天使に抗い
気づいたときには、時間が、世界が巻き戻っていた。
「溺死させてやれ」
耳元で静かに言うと、すっと横を通り抜けていく。
「…………ぇ」
止めなければ、頭では分かっているがいきなり変化した状況に追いつけていない。なにもこういうことは初めてじゃ無い。いままで何度も死の瞬間を見てきたのだから。
目で追いかけて、止めなくちゃと声を出そうにも口がぱくぱくと動くだけ。
「俺とは一言もしゃべらないお嬢さんはあっちに行っちゃったか。おいこら、そこのダサ男くーん、無視してんじゃねえぞ」
「……ミナ……待って、また、死ぬよ」
掠れた声は届かず。
「ほっ」
軽い動きで繰り出された天城の蹴りで、ネーベルの体が宙を舞う。人の力だけは出せない威力、魔法で強化しているらしく、一発で骨が折れた。
「がっ……、つぅ」
痛みに溢れた涙で視界が滲む。
その間にも爆発の音が聞こえてきて……。
「ミナ……また、……ダメ、だよ」
空が光る。槍が落ちる。
また繰り返すのか? そんなのは嫌だ。
溢れ出した優しい緑色の燐光。
生命のエレメント。
瞬く間に痛みが引いていく。過剰な生命力で身体が熱くなる。
今度は失敗しない。
魔法を無効化? そんなことはさせない、今度はやらせない。
過剰な魔法は命を削り取る。
それを前提にネーベルは動き出した。
転移で直接近づくのは不可能、ならばと空気の殻で自分を包み込み、目標までの物質を押しのけてトンネルを作って砲弾のように飛ぶ。
近づけばすかさず残る魔力の半分をドレイン。一時的にでも魔法が作用する空間を作り上げてしまえばいい。それだけいい。
「来たれ、風の乙女、シルフィード!」
降りしきる岩の雨を吹き飛ばす風が吹いた。人間なんて軽く吹き飛んでしまうほどの強風、冗談抜きに息も出来なければ目を開けることも出来ない。でも、それでいい。
目前の脅威を取り払ってしまえば、そこからは考える時間が生まれる。次の手を構築することができる可能性が広がっていく、未来の選択肢が増えていく。
「僕は……大切な友達を、傷つける君のことを許さないよ」
宙に霧の足場を形成し、ふわりと重力の束縛を感じさせずに降り立ち、本気の怒りを浮かべた表情で右手を掲げていた。
「消え去れ、天使」
ネーベルの手には一本の杖が握られている。先端に色のない魔石を取り付けた、一般の魔法使いには扱えない杖。ミナがネーベルのためだけに創り上げた、ただ一本の杖だ。
決して晴れることのなかった試験場の空、鈍色の空が清々しく晴れ渡り、昼の蒼穹に星が瞬く。その輝きは一つ一つが街を消し飛ばす槍。
「僕は君を許さない」
一本目の槍は、視線を向けただけで中空に消え去った。
二本目の槍は、杖の一振りに合わせて続く槍ごと消失する。
永遠と降り注ぐ破壊の力は、ネーベルが張り巡らせた力をあっという間に崩壊させ、浄化して効力を打ち消していく。
「くっ……やっぱり、これは……」
「人間如きが天使に勝つですって? ふざけたことはやめなさい」
あたりが光に包まれて、身体が浮かび上がっていく。
すべてが壊れていく。




