美しくも荒れ朽ち果てたこの世界で
ピピピピピピピ
時間どおりに律儀に鳴った腕時計のアラームを止めて、彼は起き上がった。
「ん、んーーーーっ」
大きく伸びをして、目を開く。
「おはよう、世界」
朽ちたビルの屋上から見渡せる世界は、もはやかつての光景を思い出せるだけの形が残っていない。
〝大戦〟と呼ばれる、地上のすべてが争った彼の戦争で世界は壊れてしまった。量子兵器の使用に伴い、莫大なエネルギーが使われ始めた結果、暴走。その惨事は空間そのものを破壊して別世界とつなげてしまうほどの大災害を引き起こし、流入してきた種によって人類のほとんどが死滅することで〝大戦〟は終わりを告げた。
「さてと……今日の朝ごはんは……アレにしようかな」
彼の目が捉えたのは、ビルの下にあるアスファルトの道路の残骸の上を歩いている異形。流れ込んできた種、一般的に一纏めにして〝魔物〟と呼ばれているそれだ。
人類の携行兵器では押し切ることができず、戦車や戦闘機の戦闘力をもってしても、それを上回る機動力と破壊力によって〝食って〟しまう化け物。最終的にはどこかの国が空間の割れ目に核を撃ち込んだなんて噂もあるが、結局はそれすら〝食って〟さらなる強化を遂げた異形たちは、生き残った人類の脅威になっていた。
だがそれでもなぜ人類が生き残っているのか?
理由は二つだ。
一つ、〝魔物〟と一緒に流れ込んできた別世界の住人たちとの接触。これは大部分が人類の敵であり、友好的なごく一部の住人たちだけが助けてくれている。
二つ、別世界の〝理〟によってこの世界が浸食されたことにより、〝魔法素子〟と呼ばれるものが発見されたこと。これにより、人類は新たな力、〝魔法〟を獲得した。当初は突然魔法の力に目覚めた者たちによる犯罪や差別、争いが頻発して混乱が起きた。だが、やがては終息し、〝多くの〟人間が魔法を〝所有〟するようになる。
誰もが使える通常魔法、似通った力ではあるが一人一人がもつ固有魔法。
魔法の行使にはもっとも思い入れのあるものを媒体にする必要がある。それは〝法機〟と呼ばれている。
「あれ? ほかのテリトリーの人たちもいたんだ」
獲物に向かって飛び降りようとした途端に、周りの瓦礫の隙間や朽ちた建物から人間たちが飛び出して魔物に襲い掛かる。
だがそれはあまりにも無謀な争いだ。法機を持つ者がいない、つまり魔法使いがいない。魔物を通常の方法で仕留めることは決して不可能ではない。現に砲クラスの攻撃を数発撃ちこんで小さな魔物を倒した例はある。しかしそれほどの火力をもってして倒せるのだ。鉄パイプや鎖、ナイフ程度ではどうすることもできない。
彼が見ている間にも、毛のない犬に龍の鱗をつけた姿の小型の魔物は、長く鞭のようにしなる尾で群がる人間を薙ぎ払う。今の一撃で何人が致命傷を負ったことだろうか。こんな世界だ、医療品は貴重であり、小さなことでそのまま死んでしまうことは昔よりも遥かに増えている。
「まったく、無茶をするなあ」
瞬く間に勝敗は決した。ケガをした者を置いて人間たちは逃げていく。魔物は餌として置いて行かれた人間を食らう。
助ける義理はない。基本的に魔法を使える者はたくさんいるが、すべてではない。使えなかった者は使えなかった者で魔法使いの下で動くか、今のように独自に集まって生き抜くかだ。
「すぅ……はぁ」
彼はビルの屋上から飛び降りた。
眼下に見える魔物の首めがけ、蹴りを叩き込むとそのまま手を開いて魔物に押し付ける。
「爆ぜろ!」
赤色の燐光が散り、その瞬間に車の衝突事故のような轟音が響き渡った。
彼が放った魔法だ。言葉かイメージか、ほかにも魔法の使い方あるがこれが彼の使い方、法機を使わない魔法。彼は外の住人だ。
タンッと魔物を蹴ると、綺麗な弧を描いて宙返りをし、その途中で道路に狙いを定めて手の平から鎖を撃ち出す。よく見れば肌に触れるか触れないかの微妙なところに空間の歪みが発生している。
軽く受け身を決めると、膝立ちの状態で魔物に手を向けて火炎弾を連射する。恐ろしく精度のいい攻撃は、狂いなく魔物の頭部を破砕して吹き飛ばし、絶命させる。
「狼と竜の複合種かぁ……おいしいのかな」
固い鱗に覆われた腹を蹴ると、ドバッと血が噴き出す。
まあなんにせよ、食べるのであれば血抜きをしてからだ。
なにか以前にもこういうのをやった気が……
いや、やりましたね
『日がなスライムの日常』と『日がなオオカミの日常』っていうタイトルで