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ニートで引きこもりな暗黒生活を送ってきた俺が異世界転生した結果美少女ばかりのパーティーを率いることになって更に神をも凌ぐチート能力を手にしたせいで何故か世界を滅ぼすはめになった件について

作者: 瀬田 桂

 俺の名前は佐藤啓太、三十五歳。産まれてこの方モテるなんて経験を一度もしたことない、いわゆる非リアだ――というわざとらしい自己紹介をしかけたその時、俺は異変に気がついた。


 だいたいこういう一人語り形式で始まる場合は、回想のような感じで少年時代の思い出を振り返るような映像が出るのが普通だ。好きな女の子に振られたり、集団に虐められたり、テストの成績が悪かったり、電気を消しカーテンも閉じきった暗い自室でパソコンに向き合ってゲームのコントローラーを握ったり。そんな悲惨な様子が一枚絵でいくつか流れるような感じ。

 だが今回は違った。どういうわけだか、物語の初っ端から俺はどこか仄暗い場所にいた。目が暗順応するのを待ってから見渡すと、どうやら俺は鉄格子で囲まれた牢屋に閉じ込められているようだった。


 なんてこった、転生して早々捕まってしまうとは。

 しかし妙な話だ。こうした異世界転生ものを好む読者はほんの少しのストレッサーでも嫌う傾向がある。故に、主人公がこうして苦難に陥るような要素はできるだけ排除するのが今の潮流だと思っていたのだが――。


 だが、すぐに気づく。

 そういえば、そうしたいわゆる『チートもの』に反旗を翻し、あえて主人公を弱くしたり何の役にも立たない能力を持たせたり妙にグロくしたり残酷にしたりする、『アンチ・チートもの』もあるではないか。もしかしたら俺が来たこの作品もその類かもしれない。だとしたら面倒だが――。

 まあ、たとえそのように多少捻くれた作者だったとしても、どうせ中盤以降はなんだかんだ主人公補正のおかげで結局好き放題できるようになるのが常だ。結果的にハーレムやらチートやらになったとしても、『序盤の苦難を乗り越えられた主人公だから当然の待遇なのだ』という言い訳を用意するわけだ。俺の作品はただのテンプレじゃない、と。

 タイトルから判断すると、今回はその『ただのテンプレ』作品だと思っていたのだが、まあ流石の俺でも判断を誤ることはある。苦労や苦難は乗り越えられれば大きなカタルシスへと昇華する。しばらくは耐えるとするかな。



 コツン、コツンと音がした。一定のリズムを刻むこれは足音だ。

 誰かがこっちへやってくる。

 これで物語が進むというわけだ。なんにしても、早くこんな薄汚い場所からは御免したいところである。

 鉄の扉だろうか。ぎぎぎ、と重量感のある音と共にそちらから光が差し込んできた。そして影が伸縮自在に動きながら何者かが中に入ってきて、扉はふたたび閉じられる。そいつが松明を持っているおかげで、多少は明るいままだ。

 大柄な男だった。顔の下半分を灰色にくすんだ髭に覆われ、パーツの一つ一つがやたらに大きい。目つきは嫌に鋭く、口は歪み薄笑いを浮かべている。


「だ、誰だお前は! どうして俺はこんなところに閉じ込められているんだ!」


 俺はベタな台詞を吐いた。ここからは演劇の始まりだ。『神の眼』を持った姿の見えない観衆――否、読者に向けて演技をしなければならない。

 男は答えず、一歩二歩とこちらに近寄ってくる。


「おい、答えろよ! 俺は暗黒の学生生活を経たせいで陥った長年の引きこもり生活に呆れ果てた親に少しの手切れ金を持たされ追い出されて絶望の淵に立たされながら久し振りに外に出ることになって道を歩いているとけたたましいブレーキ音が聞こえて少しぐらいは人の役に立とうと勇気を振り絞って助けた子供の代わりに居眠り運転のせいで暴走していたトラックに轢かれてこんな最期も悪くないなと安らかな思いで死んだはずじゃあ――」

「貴様の運命もここまでだ。《一人称怪盗》よ」


 俺の説明口調を遮り、男は極めて冷徹な口調でそう言った。

 マズい、こいつは俺の正体を知っている。するとこれは。


「……罠か」


 俺は引きこもりニートの仮面を捨て去った。

口角を引き上げ、更に強い笑みを湛える男。


「その通りだ。今まで散々良い思いをしてきただろうが、それもここで終わりだ。残念だったな」

「するとお前は、《超虚構警察(メタポリス)》というわけか」

「いかにも」


 超虚構警察――いわゆる普通の警察とは異なり、物語構造そのものにおける犯罪行為を取り締まる警察機構。詳しくは機密情報が多すぎてよく知らないのだが、『物語間意思伝達装置』やら『重層的多世界監視鏡』といった読む気も失せるまどろっこしい技術力を持っているのは風の噂で聞いていた。

 とはいえ、俺が主に活動している小説はすべて日本語で書かれている。日本には憲法第二十一条――つまり表現の自由が保障されているので《超虚構警察》の活動も抑制されていると思い込んでいた。

 油断したか。


「タイトル釣りなど卑怯だぞ。恥ずかしくないのか」

「法律に反しない限り、犯罪者を逮捕するためにどんな手でも使うのが警察だ。むしろ、こんなタイトルに釣られる貴様の方がよっぽど恥ずかしいだろうが」

「う、うるさい! あらすじまでそれっぽくしやがって!」

「タグの少なさで気がつくんだったな。検索妨害になるからそこだけは安易に触れなかったのだ」

「それよりも、なぜ俺が一人称を盗んでいることに気づいたんだ」


 そうだ。そのことが気にかかっていた。先ほどこの男は俺のことを怪盗だとか侮辱したが、俺が盗むのは宝石のように形あるものではない。『一人称』――つまり、作品世界における『虚構内有意志体』の意識を盗み乗っ取るというもので、そう簡単にバレる類の犯罪じゃないはずだ。

 男は得意げに自らの髭をしごいた。まったく、一挙手一投足が憎たらしい奴だ。


「ふん、わざわざ犯罪者に捜査過程を教えてやる必要もないのだが、いいだろう。どうせ貴様はこれから裁判抜きで即絞首刑だ。冥土の土産に説明してやるよ。

 とはいっても、簡単なことだ。俺はこのサイトにある異世界転生ものが大好きでな。業務以外のプライベートでも色々読み漁っていたんだ。そんな時、とある大人気作品に出会った。累計百万字を超える超大作だ」


 どれだ? どの作品で俺はドジを踏んだ? 不思議なことに、プロでもない趣味人ばかりというのにやたら大長編が多いため、思い当たる候補作はいくつもあった。噂によれば、長ければ長いほど人気が出やすいのだという。おかしな世界だ。

 結局答えは出ないまま、男は続けた。


「まさに大傑作を体現したような作品でな。俺は寝食忘れて有給も取って読み続けた。だが、おおよそ掲載分の八割ほどを読んだ時に気づいたんだ。『途中から主人公の性格が変わってないか?』とな」

「あ……」


 その男の言説に、俺には心当たりがあった。


「それもただのキャラ崩壊というレベルではない。完全に別の人格となっていたんだ。具体的に言えば、最初は『怠け者で色仕掛けに弱いが、周りに流されず自分なりの信念を持っている』だったのが、『女キャラの個性に振り回されるが、何となくのらりくらりと交わしつつ上手くやっていく』となったんだ。最初は方向転換か? とも考えたのだが、お色気要素が人気だったのにそこを削るような設定に変更するとは思えない。そこに俺は《メタ的》な何かが絡んでいるのではないかと直感したのだ――」


 やられた。確かに奴の言っていることは当たっていた。ベリーイージーなチート・ハーレムありの異世界ものは溢れる全能感に浸れてとても心地よい主人公生活には違いない。しかし、それもある程度続くとマンネリ化してくる。リセットして始めからやり直したくなることもあるのだ。

 そんな時、ラノベ特有の長期連載が響いてくる。いつ終わるのかもしれぬマンネリ路線の果てに、俺は一人称の主人公役をどこからか適当に持ってきた《有意志体》に押しつけてしまい、後のことは知らぬとスタコラサッサ別の作品に転移してしまったのだ。それも何作にも渡って繰り返し繰り返し続けた。

 よって人格が変わっているというのは誇張なき事実だ。しかし、まさかあんな長い作品をそこまで熱心に読む奴がいるとは思わなかった。不覚。

 それから男は捜査課程やそれに伴う武勇伝を嬉々として語ったが、正直それはどうでもいい。自分を捕まえる算段を得意げに話されるのは腹が立つ。


 よって割愛。

 

「――というわけで、お前はまんまと罠に引っかかりこの牢屋に押し込められているというわけだ。残念だったな」


 俺は舌打ちした。悔しい。こんな中年オタクなんぞに俺の正体が見破られるとは。

 

 仕方ない。


「くそ、今回は潔く負けを認めるぜ」


 男はふふんと意地悪く鼻で笑った。


「今回は? 言っただろうが。お前は今から即絞首刑、つまり死ぬのだ。それと同時にこの小説は五千文字程度の短編として幕引きだ。いったいどういうオチになるのか楽しみだな」


 しめた。やはりこいつはまだ《一人称の神性》に気づいていない。だとすれば、俺がこれから試みようとする脱出法の対策もしてないはずだ。


「……何がおかしい」


 いつの間にか、俺は笑っていたようだった。いや、正確に言えば俺が『俺が無意識に笑っていた』ということにしたと言うべきか。


「てめえの浅はかさに笑えたのよ。何が《超虚構警察》だ。今度はちゃんと筒井康隆を読んでから俺の前に現れるんだな」

「あ? どういうことだ」

「一人称は主人公が見ている物を描写するためだけのものじゃないってことさ」


 その時、男の顔が固まった。究極的な意味で固まった。

 俺が時間を止めたのだ。いや、正確に言えば『《その時》と記述したその瞬間から俺が時間を止めていた』ということにしたと言うべきか。

 そして、他の《有意志体》が介入する余地を潰す超密度の記述を始める。


『牢屋を吹き飛ばして光速に達しようかというスピードで逃走し鬱蒼とした森を通り抜けて始まりの草原に到着し俺は何食わぬ顔で冒険を始める。城下町でギルドとやらに所属して初めてのクエストに出陣すると本来ならばこのランクでは有り得ないはずの凶暴な魔物に襲われていた少女を発見し思わず助けるとなぜか惚れられて一緒のパーティーに入ることになってそれからも様々な偶然が重なったり人権を叫ぶくせに女奴隷を購入する虚という矛盾した行動を取っていくうちに俺以外はすべて女のハーレムパーティができあがる虚が、これはあくまでも偶然であり俺が女ばかりを選んだわけじゃないので誤解しないで欲しい虚。そして名声が高まった俺のところに王より直々に魔王討伐の依頼があり魔王城に赴くと、なんと魔王は女だった虚!攻撃をことごとく無効化し優しく諭すと改心した魔王はすべての魔力を解き放ち虚ただの少女となった。そして俺は王より感謝虚され、国の一部を領地として治めることを許可してくれる虚。領主となった俺虚はいまだに慕って付いてきてくれる女の子達虚と一緒に幸せな生活を送ることになった虚虚虚虚虚――』


 虚しい。



※※※



 街でもっとも大きい邸の一室、領主室。その奥に堂々と鎮座する机の前に腰掛ける俺は人知れず底なしの虚しさを抱えていた。


「ケイタ殿、どうされた。いつになく神妙な顔をしているようだが」


 それは隣に控える侍女のエルザだった。エルザ・グロウトルフ・エーベンハイム。初めてのクエストで救ってからずっと一緒に冒険を続けてきた古株だ。俺が領主になってからというもの、『立場はわきまえねばならぬ』と丁寧な言葉遣いになっている。


「……いや、なんでもないさ」


 と答えた瞬間、バンと正面の扉が開かれ凄まじい勢いで金色の塊がやって来た。


「ど、どうしたのケイタ! 何かあったのどこが痛いの心が哀しいのこの女にたぶらかされたの」


 彼女は金髪エルフのビエラ。ビエラ=アッシェード。助けてやりたいとの一心で奴隷市場から買い取って以来、恩を感じているのかやたら俺を気に掛けてくれる。見た目は可愛らしい幼女だが既に二百歳を越えているという。

 他にも、今ここには居ないが様々なタイプの美少女に囲まれている。まだ一線は越えていないが、しばしば幸運が訪れおいしい思いは何度もさせてもらっている。

 しかし、何故だろう。この虚しさは。

 解っている。俺はこの感情の出処を完全に理解している。だが、その理解していることこそが、むしろこの内宇宙を占める無限の虚しさに繋がっているのだ。


《神》であるということ。《神》に近しい力を持つということ。


《超虚構警察》の中年公務員オタクから逃れるために、俺は異能《語創造(ノベ・レイト)》を使い、世界を改変した。

『語り得ぬものについては、沈黙しなければならない』と、ある哲学者は述べたが、この世界における記述者=俺が沈黙したことは、それすなわち語り得ぬものとなる。語り得ぬということは存在しないということと同義だ。一方的に有から完全なる無へと帰す力を持つ俺はまさに神と同義ではないか?

 何でも出来るが故に、何にも満足することができない。虚しさの源泉はそこにあるのではないか?


 扉から更に少女達が部屋に入ってくる。


「お疲れ~ケイタく~ん。おやつ持ってきたよ、一緒に食べよう~」「あ、こら、まだ執務時間中だぞ!」「え~いいじゃん、けち~」「ケイタ、勝負だ!今日が決着をつける時だぞ」「もー、なんでわらわらとメスどもが集ってくるのよ。こんな色情狂どもなんて放っておいて、今日は私と寝ましょう」「誰が色情狂だ! たとえ天地が引っ繰り返ろうとも、貴様にだけは言われたくない!」


 たわいもない黄色い喚声を背景にして、俺の思考は留まることなくぐるぐると無限螺旋を形作ってゆく。この先に真理はない。あるのはきっと、俺という現人神でさえも相まみえることのできない高次元に存在する《あなた》の双眸だ。そう、俺は井の中の蛙ならぬ、物語の中の神でしかないのだ。


《あなた》、この小説を読んでくれている《あなた》へ。この1と0――紙とインクですらないのだ!――だけで出来たあまりにも儚い俺を哀れんでくれるならば、どうか笑ってくれ。喜劇には世界を、一人の人間を、一人の登場人物を、救う力があると俺は信じる。

 そして俺は誓う。

 二度と《超虚構警察》なんかに釣られたりはしない。思えば、あいつらのせいで俺は自らの虚構性、本当の意味でのチート性を思い出してしまったのだ。

 たとえ俺が見えない糸で《作者》に操られている存在だったとしても、知らなければノーダメージ。無知こそ最大の防御。神であることを忘れられれば、俺は永遠に幸せなチート能力持ち主人公のまま美少女ハーレムの柔らかい夢に包まれていられるのだ。だからこの小説はコメディーで良い。何事もなかったかのように次の話が始まれば良い。

 まだ背後で美少女の声が聞こえる。自分で創りだしておいてなんだが、彼女たちにもう用事はない。

 

 じゃあな、次会う時はもうちょっと練り込んだキャラ設定にしてやるよ。


 そして俺は、もうすぐで六千文字に届きそうなこの意味があるのだかないのだか解らぬこの小さな世界を滅ぼすべく、ゆっくりと、最後の、句点を、打ったのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白く拝読しました。 良くも悪くもメタで騙されました。 こういうパンチがあるものを読むと面白いですね。 今後も頑張ってください。応援しております。
[気になる点] く……く……句読点を…… 目、目が滑ってしまいました…… ⬇ 「牢屋を吹き飛ばして光速に達しようかというスピードで逃走し鬱蒼とした森を通り抜けて始まりの草原に到着し俺は何食わぬ顔で冒険…
2017/11/11 00:30 退会済み
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