閑話 プルミエ砦奪還作戦
「おのれリーフムーン」
彼は憎々し気に治療された手を摩る、関節をあり得ない方向に折られたため、一度正しい形に直してから治す、簡単に言えばもう一度折られた。
布を噛まされ、数人で取り押さえられ、何をされるかと思えばまた折られるとは、殴られた恨みもあるが、こんな激痛はこりごりである。
しかし、転進(けっして逃亡ではない)してから気がついたが、コションとかいう貴族が逃げ遅れた(見棄ててはいない)、救出せねば自分の地位も危ない(もう遅いのだが救出できれば大丈夫だろう)。
リザードマンを先導し、アンデッド達とリーフムーンが砦を襲撃した、転進(逃亡ではない)先のスゴン砦に報告したところ、どうやら自分を隊長に奪還作戦を行うそうだ、本国に報告はするが、魔物ごとき我らのみで押さえ、直ぐに奪還の報告を送り、点数を稼ぎたいのだろう。
体裁のためか、我が身可愛さか、自分を隊長に置き、使えない新兵を百人ほど、魔物と戦った経験が無い連中だ。
まあ、プルミエも変わらなかったがと思う、おそらくリザードマンとアンデッドは潰しあい、疲弊しているだろう、数日でどうこうできはしまい。
しかし、リーフムーンの槍は惜しかった、初めはてごめにして槍を奪い、自らの槍をくれてやろうと下卑たる思いで近づいたが、失敗、アンデッドに連れていかれたとき取り落とした物を手に入れた。
生きていたリーフムーンは砦を奪いにきた、獣人の捕虜や生き残りのガキを従え、包囲するリザードマンを蹴散らし、立て籠る我らに甘言し閉ざしていた扉を開いた。
腕を折られ転進(けっして逃亡ではない)した、入り口にはアンデッドの群れとリーフムーンを倒した女アンデッドがいた、不利であると(恐怖からではない)裏から転進(けっして逃亡ではない)し、この砦に辿り着いた。
治療を終え、新兵どもを整列させる。
「我々の任務はプルミエ砦の奪還である、選ばれた諸君らは今回私の部下として同行してもらう」
勝手に部下扱いしたが新兵どもは退屈な砦の警備と訓練から解放された興奮で理解していない様子だ。
それどころか、初陣の興奮からか顔を真っ赤にしている者、意味なく敬礼する者、不安を顕にしている者までいる。
「すごいな」彼は口の中で呟く、練度が低すぎる、この砦で何をしていたのか…
プルミエでは…リーフムーンが軒並み殴りつけ、一糸乱れぬ様に教育されていたが、訓練など見ていない彼はキビキビと動く者しか知らない、皆リザードマンに食われ、殺されたが、リーフムーンの教育がなければ逃げ出し、伝令も走らず、彼や貴族も食われただろうが、知る芳も無い。
「小隊長は騎乗、半刻後までに出発の準備をせよ」
荷駄の手配などできないだろうから彼は自らやる事にする、一刻も早く攻め落とし、名誉を回復せねばならないから。
「隊長自らご苦労様です」
何年ぶりか、彼が荷駄の手配をしていると、声をかけられる、荷駄隊長だ、彼は部下が頼り無いからと言いたいが、余計なトラブルを越し時間を取らない様、冷静に答える。
「部下が初陣と浮かれておりまして、不備が無いように私がやると言いましてな」
使えない奴らだと言わない様に気を使ったが、やや刺々しい言い方になってしまう、案の定荷駄の手配はしてなかったが。
「まあ、初陣の新兵じゃ仕方ないでしょう、隊長さんの事泣きながら治療受けてる負け犬隊長とか言ってましたしな」
本人を前に悪びれなく言う荷駄隊長の評価は彼の中でマイナスの領域に突入していた、いや、仕方ない、砦を失った責任追及の代わりに皆で愉野しているのだろう。
荷駄を従え戻ると、半刻を少し過ぎていた、こんな連中の荷駄に嫌な予感がして糧食を確認する、一部腐敗していた、ずさんな管理状況がありありと顕になる、目の前でへらへら笑う荷駄隊長を殴りたい衝動に襲われながら、長々と交換されるのを待っていた。
遅れてすまない…と言えなかった、部隊の半数ほどしかいない、なんだこれは、小隊長に報告させると、まだ鎧を着ているだの、武器が人数分揃わないだの言ってきた。
「なんだこれは」全線の砦がこの体たらく、不甲斐ないプルミエでは…と思う、まあリーフムーンが不備を殴り、ずさんさを殴ってきたからであるが彼は知る芳も無い。
召集から一刻半、新兵達を引き連れ、プルミエ奪還作戦が始まった、数日の行軍、下らない事に不満を言う部下を見ながら彼は思う、おかしい、百人もいて使えそうな人員がいない、ただ付いてくるだけの兵、百人の無駄飯食らい、あの砦はどうしてこのような人員を置いているのか、使え無い新兵達を付き従え、彼はため息が途絶えない。
「今日はここらで夜を明かす」新兵達は、ぐったりと座り込み、動かない、ふざけるなどうして食事の用意や寝床を整えない、訓練でそれくらいするだろう。
火も起こさない…彼は諦め混じりに自分の焚き火を灯す、火打石で燃えやすい繊維に火を灯す、運んでいた薪が湿気っていたがなんとか焚き火になった。
それを見てようやく準備を始める新兵達、仕方がないが不安がよぎる、しかし借り物の部下の全滅は避けたいと彼は思った。
普通は一割もやられたら隊の崩壊が始まるものだが、彼は理解していない。
プルミエ砦が視認できる距離まできた、休憩は終わっている、指揮は高い、初陣の興奮が大半だが誰かがリザードマンかアンデッドを討ち取れば勢い付くだろう。
荷駄を後方に、一隊に弓と剣、槍を半数づつ、小隊長は騎馬、布陣しやすい様に隊毎に移動させ、列をなして歩く、だんだんと砦が大きくなったとき、悲鳴が右方から聞こえる。
「犬が、犬がぁー」
アンデッドの犬が十体ほど走り込んでこようと一丸となり走ってくる、全軍を右側に向け、対応させる。
「後方からも犬がぁー」
情けない声に動揺が広がる、確認すると、また十体ほどが向かって来る、後方の隊に対応するように指示したところで。
バサバサという羽ばたきが異様な大量さで響き渡る。
「鳥、え?顔が」
鳥類の身体に人に似た頭部、口は大きな嘴が生えている、彼が自分達に気がついた事を理解している鳥達はバチンバチンと嘴を鳴らす、百はいるだろう。
「く、食われる」
「逃げろ、食われたら俺たちもアンデッドになるぞ」「犬はどうしたら、ぎゃぁ」
「逃げろ、逃げろ、逃げろ」
……大混乱の中彼の軍は武器を捨て、武器を取り落とし、武器を奪われ、荷駄も置いて逃げ出した。
幸いだったのは、全員生存していて、帰るスゴン砦の方向に逃げていたことか、本来逃亡兵は斬首だが、まあ全員(もちろん彼もだが)切らねばならないので一言言っておく。
「我らは戦力的に不利であったため被害が出ぬように転進する」
先程の恐怖からか静かに転進(けっして逃亡ではない)が続けられた。
途中プルミエ砦に出入りしていた行商の父娘を見つけた、優遇してやったのだからと物資と娘を要求したが、はぐらかし、幾ばくかの食料をサービスするからと逃げて行った。
食料が見覚えのある腐敗した物であったので彼は殺意を覚えた。
「おのれリーフムーン」
彼は憎しみに身を任せながら転進を続ける。




