石の王子と呼ばれた彼と戦って
お待たせしました。
ちょっと挿絵で揉めまして……
それではどうぞ、日がなフレムデの日常
夜半、ドシンと重たいものが落ちた衝撃に目を覚ました二人は、警戒しながら静かに割れた窓から外を窺う。
「な、なんでしょうか」
「家が崩れたのかな? 木が倒れる音じゃなかったし。ちょっと見てくる」
ネーベルは姿を透明化して、足音を殺して家から忍び出る。
月の綺麗な夜だった。
雲一つない空から降り注ぐ明るい月の光がはっきりと世界を照らし出す。
村の入口の方から聞こえる、聞きなれた戦いの音は何が起こっているのだろうか。
そっと近づくとまず見えたのはガーゴイル。
はっとして振り返ると、家の上にあったはずのガーゴイルが無い。
動いた。
その事実があれば十分、ここには魔法がある、魔物がいる。
目の前のガーゴイルは月明かりの届かない暗闇から襲ってくる不死者を薙ぎ払い、村の外へと叩き出している。
まるでこの村を守るように。ガーゴイルの暴れ方にはただ一つ、村を壊さないという決まりがある。どれほど攻撃の機会に恵まれても、村に被害が出るのならば敵を魔法で引き寄せるか挑発の二択だ。
「ふぅん、なんでこんな場所にあるのかは知らないけど、ガーディアンなのか」
鎧を纏った骸骨、朽ちた槍を片手に村に入ってはガーゴイルの石の尾で薙ぎ払われて砕け散る。
骸骨軍団が軒並み全滅すると、次は半透明の幽霊が攻めてきた。非物理的なものにダメージを与えられるのか。
眺めているとぼんやりとした何かを纏ったガーゴイルが、その前足の爪で幽霊を切り裂き、振り回される鞭のような尾で弾き飛ばす。
瞬く間に幽霊までも撃滅されると、今度は黒い影が姿を現した。
朽ち果てた家々から、まるで人のような動きで出てきたそれはガーゴイルを囲む。その中でも一つの影だけはガーゴイルに寄り添い、怪我……壊れたところが無いのか確認し始めた。
「なんなんだいったい……?」
見入っていると、ごとり。後ろから音がした。
振り向けば恐れるように倒れた黒い影が一つ。
「やばっ」
ガーゴイルが襲い掛かってくる。ネーベルと黒い影の間に割り込むと、口を大きく開けその牙で首を貫かんと食い掛かる。
「おっと」
飛び退いて躱すとガチンとギロチンの如く断頭の口が閉じる。強力な攻撃手段を持つ魔法使いと言えど、その身は人と変わりのない非力なものだ。一撃もらえばそれで十二分に行動不能に陥る。
広場に躍り出ると気づいた黒い影たちが一斉に逃げてゆく。
ガーゴイルとの一対一だ。
「ミナと比べたらどれだけマシか」
人間、あれと比べたらと思えることがあると大抵のことは軽く見える。瀕死の重傷を負った、ならば致命傷を負うかもしれない状況で怯える者がいれば、その程度どうということはないと平気で立ち向かえるようになる者もいる。
ネーベルは神をも殺すような相棒と一緒にいたため、そんじょそこらの化け物には動じない。
「はぁっ……いくよ!」
風のエレメント、空気を領域ごと操って自身体を押し、人の限界以上の速さで空中までも入れて三次元的な動きを描き出す。
軽く地を蹴って飛び上ると、こちらを見上げてくるガーゴイルに手を向ける。
大地のエレメント、火のエレメント。物理法則を無視して現れた二酸化ケイ素、シリカやほか岩石を構成するものが現れると、わずかな滞空時間の間に岩を砲弾型に成型しその中に炎を、爆発の概念弾を詰め込む。
「さて、岩の体で耐えられるかな?」
砲弾の弾着、凄まじい爆音と振動を解き放ち、指向性をつけられた爆発が砲弾を砕いて散弾として叩きつける。噴煙に呑まれてガーゴイルが見えなくなる。
ネーベルはすらりと地に足を着くと、少しの間ができたことで第二射を生成する。今度は多めに力を込める。物質は電子と原子核、陽子中性子の数で決まる。ネーベルは力の込め方次第でそこを少しばかり弄ることができる。組成を変えてしまえば水素から金属を創りだすことも可能。
「やり過ぎくらいがちょうどいい。いつもミナが言ってたからねぇ、生死不明なら確実に死ぬようにしてしまえとね」
徹甲榴弾を創りだす。弾頭は丸く脆く、続く弾芯は鋭く硬く。滑らず弾かれず突き刺さり、内部で炸裂して確実に破壊する。
静かに撃ち出されたそれは、噴煙の中に突っ込んで轟音を散らす。残っていた建物を衝撃で倒壊させ、静かな森を騒がせていく。
「どーだろっかなー」
風のエレメント。噴煙を押し流すと、そこにひび割れた岩の塊があった。
「やった……訳ないよね」
ぼろりと岩が、岩の欠片が落ちる。
「だよね、その程度で終わる程度ならガーディアンなんてやってないよね」
空間のエレメント。情報の次元で、空間的に世界を仕切る。
弾け飛んだ岩がすべて〝見えない壁〟に当たって崩れ去る。
「さ、本気でいこうか。クレーターができるくらいは大目に見てよね」
崩れた岩の山の中から姿を露わにした化け物は、岩であることに変わりはなかったがその古びたガーゴイルというイメージはなくなっていた。
一言でいうならばグリフォンの石像。鷹の頭に巨大な翼、獅子の身体を持ち、尾は鞭のように長く先は切れ味鋭い刃。足は岩でありながらも鋼鉄すら切り裂けそうな雰囲気を見せている。
ネーベルは自然な構え、というか暖簾を押しのけるような軽い手の構えで魔法を発動する。
「おいで……どこの役のものかは知らないけど、撃滅してあげる」
飛び上って再び榴弾を生成する。手を打たせる前に仕留める、そういう考えで撃った。そしてその程度では効かないとも考えていた。
大気を震わせるほどの攻撃が三連続。それを真正面から受けてなおガーゴイルは飛び上ってきた。
爪で切り裂くつもりか、大きく振りかぶっている。ネーベルはそれを、腕に金属質のシールドを纏わせて弾き、その押された力で素早く叩きつけられるように着地する。
立ち上がるよりも先に四つの魔法を手の中に。左手に使い慣れた魔法、直径二メートルの水を加熱しつつ内部に爆発する魔法を。右手にただ牽制の為だけに火炎弾を。
火炎をぶつければその大きな翼で払われ、爪で叩き落とされてガーゴイルは距離を詰めてくる。愚直に突っ込んでくるだけならば、壁で防ぎ止めればいいだけのこと。だが低級な魔物ではなくガーディアンだ。
水を爆散させて霧を生み出し、即座に姿をくらませる。
霧のフィールドはネーベルの独壇場。水蒸気ともなれば数千度まで加熱して灼熱の世界を築くことができ、それだけで大抵の敵は排除できる。これがダメならばさらに過熱して分解、そこに雷撃を放ち……。最終的にはプラズマでもなんでもして溶かす、否、蒸発させてしまえばいい。
ただまあ、ここにはラズリーがいる為それは、今回はしないことに。
霧は自分用に干渉しやすいように空間をフォーマットしている、これを吹き飛ばされたなら困るが、吹き飛ばしても流れ込む空気は霧を浮かばせている。幸い今夜は風が無い、やれる。
「ふっ」
横っ飛びに回避して、体当たりから続く尻尾の回転攻撃を躱す。
「どういうシーケンス組んでるのか知らないけど、活かしきれてなさそうだね。まるで望まずしてその体を操ってるようだ。説明書なんて読ませてもらえないほどに唐突に」
すっと飛び掛かってきた。次のアクションはなんだ? そのまま体当たりか、噛みつきか、前足の爪か、尻尾の薙ぎ払い攻撃か。
とりあえずは距離を取るか。飛び退って適当な魔法を数発撃ちこんでみたが、尻尾の薙ぎ払いでまとめて破壊される。そこから続けて大地を抉りながらもう一撃の薙ぎ払い。
飛ばされる土を防ごうと、反射的に腕で顔を庇うとはばたきが聞こえた。
「いない? ……いや、上か」
強風がすべてを押し流す。霧がきれいさっぱり押し流されて、大きく広げられた翼から岩の羽が射出される。
「まさか……いや、魔法なら――ガイスト!」
小さな水球を爆発させて即席の霧を生み出し、それに気配を分散させて偽物を別々の方向に走らせる。
羽、尖った岩だ。あれが降ってくるとなると防ぐよりも逃げたほうが安全だ。
「うぉ、ああああぁぁっ!?」
一度空高くに上がった羽は、狙いすました狙撃のように幻影の頭を貫いて消していく。
「うわわわわわわっ、あ、あぶなかったぁぁぁ! やっぱミナの杖無いときつぅっ!」
地中の土と自分の周りの空間ごと置き換えて転移。つまり現在位置は地面の下。恐らくここにいる限り絶対に見つかることはないし安全だ。むしろここから光のエレメントと空間のエレメントで外の状況を探りつつチクチク攻撃することもできる。その代わりに時間はかかる上に面倒臭い。
なにより上に大事な杖を置いてきている。あれは試験的に使っている二本目だが、壊してしまうと後が怖い。さっさと出て行ってヘイト引きつけないと杖を持っているラズリーもろともやられてしまうだろう。
「はぁ……よし」
転移して地上に戻るなり。
「うぉあっ!?」
水の嵐に襲われた。
よく見れば見事にヘイトを引きつけてしまったラズリーが、ネーベルの杖を使って水の銃弾を乱射している。
「うきゃあああああああああああああシショォォォォォォォ!!」
「まったく……もう」
バッと腕を振り、一瞬で氷と炎の槍を創りだすと正確無比の一撃を連続して叩き込む。乱雑で痛くもない攻撃の嵐より、少しばかり響く正確な攻撃の方が誰だって嫌だろう。しかも体が岩となれば、局所的な加熱と冷却は致命的だ。
「さあ、君の相手は僕だよ。その杖やられちゃうと僕の命が危ういからね」
パチンッと指を鳴らすと空中に何かが回転し始めた。それはものの数秒で金属の刃を創りだす。
「それ」
尖った恐ろしく硬い刃がガーゴイルにぶつかり火花を散らす。一撃で刃は砕け散るが、代わりにガーゴイルの体を少しずつ削り取る。
お蔭で少し怒らせてしまったか。
さっきまでとは違う荒い動きで襲い掛かってくる。
「ふふっ、食いついたね」
ネーベルはそれを避けない。そこにいるのは幻影だから。
ガーゴイルの狂爪が偽りの体を切り払う。白い霧だけがぼうっと散り、幻影は滑るように後ろを取ってまた刃を飛ばし、尻尾の薙ぎ払いでまた払われて移動する。挑発と攻撃、そして相手には触れられるが相手からは触れられない。煽るにはこれ以上何がある?
「そーらそーら、こっちだこっちだ。おいで、僕を見つけられるかな?」
チクチク攻撃しながら距離を取り、ガーゴイルを引きつけながらどんどん距離を離していく。
「シショー」
「なんだい?」
「あれ、どんな魔法なんですか!」
目をキラキラさせながら聞いてくるのは、魔法使い故だろうか。
「そうだよー、まあ僕のメインは幻影、幻術だからね。引っ掛かったら、死、だよ」
杖をしっかり持っているのはいいが、腰が抜けてぺたんと座り込んでいるラズリーの隣、そこにネーベルは立っていた。
手数こそ多いが、強力な魔法使い相手には決め手になる威力を持っていない。だからこそ、惑わせて一撃で。
「言ったよね、クレーターくらいは大目に見てよね」
ラズリーが持つ杖の先端に手を翳す。
「起きて、君の出番だよ」
杖の先端、鐶が淡く青色に輝く。
「ミナがどういう魔法を込めてくれたのか。僕は知らないけど、どうせいつものことなら地形が消し飛ぶんだろうねぇ。……ラズリー、立ってそれをしっかり構えててね」
精神のエレメント。洗脳系魔法の応用、脳内の電気信号やシナプス結合を弄るものと回復魔法で立てる状態まで回復させる。恐怖なんてものは一時的に遮断できる。
「シショゥ、これ……」
「あー大丈夫、僕の魔力で発動するから君は持つことと反動に気を付けて」
ガーゴイルは未だに幻影を追いかけて、そして遠隔発動される魔法に翻弄され続けている。こちらには完全に背を向ける形だ。
「さぁってぇ、励起完了っかな。どんな魔法かは知らないけど、青い以上はミナの属性色だから吹っ飛ぶねぇ」
鐶が霞んで拡散していく。青い球が出来上がり、白に近い青の燐光が舞う。
「さようなら、守護者。誰を、何を護っていたのかは知らないけど……」
ネーベルは最初と同じように、暖簾を押しのけるような軽い手の構えで魔法を発動する。
光が迸り、闇が溢れた。
月明かりだけが闇を薄く、とても薄く突き抜けて完全な闇を成すことを許さない。
「シ、シショー」
「大丈夫。ミナの魔法は敵だけを確実に消すから」
暗闇の中で何かがガーゴイルを襲い、岩を噛み砕く音が響き渡る。
悲痛な断末魔にも似た崩壊の音を聞き届けると同時に闇が晴れる。
「あれぇ……あぁ、やっぱりそういうこと」
崩れたガーゴイル、額に埋まっていた綺麗な石を抱きかかえる黒い影。そして死者を悼むように現れては崩れ落ちる黒い影。
「見たことある魔法だと思ったら、僕が実験体にされたのと同じ……天使の呪いを食い破る……」
「シショー?」
どこか悲しそうな目で、影たちを見たネーベルは黙って転移魔法を発動した。
もうこれ以上ここにいても仕方がない。
何をしてしまったのかは、よく分かった。