母どちらが獣人、人間でも構わない─がツガイとならなければならないが。
世界の人口割合として3割くらいあり、全世界に均等に分布している。
もちろん教室にもいた。半分くらい。今思えば少し多かった。その中でも彼女は特に目立っていた。
彼女は鼻が象の形だった。
周囲はそれを馬鹿にし、とうとうイジメる奴なんかが出てきた。子供は残酷で自分と違うとそれを構わずにはいられない。
その頃の僕は正義感が強く、彼女をよく庇った。間違いなくそのおかげだろう、彼女は僕に好意を持ってくれた。僕の方も悪く思わず、彼女を好いた。僕自身、鼻は気になっていたが、彼女の性格は実に女の子らしく、好感が持てたのだ。
告白は向こうからだった。僕は二つ返事でそれに応えた。確か、僕も好きです、とかなんとか言った記憶がある。僕たちは付き合い始めた。付き合ってみると、彼女の象の鼻も愛おしくなった。鼻はざらざらとしていた。訊くと毎日母に毛を剃って貰っているという。本物の象は触れても反応が無いというが、彼女は違うらしく、少しくすぐったいらしい。
イジメてた奴は改心して、僕たちを冷やかす側に回った。事実、彼女はイジメられるような性格でなかったし、彼、彼女らはイジメている、というより、少し過激なイジリだと思っていたのだろう。僕たちは充実していた。
夏休みに入った。
彼女とデートをしたかったが、忙しいらしく、時間がとれないらしい。無念。夏休みは一人宿題と向き合い、ここに居ない彼女を想って寂しくなった。今彼女は何をしているのだろうか。暇があれば彼女の事を考えた。
夏休みが明けて僕は彼女に会うのが待ち遠しく、朝早くに学校にいった。しかし、彼女はなかなか登校してこなかった。
遅刻か、それとも欠席か、そう考えていたが、時間ギリギリになって彼女はやってきた。
久しぶりに会った彼女の鼻は、人間のものになっていた。
夏休みの間に手術したのだという。とても美しい顔立ちだった。でも、僕は物足りなさを感じ、彼女に言った。
「象の鼻の君の方が綺麗だったのに」
彼女は膝を崩して泣いてしまった。僕は慌てて彼女に近寄り、「どんな鼻だろうと君は君だ。僕は君が好きなんだ」と言った。
彼女は泣きはらした目で、僕を見、キスをした。初めてだったそれは、どんな味だったか覚えていない。
そして、其処が教室だったことを思い出した。
周りは顔を赤らめていた。
先生もいた。
「青春もいいが、そろそろホームルームだ。席座れー」
恥ずかしくなった。彼女も恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にしていた。その日は、その彼女の愛おしい顔から記憶が途絶えている。そんな事もありながら、彼女と愛を育んだ。
人間の鼻の彼女にも慣れていった。
僕たちは順調に結婚までした。
とても幸せな毎日を送った。
そして今、彼女の前で僕は正座している。
ごめんよ!僕が悪かった!
でもあの時の言葉は嘘じゃないんだ!
僕は彼女の鼻が何だったのかを忘れていたのだ。
ありがとうございました。
これは自身の作品を加筆修正したものです。