ドッペルゲンガー
警吏官、というのを知っているだろうか。平たく言えば、魔術専門の警察である。彼らは特に大阪府手野市にある手野大学魔術学部ならびに文化学部に常時滞在している。こここそが、国内魔術教育の基礎になっているところであるからである。
彼らは警吏法をはじめとする法令によって、逮捕権などなど、さまざまな事柄を行うことができる。特に重要なのが、魔術犯罪の捜査だ。魔術が行われていると思われる犯罪については、警察と協同し、または単独で捜査を行うことができる。いざとなったら、判事に対して逮捕状の請求もできるほどだ。
手野大学では、そういうこともあり、特に魔術系学部がある第3キャンパスでは、うわさが多い。今回警吏官が調査しているドッペルゲンガーも、そのうちのひとつだ。
「いやはや、しかし何も証拠がないな」
「仕方ないさ。そういうものだろ」
大学の放送部からの親友であり、今も親交を絶やさない二人組みが、背広を着たままで、大学の事務棟から出てきている。魔術師の緒方正史と、大型精霊の平塚沢辺の二人だ。魔術師は人間である。だが、大型精霊は、精霊の中でも特に100cmを越す精霊をさす。ただ、平塚はとくに大きく、人型精霊とも呼ばれる160cm以上ある。
「ドッペルゲンガーの監査なんてなぁ。やってられんよ」
緒方が言いつつも、携帯電話を取り出して、上司に報告メールを送る。
「しかし、違法に魔術が使われていたら、それは抑えないとな」
「まったくだ」
そういって、二人は自販機へ向かう。そこでコーヒーを買って後ろを向くと、ふわふわと浮かんでいる人影がいた。
「おい」
平塚が肱で緒方をつつく。
「あれか」
何もいわなくても、すぐに平塚が何を言いたいかを察したようだ。すぐに魔術を使おうとして、懐から御札を取り出す。
「捕まえるか」
「とりあえず聴取だ。何事もなければ、それでいい」
「よしきた」
合図は平塚が出すことにした。
「すみません、手野警吏所の者ですが」
警吏官手帳を見せつつ、そのふわふわしている人影にたずねる。何か気づいたようで、急にスピードを出して逃げようとした。
「緒方っ」
「おうさ」
御札を逃げ行く人影に掲げる。同時に、複数枚を人影に増えるようにすると、実体化し、その場に落ちた。
「……んで、どうしてこんなことをしたんだ」
第3キャンパス事務棟に戻り、その人にたずねる。小型精霊のようだ。年齢を聞くと、まだ10歳だという。
「魔術、使ってみたかったの」
「でも、それはいけないって知ってるだろ。魔術検定受けてないみたいだし」
魔術検定は、指定種族に限って小学校に入学と同時から受けることができる。3級になると、学校で魔術を習っていなくても、政令によって指定された魔術を使うことができる。浮遊術はそのうちのひとつだ。
「このままだと、ご両親に話さないといけなくなるなぁ……」
それを緒方が言うと、びくっと震え始める。
「ごめんなさい、もうしないから……」
緒方と平塚は若干目を合わせてから、平塚が言った。
「じゃあ、今日は見逃してあげる。反省しているみたいだしね。でも、次はないよ」
「わかった」
泣き顔のまま、笑顔になった少年は、それから家に帰った。
「あーあ、結局ドッペルゲンガーは何かはわからなかったな」
「まあな」
帰りの車の中、緒方が運転しながら言った。
「それでも、明日来るかどうかは、上司しだいさ」
「あんにゃろ、面倒な仕事を押し付けよって」
平塚が言うと、ピロリンとメールが届いた。
「……聞こえてるぞだとさ」
「おやっさん、さすがだな」
あーあとため息をつきながら、緒方が警吏所へと車を飛ばした。