魔王なシスターと愉快な仲間たち
「あらぁ~かわいい娘じゃないの」
接触の第一声はそれだった。やけにごつい戦鎚を軽々と、まるでねこじゃらしを振るうかのような気軽さで振り回す女だ。
それだけならばまだごく普通の魔法使い、そう捉えるだけで済んでいた。その女はシスター失格な修道服の着方をしていて、なおかつ白を基調に赤の刺繍が施されているもの。
それの意味するところが偶然ならばまだいい、もしも狙ってきた追手ならば勝ち目はない。
だからこそネーベルもいつもとは違って強めの反応をする。
「僕は霧の魔導士ネーベル。君は僕らになんの用がある?」
「用っていったら一つしかないじゃなーい! ず・ば・り、その娘を私の奴隷にするのー!」
振り下ろされたハンマーが大地を割り砕き、あわせるように召喚魔法が煌く。
「メティサーナと同類の下衆かい……それにしても、君、法機はどこに置いてきたのかな?」
確かに目の前ではシスターが魔法を発動した。しかしそれにしては魔法がいきなり出現したように見え、本来魔法の発動の核となる法機とのリンクが感じられない。
「ほうき? なんのことかしら。そんなことよりもぉ……あなたは大人しく消えなさいっ!」
「うわっ!?」
いきなり首裏を狙って鋭い爪を振るってきた……ごく普通の黒猫の首根っこをつまんで顔の高さに持ち上げる。
「…………うん? なにこれ?」
前足後ろ足をじたばた振り回してにょきっと生えた鋭い爪が空を横切る。
「……なんか気配的に悪魔だし、やっちゃっていいよね?」
空いた手でポケットから榊の葉が入った小瓶を取り出し、口で蓋を開けると黒猫に中身を垂らして放り投げた。
瞬間で黒猫が大きく燃え上がり、悪魔本来の姿に変貌しながら暴れ、それでいて高速で炭が燃えてなくなっていくように輪郭が消えていく。
「ラズリー? もしかして火傷した?」
「いえ、大丈夫……です」
酷く顔色が悪い。まるで自分が消されてしまうかのような存在に怯えているように。
「ほらほら、よそ見してんじゃないわ!」
声につられてシスターに向きなおれば、常人ならば一発で体調不良を引き起こすほどの魔力をぶつけられてふらつき、体勢を立て直せば壁が落ちてきていた。
「へっ?」
理解できず、とりあえずの空中転移で回避してみればそこにドラゴンが召喚されている。基本的にああいう大きなものは召喚自体に時間がかかる、それをこの短時間で仕掛けてくるともなれば相手はやりてだろう。
状況を認識したところで冷静に対応を決めていく。こんなところで時間を浪費するわけにはいかない。しかし同時にこれが続けばいいのにとも思ってしまう。最終試験は……。
「っ……」
ぎりっと奥歯を噛みしめ思考を戦闘に集中させる。
ラズリーは後方の岩陰に退避している。見下ろせる場所、ちょうど狙いやすい位置には敵の召喚獣。その後ろには正体不明のシスター。
魔法を使って手元に小瓶を取り寄せると中身をすべて振りまいた。これでネーベルのいる場所から下は一切の魔法が作用しない空間だ。
かつて人が呼び出した存在に対抗するために使われた榊。清いものと汚れたものの境の木。どういう理屈なのかは知らないがこれを使えば魔を滅することができる。
これであとは上から一方的に爆撃してしまえばいい。もしも落ちたならば正面切っての格闘戦、そうなればまず負けることは間違いない。今までに魔法を使わない戦闘で勝てたことはほとんどないのだ。
「降りて――――来なさいよっ!」
両手でハンマーの柄を持ち、ぐるぐると回ると勢いがついたところでハンマーを手放しネーベルめがけて飛ばす。
「うわっ! あっぶなっ!」
瞬間的に発動した風の爆発で躱して地上を見ればシスターがいない。ぎくりと、振り返ってみればハンマーを空中で振りかぶる笑顔のシスター。
「ぼっしゅー――とぉ!」
「えっ」
慣れたもので、こういう時には咄嗟に最高クラスの障壁魔法、世界そのものを区切る断界障壁を展開できる。
しかし、ありとあらゆるもの(空間のエレメントによって発動されるもの以外)を遮断するはずの障壁は一切役に立たなかった。
「ちょとっ! それなしっ!」
障壁もろとも別の空間のエレメントで発動されたそれに囲まれ、一つのボールとしてハンマーインパクトで地上に文字通り叩き落された。
「うはーい……大ピンチ?」
空を見上げれば無数の高位悪魔。いくら魔法が作用しないといってもあれだけ数が集まってしまえばどうとでもなる。そしてそれだけの数がいればそこそこの魔導士程度には十分な戦力。
つまるところ、
「あのさ、話し合いで解決しない?」
勝ち目なし。
「やーよぉ」
返事と共に空一面に魔方陣が張り巡らされ、流星群の如き魔法弾の嵐が落ちてくる。
「ちょっ!! ストップ!! …………………………………………あれ?」
別に無意識に時のエレメントで時間を止めた訳でも、水のエレメントで物体が動けないほどに冷却した訳でもない。
見上げればすべてが止まっていた。降り注ぐ悪夢、空に浮く悪魔、遥か天の上で荒れ狂う雷、そのすべてが。
「まったく、だらしがない」
「……み、ミナ?」
「この程度、一人で何とかできないでどうする?」
「どうするって……そりゃ死ぬしかないよねぇ……」
口では震えながら言いながらも、手と思考はしっかりと動かしていく。停止しているのはすべてだ。魔法の作用を妨害するそれも停滞して効力を失っている。
ネーベルは片っ端から照準して避けようない位置に次々と魔法を置いていく。
「いいよ、ミナ」
「はいはい」
パチンッと指が鳴らされると同時に空が弾けた。設置された魔法の爆弾が悪魔を粉微塵に破砕し、それでなおも残るものに迅雷と同時に紫電が襲い掛かる。
不意にミナが青いナイフを取り出し、落ちてきたシスター目掛けて駆け寄り、すかさず喉元を掻き切って息の根を止める。有無を言わさず目の前の敵性は排除するのがこいつのやりくちだ。まあ、例外というものは存在するが。
「あ、ありがと、ミナ」
「どういたしまして。さあ、最終試験だ」
「うっ……」
「本気でやれ、ネーベル」




