弟子と一緒に世界を旅して
空間が歪む。
空間が溶ける。
まるで虚空からあふれ出すようにして現れたそれは、水風船のように膨らんでゆく。
そして破裂した。
中から出てくるのは青年と少女だ。
「うん、ここどこだろうか?」
「シショーそれは無いと思います」
「あのね、君が暴れたから変なところに落ちたんだよ」
青年は転移魔法の破棄をしつつ、片手間に周囲の枯れ枝を集めて焚火を作る。
常人より多くの魔法を同時に詠唱し、そして同時に顕現させ続ける力が青年にはある。
一つの系統だけに絞れば同時に百程度の魔法を発動することも可能だ。
「シショー、あそこに変なのがありますが」
「変なの……あぁ、アレはガーゴイルっていうやつだよ。雨樋の水を吐き出す部分なんだけど……なんであんな普通の家にあるんだろうね」
たまに動いて襲ってくるものがあるけど、というところは言わない。
可能性の低いことで恐怖を与えると余計な警戒をして無駄に精神を削る。
「それにしてもまだこんなに自然が残ってるところがあったんだねぇ」
世界中探したところでどこもかしこも魔物だらけだ。
森は植物に擬態した肉食植物の領域に、海は巨大な龍のような魔物が支配する領域に、空は翼をもつ種の支配域に。
陸上にも海上にも、天空にも人が安心できる場所はない。
まあ、なんといっても最も恐ろしいのは人であることに変わりはないが。
「食べるものはあるからいいとして、使えるものがないか探索しようか」
「はい、シショー」
「その師匠っていうのやめない?」
「じゃあお名前教えてください」
魔法使い同士が本名を教え合うことはない。
名前を使った呪いがあるからだ。
「うーん……僕、一番よく使うのは霧だからねぇ、ネーベルって呼んで」
「分かりましたネーベルさん」
「さんは要らないよ。君の名前は?」
「ラズリーです」
こちらも偽名だろう。黒髪のツインテールにどうみてもそちらの国の顔付ではない。
「ラズリー……ラピスラズリ、群青か。水属性だからイメージ的にはいいね」
「それでネーベルさん」
「さんは要らないよ」
「ではネーベルさま」
「さまも要らないよ」
「じゃあシショー」
「戻ってるけど?」
些細なトラブルから行動を共にし始めた二人の魔法使いは、廃村の探索を始める。
ものの十分もしないうちに探索の結果は出た。
電化製品の類は一切なかった。
電気ガス水道といた基本的なライフラインが引かれていない。
よほどのド田舎の村なのかと疑いたくなってしまったが、ある家の中で見つけた日記の文字から外国であること、そして村の入口で見つけた甲冑をつけた骸骨と槍や剣といった古臭い装備をみて、そもそも現代でもないと分かった。
「あ……あれぇ? 僕ただ単純に転移使っただけなのになんで過去に飛んじゃってるのかなぁ?」
「ネーベルさん、過去なら魔物もいませんよね?」
「うん、まあそうだね……その代わりに僕らの居場所もないけどね? それとさんは要らない」
とりあえず寝床を確保しようか、そう言いだしたネーベルに従って彼らは一番損壊の少ない家、ガーゴイルの乗っていた家を掃除して暖炉に火を入れた。