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鏡の姫君と戦って

 砂漠の廃墟で二日ほど過ごした昼の頃。

 ようやく岩と砂と鏡と魔物以外のモノを見つけた。

 一軒だけ緑に覆われた廃墟があった。

「ラズリー、ここで待ってて」

「シショー?」

「家自体が魔物っていうのがありえるからね。潤いを求めて寄ってきた生き物をばくっと食べちゃうやつ、見たことない?」

「ありませんよ」

「そっか。とりあえずここで待ってるように、何かあったらその杖使っていいからなんとかするようにね」

 ネーベルは特に警戒することなくその廃墟に踏み入った。生い茂った蔦と草花が内部を満たしている。

 一つ一つの部屋を見ながら進んでいくが、廃墟をそのまま自然が飲み込んだ様子だ。一階は途中で崩れ、それから先を見ることができなくなっていた。もとはかなり大きな館だったのだろうか、階段があったらしい跡がいくつもあり、食堂らしき場所もとても広かった。

「貴族の屋敷、かな」

 二階に上がると雰囲気が変わった。植物の色が明るく、蠢いている。幸いにも近づくと離れていくので、捕食するタイプの魔物ではないようだ。

 ここも同じように一部屋ずつ見て回る。寝室が主なのか、腐ったベッドが多く、そこにも植物が生えていた。キノコのようなものが分解をしているのか、菌類も多く生えている。

「さて、これはどういうことか……」

 次の部屋には人間の骨が、荒らされた形跡もなくそのまま転がっていた。この廃墟の街で初めてみた人の骨だ。しかもこの部屋には不自然なほどに鏡が多く、植物も生えていない。

 踏み込もうとすると、突然鏡がネーベルの方に向いた。その鏡は景色だけを映してネーベルを捉えていない。

「あぁ、入るなってこと?」

 足を戻すと何事もなかったかのように鏡は戻る。これは明らかに魔道具か魔物かのどちらかだ。攻撃してこない以上は下手に刺激しないに越したことはない。

 二階も途中で崩れていて、三階に続く階段は登れる状態ではなく、廊下もわざわざ瓦礫を撤去してまで通りたくもない。最後に残った異様な雰囲気の溢れてくる部屋のドアを開ける。

「なっ……ぁ」

 美しい少女が一人、しくしくと泣いていた。

 少女を護るように浮かぶ大小無数の鏡、零れ落ちる涙を受け止める植物たち。

「……エル? なんでこんなところに」

 神のエレメント。無のエレメントに並び希少なエレメントであり、神のエレメントはすべてのエレメントに対し有利だ。ただ一つ、その属性だけでほかの魔法使いを圧倒できる例外。

 唯一魔のエレメントだけが対抗できる属性だが、互いに大ダメージを与えあうためあまりいい対抗策を組み上げることはできない。

「ねえ君、どうしてこんなところにいるの?」

「……ぅ?」

 少女が泣き腫らした顔でネーベルを捉えると、鏡たちがぐるりと取り囲んで観察すようにじわじわ近づいてくる。

「な、なにかな?」

 一際大きな鏡がネーベルの周りを一周し、真正面に浮かぶとネーベルの姿ではなく大砲を映し出した。ここの鏡は魔法を吸収して撃ち返す、だとすれば。

「うわぁっ!?」

 ほぼ反射的に転移した。

 ラズリーの前に転がり出るのと、廃墟の壁が吹き飛ぶのは同時だった。

「し、シショー!?」

 短すぎるスカートを押さえ、顔を真っ赤にしたラズリーが叫ぶが、ネーベルはすぐに戦闘態勢に移る。

「ラズリー、逃げて! 神のエレメントの使い手だ。敵う相手じゃない、僕がなんとかするからなるべく遠くに!」

「え、でもシショー」

「いいから早くい――――っ!」

 ここから抜け出す為のすべての道に鏡の壁がせり上がり、空が妙な膜に覆われる。

「うわーい……困ったねぇ。ラズリーその杖使うからしっかり持っててね」

 出し惜しみはしない。一発あたりのコストがでかいとはいえ命に代えることはできないため、最初から〝必殺技〟を使う。神のエレメント用に組まれているらしい、ネーベルの相棒の魔法。使えばいつかと同じように、あの少女を殺めてしまうだろう。それでも自分たちが死ぬよりはいい。

 杖に手を翳すと、鐶が霞んで拡散し青い球ができあがる。

「効かなかったら僕らが死ぬってことで」

 吹き飛んだ壁の穴から鏡が飛び出し、ゆらりと浮かぶ少女が出てくると同時に放った。

 しかし直撃したかに思えたそれは鏡に吸い込まれて消えてしまう。

「……それもありなのね。その鏡、吸収できる量に上限とかないのね」

 第二射を撃ってもいいが、また吸収されたら困る。自分で防げない魔法が二発も返ってくるのだ。一発は同じものを撃って相殺するにしろ、もう一発はどうしようもない。

 ダメ元で徹甲榴弾を撃ってみるが吸収され、魔法じゃなかったらと思って近くの瓦礫を廃墟一件まるまる投げつけては見るが、頑丈すぎる鏡に叩き落される。

「飽和攻撃でもしてみるか……ラズリー、この前みたいに小さい水弾乱射して」

「はい、シショー!」

 ネーベルの同時詠唱で上空の三か所から水の砲弾が降り注ぎ、横からはラズリーの水の弾丸が襲い掛かる。さすがに上にリソースを割いて横を空けるだろう。そう楽観視していた。

「あぁ……完全防御形態? 甲羅にこもった亀かい」

 隙間なく鏡を集め、降り注ぐすべてを吸収する。これで同時に吸収できる量にも上限らしいものがないと分かった。質と量、どちらの攻めも効かない。

 そしていま放った水の総量は二十五メートルプール二杯分ほど。

 ごぽぽぽぽぽ……。

 嫌な音を出しながら、鏡の中に水が溢れていく。

「うわ……。これ蒸発させることはできるけど……火傷するなぁ」

 以前ダムの水を完全に蒸発させたことがある。だから突然の洪水程度どうということはないが、一気に蒸発させるならばそれ相応の熱エネルギーが必要だ。魔法が魔法であるならば打ち消せるが、魔法が現実に定着してしまったならそれは物理現象の適用範囲。

「えぇっと……火の上級を二つと空間の上級一つで……。むしろ空間の上級三つで防壁創った方が確実かな」

「シショー……大丈夫ですよね?」

「いいかいラズリー、何事にも絶対はないということを覚えておくように」

 ドバッ! ではなくグォブァァッ!! と水が解放され、圧死の壁が迫る。ネーベルは空間的に切り離して凌ごうとするが、掛かる圧と世界自体の修復力の合算値が大きく魔法が途切れそうになる。

「あぁぁあぁあああぁぁあ! ちょっとこれまずい、砂だからすぐに減ってくけど重い!」

 ふと影が落ちて、上を見上げれば別の鏡が真上から水を解放した。

 簡単に考えれば水深が深いほど、ぶつけられる速度が速いほどに圧は大きくなる。

「うぐっ……ラズリー、ごめんびしょ濡れになるのは許して」

 ピシィッと空間に亀裂が走る。仕切るための魔法が押されている。

「シショー! 着替えがないからびしょ濡れは嫌です! 頑張ってください!」

 そしてものの数秒で水の無い場所でずぶ濡れになるという珍しい体験をした。ついでに砂漠での死因第一位の溺死に、違う理由で入りそうになった。洪水に巻き込まれるのではなく純粋な溺死で。

「ごぼがばぶぼぼぼぼぼぼ!?」

「うん、だから僕一人ならどうにでもなるんだよね」

 ネーベルは空中に転移して石畳の一枚を引き寄せて浮かばせ、その上に避難していた。下の様子がよく見える。綺麗な水だからだろうか。

 ラズリーは死にもの狂いで突き刺した杖に掴まって耐えている。幸い押し流されるものがなかった為にそれらで死ぬことはなさそうだ。

「はぁ。魔法がダメなら物理かなぁ……あんまり近接戦はやりたくないんだけど」

 水没した眼下を眺め、向かってくる鏡に向けて飛び降りる。自身に掛かる重力加速度を増幅し、生命のエレメントで自己強化を発動して激突。

 金属塊を金槌で叩くいい音が響き、バットのフルスイングのような動きで鏡に叩き落された。本当に頑丈だ。

 水に落ちる前に風のエレメントで空に舞い上がり、再び蹴りつけに行くが同じようにあしらわれてしまう。

 瞬く間に水の引いた地上に降りると、激しく咳き込むラズリーよりも注意を向けるべきものがあった。そこかしこから植物が芽吹き、恐ろしい成長速度で砂漠が緑に浸食されていく。

「まったく……。なんでこういうお決まりのパターンしかこないんだろうねぇ! 僕これ嫌なんだけど!」

 うねうねと動く触手の中に牙を生やした蕾?

 よく見る肉食植物系の魔物だ。大型の獣だろうと魔物だろうと容赦なく食べる為、人間では魔法使いであってもちょっと手を焼く存在。

「がふっ……ししょぉぉぉ」

「手詰まりだねぇ……。外に転移できないし、僕の魔法は吸収されるし」

「諦めないでくださいよぉ。私は食べられたくないですよ!」

「むしろ苗床にされないか心配だよ」

「ひぇぇぇっ!」

「けっこう前に苗床にされちゃった人みたことあるけど、体に消化液かけられて種を植え付けられて……」

「嫌です! 絶対嫌です! なのでシショー頑張って倒してください!」

「だから手詰まりなんだっ――――ぁぁぁあああっ!」

 足元から突然飛び出した触手がネーベルを宙吊りにして、そのままゆっくりとトゲトゲした牙を生やした蕾の方に……。その下から正体不明の少女は虚ろな瞳で見つめてくるだけで。

「もう! いくら僕でも食べられたくはないからね!」

 火のエレメント、風のエレメント、空間のエレメント。

 光の軌跡が炸裂した。火炎放射器が炎を吹くように、一直線に眩い剣が顕現した。

 バーベキューで放置された野菜が焦げるように、触れてもいないのに触手がしなびて変色していく。剣の温度は三千度、大抵のモノならば切断できる。手の延長に創りだした剣との間には、空間的な隔たりを生成して自分が焼けるのを防いでいる。

「上級エレメント三つの同時使用……うわぁ、魔力消費量がすごいやぁ」

 言いながら自分を吊し上げている触手を焼き払い(触れる前に燃えてしまう)、そのまま真下に剣を向けて落ちる。

「鏡、斬れるかな?」

 少女を護るように一枚の鏡が動く。今までに吸収されたのはすべて射撃や投擲系統。直接攻撃はどうだろうか。

 かすかな期待を込めて斬りかかり、残酷に裏切られた。剣が吸い込まれてしまった。

「……あれ? これはとてもまずいよねぇ」

 ひょいと飛んで逃げた途端に、空を貫くレーザーが発射された。

「……………………、」

「シショー」

「うん、これ回避不可能だよ」

 更なる状況の悪化に冷汗が垂れる。仕掛けるほどに悪くなっていないか? と。

「あ、あのー……そこの君? 僕たち生きてここから出て行きたいだけだから見逃してくれない……かな?」

 対話を持ち掛けてみると、予想に反して返事が来た。首を横に振るという。

「ですよねー……」

「シショー、どうするんですか」

「うーん、僕だけだったらとりあえず核爆発でも起こして逃げるんだけどねぇ……」

「私、お荷物ですか!?」

「最初っからね」

 さらっと言って。

「だけど、一人旅よりは楽しいから」

 再び立ち向かい、そして鏡に囲まれて身動きが取れなくなった。

 前後左右上下。そのすべてを囲まれてしまった。

「シショー。カッコ悪いですよ」

「…………、」

 転移できない。魔法攻撃は使えない。下手をしなくてもこのまま全方向からのレーザーで焼かれて蒸発する可能性が否定できない。

「わきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 何が起きているのかは見えないが、ラズリーの悲鳴と共にボキッと杖が折られる音が聞こえた。

「シショー! シショー! 助けてくださ――食べられちゃいます!! 私がぁ!!」

「ごめんねーラズリー。僕、いま動けないからさ」

 逆さ吊りのワンピース。そういう訳で全部が見えてしまっている恥ずかしい姿のラズリーは、じたばた暴れながらトゲトゲの生えた蕾の上に運ばれて行った。

 これはどうやら、生きたまま消化液に落とすタイプのようだ。

「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「あーうん。こんなところで死ぬなんてごめんなんだけど、なにもできないんだよねぇ……」


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