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激戦の末に相対する正義を打ち砕き

 あの二人の力はよく似ていた。

 桜使い、里村芳幸。

 ラズリーにはお姉さんと、ネーベルにはミナと呼ばれる少女。

 お互いに使用する力の制約は異なるものの、使える魔法は似通っている。

 例えば時を司る魔法。

 芳幸は固有魔法『復元せし過去』として。

 ミナは固有魔法『蘇りし世界』として。

 時を操る魔法の使い手は少ない。そしてこの魔法は何といっても使用者の魂を削り取るほどに魔力消費量が多く、戦闘用に使えるほどの使い手になるころには心がぼろぼろになっている。他者と違うときの流れで生きることになるからだ。

 どちらにせよこの力の根幹は『戻す』ことだ。

 芳幸は失った相棒を、ミナは命の恩人を。大切なものを取り戻したい、その思いは一緒。

 だがそのためには犠牲が必要だった。

 片や自分の魔力だけは決して発動できず、発動したとしてもその代償は己の最も大事なもの、だから代償の代わりとなるほどに他人を斃しその力を奪い取ってきた。

 片や自分の力だけは運命を、すでに決まった事象を縫い付ける世界をどうにもできないから、だからいくつもの世界を渡り歩いて世界の脆弱性を見つけ書き換えようとしてきた。

 だけど、邪魔が入った。

 誰も意図して邪魔しようとしたのではない。

 ただ、求めるものの為に動いた結果が相手の邪魔になっただけ。

 ただ、そいつが大きな力を持ちすぎていて魔法発動を阻害する一因になっていただけ。

 だから。

「決着、つけようか。フェンリア」

 目の前にいる相手を斃すべき理由は一つだけじゃない。上げていけばたくさんありすぎる。

 耳をすませばあちらこちらから魔法のぶつかり合い、戦争そのものの魔力の暴風の音が響いてくる。

 魔法使いの試験、その最終試験の場がここだ。

 ネーベルたちはまだ時間前ということもありこの場にはいない。

 いるのは二人、そして誰にも気づかれずに天から見下ろす天使だけだ。。

「……終の魔法使い、ロキ」

 互いに相手の別名を呼び合ったが直後、一方的な激突は始まった。

 桜色の光弾が空間を切り裂く。

 芳幸の相棒だった彼女の力、優しい色をしたその破壊をミナは真正面から受け止め、反動で吹き飛ぶ。体勢を立て直す間もなく立て続けに放たれるそれを受け、地面に着く暇さえなくあちらへこちらへと弄ばれる。

 光の速さではないが、人が認識して考え、行動に移行するまでのタイムラグは致命的な時間だ。それだけの時間さえあれば確実に着弾する。相手が魔法を問答無用で無効化するならば、魔法で空気を思い切り押してぶつけてやればいいだけのこと。

「興覚めだな。あの時の動きはなんだったんだ」

 一度地面に着いて跳ね、急に軌道を変えて真下からぶつかってきた桜色の光弾に打ち上げられる。

「燃え尽きろ」

 ロキ、もとは火の神格でもあり、その名を冠する彼は今までに奪い取ってきた力のお陰で絶望的な火力を放てる。

 右手を掲げ、陽炎が揺らめくと入れ替わるように眩い炎が生み出される。軽く腕を振るうだけでミナを追うように動き出した炎は、ちょうど大地に打ち付けられ痛みに転がるその身体に覆いかぶさるように命中した。

「……なに?」

 そう、命中した。命中したにも関わらず、火達磨になって転げ回るのではなく平気な素振りで立ち上がったのだ。

 本来であれば抵抗を許さず、魔法もろとも焼き尽くすはずの炎を受けて立ち上がるその様子にまずいという思いが溢れた。

「リリース・極光の聖剣(レーヴァテイン)

 ミナのか細い声がやけに響くと、身を包み込む地獄の業火が両の手に集まりだし、ミナは芳幸に向けて手を突き出した。

 受け続けた桜色の光弾、そして身に受けた炎をすべて吸収し分解、別の魔法に再構成して分割した大魔法。

 静かな風が吹き、第一射がミナの前方を大地ごと、その先で試験を受けている魔法使いごと消し飛ばし桜の花びらを散らす。

 明らかな過剰攻撃、それでいて吸収した力をすべて吐き出すまで第二射、三射……と放ち続けた。

「…………。」

 幾度も連続して撃ち出された死の攻撃を受けたはずの芳幸は、されど何事もなかったかのようにその場に立っていた。すでに足場たる大地もないというのに。

 残った最後の一撃を放つが、それでも今度は土煙が収まる前に内から吹き荒れる風で視界が通った。やはり無傷、そして虚空に立っている。

「無駄だ、もうどんな攻撃も通用しやしない」

「異相位空間に逃げ込んだ……?」

 導き出された仮定の中で最も可能性が高いものがそれだった。

 こちらからの干渉はできず、さりとてあちらからの干渉はできるという厄介なもの。

「もう、俺はあの時とは違う。チェックメイトだ、大人しくリザインしろ」

「で? 雑魚ポーン相手にそんなことをしても意味がないが」

 自らのことを雑魚と言い、そして魔法ではなく一振りのナイフを取り出した。まるで火災現場に置かれていたかのような黒いナイフだ。ミナはそれを逆手に持って構える。

「何のつもりだ? ……まあいい、これでさよならだ。フェンリア!」

 芳幸が右手に桜色の聖剣を顕現させ、桜の花びらを連れて一気に距離を詰めた。

 すべてを焼き払い切り裂く聖剣。

 そして迎え打つは少女が握るナイフ。

 聖剣とナイフの一瞬の交差。

 結果は明白だった。

「ぁ…………」

 肩から腰にかけて心臓にまで達する深い斬撃を叩きこまれたミナは、その身を自身の鮮血に染めて地に伏した。明確な死。

 決して助からないであろう致命の深手であることは即座に理解し、そして思考が霞んだ。たとえこの場に高位の回復に特化した魔法使いがいたとしても治癒はできないだろう。

 その傷を刻み込んだのはレーヴァテイン。

 どんな癒しも焼き払い無効化する。

 だが死闘の勝者として立つのは芳幸ではなかった。

「ナイフ……お前、それは……!」

 聖剣で別の何か、ミナの身体の中に埋め込まれていた固い何かを叩き切った感触。

 そして聖剣から流れ込んでくる〝浄化〟の力。天使たちが振るう魔を滅する神聖な力が芳幸の身体の中で暴れ、魔力の拒絶反応で瞬く間に限界を迎えて倒れた。

 事切れたミナの身体は一瞬ノイズが走ったかと思えば跡形もなく消失し、芳幸の身体からはふわりと透明な何かが浮かび上がるとすぅっと消えていった。


 もう一度芳幸が意識を取り戻した時には、目の前に見慣れた桜の木が在った。

 島の中で一番大きな桜の木。魔法大戦で生き残った桜の木。

 思えば始まりもこの場所だった、だからだろうか、無意識にこの場所に戻ってきたのだろう。

 彼女と出会ったのもここが初めて。彼女と一緒にいると不思議と心地が良くて、ついついいろんなことを話してしまっていたあの頃。

 桜の木の下で出会い、魔法大戦の終局まで運命を共にしたサクラという名の彼女。

 幻でも見ているのだろうか、すでに死んでしまったはずの彼女が桜の木の下にいた。

「おかえり……マスター」

「……ただいま、サクラ」

 それは永劫に続く彼の戦いの終わりなのかもしれない。彼女を失ってから、取り戻すためにいくつもの戦場を渡り歩いてきた苦しいだけの道を安らかに終えるための。

「マスター……もっともっといっぱいいっぱい一緒にしたいことがあったけど……でも」

「サクラ……」

「もっといろんなところに一緒に行きたかったし……」

「…………、」

「一緒にお花見をして、海水浴に行って、紅葉狩りをして、雪合戦もして……また一緒に桜の花をみたかった」

「……そう、だな」

「ずっとずっと、マスターずっと一緒にいたいから……だから私、いままで待ってたんだよ」

「ごめんな、サクラ。けどこれからはずっと一緒だ。サクラがやりたいこと、全部やろう。なんだって付き合ってやるよ、時間は……なさそうだけどな」

「うん……そうだね。そんな日常って、きっとすごく楽しいかもしれない……けど」

「けど?」

「あのね、一つ我がまま言ってもいいかな?」

「言えよ。俺とお前の仲だろ、気にするなよ」

「……マスター、私の最後の力を使ってあの人を倒してくれない、かな」

「なに、言ってんだよ」

「あの人、まだ死んでないよ。マスターと二心同体の私だからわかる。マスターの目を通してずっと私、見てたから」

「あいつが死んでないつっても、俺が死んでるだろ」

「大丈夫だよ。マスターの力は〝戻す〟ことなんだから。ほんとのほんとにお別れだけど、マスターには生きてて欲しいから。だめ、かな?」


 同じように。

「一撃で死んだか。なんとも情けない」

 少女は、ミナはどこまでも深い深淵の闇の中で、鼻で笑うような声を聴いていた。

召喚者マスターが死んだらほかの被召物スレイブが困るだろうが」

 それは最も信用出来て最も恐れるべき大切な人の声。

「まあ、向こうは一回二回程度と言わず、魔力が続く限り復活してくる。力不足なら手を貸してやろうか?」

 大きな闇に、虚無に吞まれかけていた少女は、ゆらりゆらりと虚構の海の中を漂いながら、既に停止しかけていた思考を巡らせ始めた。

「汝が深淵を見つめるとき、深淵もまた等しく汝を見つめる。干渉できずともリンクが確立されてしまえばこちらからも干渉できる」

 ゆっくりと自我が溶け始め、虚無に融合しかけていた少女は、動き始めた思考で再度自分という存在を確立させて動き始めた。

「深淵には何があるか分からない。すべて不確定だ。だが不確定だからこそすべてがあるといえる。お前がそこに何かを見出せば、それが確定する。これは逆も言えることだ。気を付けろ、妙なものは要らん、お前がお前であればいい」

 ぼやけた視界を僅かながらに取り戻し、そこに浮かぶ何かを捉える。

 すべての情報が混ざり合って溶け合って消えていく深淵。

「お前はお前だ。お前は〝一人〟であって〝独り〟じゃない」

 ようやく寝ぼけた思考が回りだし、いかにこの状況がおかしなものか理解する。

 ついさっき自分は間違いなく破壊された。

 僅かな疑問を挟み込む余地もない。確実に聖剣で存在の核を消し飛ばされ、この命は、この存在は消失した。それは決して覆ることのない現実であり変えようのない現実。

 だったらなぜ、再び思考は動き出し、この状況を認識しているのか。

「変わりはいくらでも召喚できる、だがお前という召喚物は二度と召喚できない。しっかりと意識を保て、まだ戻れる、まだ〝戻せる〟」


 こふっと血を吐き、即死の傷から血を溢れさせながらミナはもとの場所に立っていた。

 自分の存在していた過去の情報(せかい)から必要な要素だけをサルベージして、そこにあるはずのない情報を固定し続ける限り死んでいながらも存在し続けることができる。

 同様に芳幸も自分の存在を過去から復元して固定し続けることで存在を維持していた。

 次の瞬間にでも魔力が切れたなら、その時には間違いなく消滅する。

 生存という情報を固定すること、生きているという過去を固定すること。その魔法はそう長く持つものではない。本来ならば瞬間的に発動して使うはずの力を連続して使い続けるのだ。魔力という命の灯はロウソクをライターであぶり続けるようにあっという間に溶けて消えていくだろう。

「サクラ……」

 ぽつりとつぶやくと桜の花びらが舞い散り、付き従うように柔らかな桜光の陽炎が寄り添う。最愛の相棒からもらった最後の時間だ。これで負ければ何もない消滅だけが待っている。約束した、だから負けられない。

「スコール……」

 かつて殺したものの名を呼べば青白い力が身を包み込んでいく。彼とは分かりあえたとは思っていない。それでも確かに通じるところはあった。彼の生きる時間を奪い、彼の居場所を奪って自分が入り込んだのだ。それでも恨まずに死してなおも力を貸してくれるのは……。

「終わらせようか」

「……失せろ」

 互いに残された時間は少なく、魔力も手札も限られている。

 そうなれば芳幸が取り得る手段は最速で当てることができる決定打を先に相手に叩きこむこと。

 だとすれば、待ち伏せから不意の一撃を得意とするミナの攻撃は相手が油断しているときに一撃で大ダメージを叩きこむことに特化している。それすなわち正面から向かい合ってぶつかり合うことは苦手だということ。

 だけど、状況がそれを許さないのならばそれができる状況を新たに創り出してしまえばいい。なにもミナの待ち伏せとは見つからないように隠れておく必要が必須ではない。相手に悟られないように擬装して待ち構えることでもある。

「消えろフェンリア!」

 ダッ! と芳幸が大地を蹴った。それと同時にミナの前後左右さらに上から無数の桜色の光弾が放たれる。

 ミナは反射的に防御するでも狼狽えて焼かれるでもない。静かに目を閉じて意識を内側に押し込んで、紙一重の動きでそのすべてを回避していく。

 目で見て動く必要はない、どうせその認識は追いつけないのだから。

 耳で聞いて探る必要はない、どうせその音が聞こえるときには死んでいるのだから。

 手で持って武器を振るう必要はない、どうせその攻撃は届かないのだから。

 その様子も見てどう考えたか、否、考えるよりも先のことを思い出したか。ナイフの反撃でやられた、しかしあのナイフはどこにも見当たらない。ならば同じように切り裂いてしまえばいいと。

 最後の一発を躱したその身体に、あと一歩の距離から引き裂くように極光の聖剣は振るわれた。

 確実にその身体を引き裂いたかに見えた……が。

「なにっ」

「空間もろとも食い千切れ」

 身体は霧のように薙ぎ払われ、払われた青い霧が狼の顎を模って芳幸と付き従う桜を嚙み砕く。

 飛び散る赤い飛沫は少女をすり抜けて大地を穢し、溢れ出した力が、取り込まれた桜の光が少女を満たしていった。

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