僕は弟子を殺す覚悟を決める為に
霧で模られた真っ白な狼がその小柄な人間の首に食らいついて鮮血を散らし、瞬く間に息の根を止めてしまう。霧の幻獣を使役していた青年は、ネーベルは暗い表情で狼に群がられて赤黒い残骸に変わっていくそれを見て、そっと目を閉じて立ち去った。
「これでいい……? 僕は……ううん、決めたじゃないか。目的の為には誰にだって容赦はしないって……だから、いいんだよ」
自分に言い聞かせる為にしっかりと、後悔も何も、最初からあの為に何もかも投げ出すと決めたじゃないかと声に出す。
腕を軽く振って魔法を解くと霧に戻った狼が霧散して跡形もなく消える。後に残ったのは魔法使いの殺し屋だったもの。魔法使いの試験内容を知る者をことごとく葬り去る、魔法使いを専門に付け狙うハンターたち。
かつて試験内容に納得できず、試験から逃げ出した。それが原因だ。
「……ねえ、そこで隠れてみてる人たち。やるんなら、僕、容赦しないよ?」
魔力を鋭い刃の形にして飛ばすと頭ではどうもないと分かっていながら斬られるような気がして、隠れていた魔法使いたちが揃って逃げていく。その背に向かってネーベルは無慈悲に霧の幻獣を放った。叫び声はなく風に乗って人が潰れる音と血の臭いが流れる。
空間のエレメント。ふっと体に浮遊感を覚えたかと思えば、山頂に立っていた。
不自然さがよく分かる。
右を見れば砂と岩の砂漠、激しい落差と砂と岩の色ばかり。
左に目を向ければ彩られた大地。緩やかに連なる高地、尾根から峰、峰から谷へと草木に覆われ濃い緑と紅葉とが相まってまた不自然さを増している。
そして下を見ればネーベルを探して彷徨い歩くラズリーの姿が見える。追跡者を探知すると同時に何も言わずに転移したためはぐれたとでも思っているのだろう。水を足にまとわせて山頂からかなりの速度で音もなく滑り降りて、気づかれることなくラズリーの後ろに立ってあたかもたった今見つけたかのように振る舞う。
「ラズリー」
「シショー! どこに行ってたんですか!」
「ごめんごめん、ちょっとよそ見してたらね……」
ちらっとさっきの方向を振り返って幻獣を開放する。完全に排除するよりも適度に恐怖を覚えた残党を残しておくといろいろとやりやすくもなる。
「そういえば魔法使いの試験の内容って知ってる?」
「いえ、知りませんけど。シショーは知ってるんですか?」
「いいや、知らないよ。着いてからのお楽しみだね」
本当は知っている。
参加者の半数以上は死に至る。いかに試験が過酷であり危険なのか、その言葉がよく表している。
ある理由によって死者数が半数を下回ることは絶対にありえない。ネーベルはその理由、その試験に直面したときに試験官の意向に逆らって無理やりに試験を突破し、その後のもう一つの理由に、試験に直面したときに、課題を達成できなかった。しなかった。
「シショーシショー! はやくいきましょう!」
「そうだね、あの場所だけは魔法使いの数が多いから魔物の数も少ないし物資もあるし……」




