乱入者がすべてを掻っ攫い
瓦礫の上を駆けて、妙な膜に覆われた空間に飛び込んだ人影があった。
綺麗な長い黒髪。口元を布で隠し、ポンチョで身を覆い、下はワイドパンツですべてが黒で統一されている。
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫び声を上げながら、地獄のプールに落ちていくラズリーを受け止めると、蕾の棘の先端を蹴って離脱。
「……ぁ、れ?」
離れた場所にラズリーを降ろすと今度はボックス状になってネーベルを囲んでいる鏡に攻撃を仕掛ける。
いくつかの鏡がレーザーを放ってくるが、それは身体に触れるだけで焦げ跡すら残さない。さらに別の鏡が水の砲弾を撃ち出すが、それさえも触れただけで服を濡らした跡を残すことなく消え失せてしまう。
「リリース――」
小さなつぶやきに併せ、ポンチョの中からワイヤーが取り出される。水を纏い、反射光で煌めくワイヤー、赤熱し、陽炎の尾を引くワイヤー。
鏡が撃ち出すすべての魔法をその身に受け、ことごとく消し去りつつネーベルを囲む鏡にワイヤーを巻き付ける。そしてワイヤーを伸ばしながらほかの鏡に蹴りかかり、撃ち返されそうになりながらも取り付いて装飾部分にワイヤーを絡ませて離れる。
「リリース――」
再び小さくつぶやき、魔力だけを鏡にぶつけて挑発する。ワイヤーを絡まされた鏡が追いかけてきて、巻き付けられた鏡からバギリッ! と嫌な音が漏れる。
そのまま引きつけ続け、ついに鏡が破壊される。中には障壁を張っていたネーベルが。
「おわっと……。あ、ミナ、久しぶり。……それでこれは僕ごと切り裂こうとしてたよねぇ!! 危ないよねぇ!!」
そんな文句はすべて無視して、ラズリーを狙った触手の根元に走り、赤熱したワイヤーを絡ませて焼き切る。
「僕のこと無視かい……」
ヘイトを引きつけつつ、鏡の攻撃を利用して空中を飛び回りワイヤーをどんどん絡ませていく。光が煌めく舞のようにも見えたそれは、絡まり続けたワイヤーによる鏡の破壊で幕を閉じる。
気付けば触手も植物も蕾も微塵に切り刻まれ、熱で焦げていた。
「ミナ! 待って!」
最後に元凶でもある少女に接近して、何もない普通のワイヤーでその細い首をキュッと絞めた。
「ぁぁ……や、ぁ……く、しぃ」
「ミナ! 殺すのはちょっと待って!」
ネーベルのそんな要求を聞かず、少女の首から血が溢れ出すほどに締めて、息の根を止めた。
ぱたりと倒れたその美しい体は、急速に潤いを失ってミイラのようになり、風に溶けて消えた。
「……ねぇミナ。それ分かっててやったの?」
こくりとうなずく。
「あーそう……。見た目で判断したらダメかぁ。人型の魔物とかは亜人種と区別しづらいから、すぐには殺さないようにしてるんだけどなぁ」
これ以上喋ることはないと、ワイヤーの回収を始め、鏡の破片も回収しては懐にしまい込んでいく。
「おーい、ミナー」
「…………、」
黙ったままでラズリーの方を指差され、目を向けると濡れた上に砂漠の熱さで生温くなって気持ち悪そうにしている姿が見て取れた。
「まったくもう。ラズリー、おいで。乾かしてあげるから」
「シショー……すみません、杖……」
「ギクゥッ!?」
カクカクした動きで振り向いてみると、キュッとワイヤーを伸ばしたミナが無言で無表情で無音でゆっくりと近づいてきていた。
「ちょっ! ま、まま、ま待って待ってぇ! これは不可抗力! ね! ねぇ! これなら僕の魔法で直せるから!」
以前のように折れた部分をくっつけて治癒魔法で完全に修復する。
「ほら、ほらね! 元通り!」
「…………っ」
「なにその残念そうな舌打ちは!?」
「シショー、びちゃびちゃで気持ち悪いので乾かしてくださいよー」
「あのねラズリー。今の見て思わない? 僕っていま殺されたかもしれなかったんだよ?」
文句言いつつ一瞬で適度に乾燥させる。魔法使いに直接魔法を作用させるということは、相手が完全に無抵抗になっているか、相手の魔法防御を圧倒的に上回る力がないといけないのだ。
「でもあの女の人、シショーの〝相棒〟さんですよね?」
「あーうん、相棒だけど……ていうかミナはおと――」
続きを言う前にラズリーが走っていく。
「お姉さん! お姉さん! さっきはありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げるが、黙々と回収作業を続けて見向きもしない。
細い指でワイヤーを手繰り寄せ、解きながらポンチョの裏に隠したリールに巻いていく。荒事をやっているような手ではない。
「あのー……お姉さん? ミナさん?」
「…………、」
ラズリーのことは完全に無視してネーベルの前にたち、懐から紙と木炭を取り出して何か書いて突き出す。
「ふむ……で?」
裏返してさらに書いて突き出す。
「僕にやれと?」
こくっとうなずくと壁際で直立不動。
「……失敗しても文句言わないでよ。あと暴力とか僕に危害を加えるのも無しで」
杖を構えて例の魔法を発動する。
いままでの二発よりも規模は大きく、青い球の大きさが人を軽く包み込めるほどになり、光の帯が舞い始める。
「シショー!?」
攻撃と勘違いしたラズリーが寄ってくる。
「大丈夫、解呪だから」
やれと言われたからやる。責任の放棄ではなく、拒否することができないからだ。
「それじゃミナ、失敗しても僕は責任を一切負わないからね!」
カッ!! と光が放たれ、何一つ変わらない景色がそこにあった。
「……はい、失敗失敗。うんうん、なにもないねぇ」
「…………、」
「ミナ、やつあたりは無しだからね。ね!」
早歩きで目の前まで迫ってくると、なにかを書き殴って叩きつけ、そのままどこかに走り去っていった。
「まったくもう……すぐにいなくなるよ……。で、なになに――
『魔法使いの試験場付近で天使の目撃情報がある、絞めに行くからお前も来い』
とかもう、今まで通りなら行かなかったら僕の人生が危なくなるパターンじゃないかい」
仕方ないなぁ、と諦めると、ネーベルはラズリーと相談を始めた。
彼らが試験場に着くのは、このわずか二週間後である。
まことに申し訳ありませんが、これで最後になりそうです
諸事情により続きは書けません
ごめんなさい