そして、今日も共にこの世界を歩んでいく
鬱蒼と茂る森の遥か奥地。
獣すらも立ち入ることのない森の最奥。
「なによ! なんでこうなるのよ!」
「ちょい! 待って! 巻き添えあり!?」
背の高い木に逆さ吊りにされている二人がいた。
片方は生まれたままの姿にされた天使だ。腕を縛り鉄アレイを括り付け、両足はパイプに固定して無理矢理開かせて吊している。ちょっと東の方まで行って、タケノコの上に膝立ち姿勢で固定してやろうかとも考えたが、そちらはちょっとやりすぎかな? なんて思って今のこれである。
もう片方は男だった。今までのストレス発散がてら、拳大の岩を投げつけたりナイフを投げつけたり、本気で殴ったりハイキックをかましたりしているため、かなりの出血と打撲痕が見える。これは単純にストレス発散以外の何物でもない。
「ふんっ!」
ぷいっと顔を背けて回れ右。
去り際にミナは種をばらまいた。ネーベルでさえ嫌がっていた例の触手の種を、それも大量に、しかも生命のエレメントで急成長するようにして、さらに凶暴化させて。
森の奥深くから凄まじい悲鳴が鳴り響く。
ガラスが割れそうなほどの悲鳴に、鳥たちが一斉に空に逃げ出す。
枝葉の間に隠れていた虫たちがざわめき出す。
悲鳴と助けを求める声だけが響き渡る森の中、どこかスッキリした顔で歩き去るミナの姿だけがあった。
ネーベルは焚火に枝を投げ入れながら、先ほど川の水ごと捕獲した新鮮すぎる魚を串に刺していた。いつぞや海ごとクジラを一頭捕まえたこともあったが、確かその時にはかなり文句を言われた覚えがある。
魔法が使えるがそれ以外はほとんどダメ。しかし魔法で代用できるから困らない、その先にあるものは魔法を封じられると何もできない、それだけだ。
「ミナ……遅いなぁ」
久しぶりに一緒の旅……と、なりそうだったというのに。ちょっと遊んでくる、その一言だけ残してもう二日も経つ。
「お姉さん……どこに行ったんでしょうか」
「あのねラズリー、なんであんなことがあったのに一緒に来ちゃったのかな?」
ネーベルは割と本気で殺そうとしたのに、ミナは完全にいつものように軽い気持ちで殺そうとしたのに。
「んー……とくに理由は――シショー! 後ろっ!」
「え? なにが……」
振り向けば真っ赤な何かが茂みから。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
焚火と串に刺した魚を蹴散らして一気に飛び退いた。
その存在に気付いてようやく獣の臭いと血の臭いに気付く。
「ちょ、ちょっとなにこいつ、僕こんなの初めて見るんだけど!?」
今までに何度も人型の魔物や異種族と戦ったが、血で濡れたように真っ赤なのは初めてだ。
人というのは慌てた時、使い慣れたものよりも目先の障害を排除するためにとにかく使えるものを使ってしまう。
「フレア!」
手の中に太陽と同じように輝く光の球が生まれる。これは射線上を情け容赦なく蒸発させるタイプの危険な魔法だ。
「シショーやっちゃってください!」
「どうにでもなれぇぇぇ!」
撃って、そして後悔した。
「前に言ったはず、理由がどうであれ攻撃したら敵とみなす、と」
「…………ミナ、まずは服を着ようよ」
「血で汚れる」
「そもそもなんで血まみれ? なんで上半身裸?」
「イノシシ仕留めて解体してきたから」
「素手?」
「もちろん」
脱いだ上着は纏めて袋に入れてキュッとワイヤーで縛って腰に括り付け、綺麗な黒髪ごと傷だらけの身体を血で真っ赤に染めた化け物が迫ってくる。
思えばいつだか神龍と呼ばれた最強のドラゴンを単独で無力化し、魔狼と呼ばれた神話の狼、フェンリルやスコール、ハティも単独で撃破したのはこいつだった。
とりあえずでライオンを嗾けても平気な顔して狩るだろう。どこかの部族みたいな命を懸ける意味がある戦いではなく、とくに何の気なしに百獣の王を狩るだろう。
「ミ、ミナ、ちょっと待とう。僕たち友達だよね?」
「正確には友達だった、だな」
「なんで過去形?」
「さて、なんででしょうか」
風が踊るようにしてミナの周りに集う。
得意とするのは流体制御系。こことは違う法則で力を振るい、相反する属性を、本来同時に扱えないはずの属性を同時に扱う猛者。近接格闘がダメなら魔法で、魔法がダメなら近接格闘で、どっちもダメでもまだ手札が有り余る。勝てない相手だ。
「あ、ねえ、ちょっとぉ? それ疾風斬とかいう正面方向のもの全部切り刻むあれだよね! ねぇ!? いつか核シェルターみじん切りにしたあれだよねえ!!」
「ネーベル。いや、仙崎霧夜」
「お願い、ほんとお願い、待って!」
「…………。」
パニックに陥った思考でどうやって打開策を編み出すか。以前こうやって助けを求めた仲間は容赦なく崖から蹴り落とされ、またある者は刀でスパッとやられ。
「あの、ちょい今回のことはノーカンで」
「……風よ、大地を駆けすべてを切り刻め」
いよいよ来る。覚悟を決めて。
「疾風――」
ゴズッと鈍い音、そして人が一人倒れる音。
恐る恐る目を開けば。
「やりましたよシショー!」
「……ラズリー、それ、凶器だからね?」
いつの間にやらネーベルの杖を持って背後を取っていたラズリーがミナの後頭部を強打。
「でもやりましたよ?」
「殺っちゃってないか心配なんだけど。撲殺系天使はお呼びじゃないからね?」
「むぅ、元天使の私をいったいなんだと思ってるんですか」
「堕天使じゃないかな? っていうか、ミナ? 大丈夫? おーい」
そんなことがあったうえで、
今日も僕らは、
美しくも荒れ朽ち果てたこの世界の大地を踏みしめ、
三人で旅を続けている。
そして僕は〝別れ〟を経験することになる。
あの戦いで……すべてが争いあう何度目かの〝大戦〟で大事な人を失って……僕は……。
えー……私の他の作品を読んでいる方は分かると思いますが、
ラズリー
どこにも出てきませんよね。
そうです、お別れするのは、そういうことです




