招かれ梅雨の塩梅に甘露。
今年も梅は豊作だったようで、私たち家族が梅もぎに招かれたとき既に三組の親族の方々が訪れた後であったというのに、低く低く育つよう剪定された果樹のたった三本からしか採っていないという実りようであった。しかもその三本には未だ青梅が鈴なりに生っていた。
この残りようであれば遠慮はしない方がよいか……お福分けも鑑みてたくさん採ろう、と、夢中になって採った実は三十キロの米袋のふちいっぱいになるまでとなった。
むむ、持ち上げられない。
仕方なしに上部の梅をバケツにとり、袋の口を閉じて抱き抱えるように持ち上げることにする。腰を低く据え、がっしりと袋を底付近から抱え込みそのまま体ごと上へ持ち上げる。よろよろと数歩歩いて、ほうほうのていで車の後部座席へと置く。車が近くに停められるようになっててよかった。
……帰ってからは二人がかりでないと無理そうだ。せっかく我が家には力自慢の娘がいることだし、手伝ってもらうとするか。
* * *
梅酒はまだ去年と一昨年のものがほぼ手つかずで残っているから今年も一瓶でいいだろうか‥‥‥。氷砂糖は一キロを八つ‥‥いや、念のため十買っておこう。瓶も追加で五つ買って‥‥甲類焼酎は‥‥去年のホワイトリカーまだあるから一本でいいか。
梅雨入りしたというのにこの洗濯日和。梅の天日干しに丁度いい。一晩水につけてアクを浮かせた青梅を平笊に空ける。天気予報さまさまだ。直径一メートル三つでは足りず、急遽追加で四つの竹平笊を買いに走る。倍以上必要だったじゃないか。何故気づかなかったのか。
五月(旧暦)の晴れ間は短い。絶好の日和なのだから、今日で済ましてしまうべきだ。
ころころと青梅が干されているころにお昼ごはん。
家の畑で採れた初物の茄子。豚肉とピーマンで味噌炒めにしたところ身が詰まっていて美味だった。頂き物のごんぶときゅうりもあることだから、少し早い夏を楽しむのも良いかもしれない。
干した梅を日が傾く少し前に回収し、ひとつひとつ丁寧に焼酎で拭き、ヘタを楊枝で外す。済んだ梅は、熱湯と天日で消毒を済ませた漬け物用の大樽の中へ。一面埋まったなら氷砂糖をその上に敷き、交互になるようただ繰り返し拭いて、ヘタを取り、投げ込む。
地味で鬱々としたこの単純作業こそが青梅しごとの醍醐味であると思う。熟し梅ならばここで傷の有無まで確かなければならないのだけれど、酒類や砂糖に漬けるのならば多少の傷はむしろ風味を増してくれる。わざわざ梅割り器で割ってから漬け込む人もいるくらいだから、それは確かだ。
‥‥あっ、しまった。
梅酒用を分けるのを忘れていた。途中で気がついてよかった‥‥。忘れないうちに別にしておこう。
すべて漬け終えたら、大樽には梅が潰れない程度に重しをして、青梅と氷砂糖を交互に入れた八リットルの保存瓶には焼酎を注いだ。梅酒の方は漬かりきるまで毎日上から焼酎をかけなければならないので、忘れないように日課に書き足しておく。
外はもう真っ暗だ。
お夕飯、お夕飯。
いんげんも新じゃがも鳥モモ肉もあるし、玉ねぎは確かこないだの新玉が残っていたはず‥‥。今日は肉じゃがにしましょうかね。
先の土曜に加勢してもらって掘ったばかりの新じゃがたちをゴロゴロと米袋から出す。
赤い芽のじゃがいも。男爵でないならじゃがいもではなく馬鈴薯と呼ぶべきだろうか? とりあえず赤い芽の馬鈴薯を鍋に入れていく。もちろん例年通りメークインも男爵もあるのだけれども。新しいものを試したくなるのが人間というもの。
鍋が三分の二ほど埋まったところで残りの芋を袋に戻し、台所のシンクに鍋を置いて蛇口をひねる。
水を溜め、スチールタワシでもって皮ごと馬鈴薯に着いた土をこすり落とす。これには芽とその付近の皮や固い皮は残ってしまうという欠点があるうえ、身を削ってしまうこともある荒業だけれど、まあ効率を重視する分には仕方がない。
粗方洗い終えたらまな板を出し、一つずつ、残った皮と芽を除いていく。人参の皮は包丁の背でこそげるようにすると、食味を損なわずに皮の栄養もある程度摂れるうえに皮剥きが素早く済む、一石三鳥の手抜きだ。
切った根菜を水洗いした鍋に入れ、油を回しかけて火にかける。
その間に鶏肉を大きめの一口大に切り、油を引いたフライパンに清酒とともに入れて強火で炒める。
焦げつかないようにと、鍋とフライパンを交互に揺すりながら窓の外を見遣る。泥蛙がせわしいなあ、明日はやっぱり雨かしら
ん。っとと、表面焼けた。
焼き色のついた鶏肉を鍋に入れ、冷蔵庫から昆布鰹出汁を出してニカップほど注ぎ、冷凍庫から石突きを落とした椎茸も出して厚く切って四つほど投入。沸騰するまでの間に薄皮を剥いた玉ねぎをくし切りにして、砂糖、醤油、薄口醤油とともに鍋の中へ。
さて。あとはいんげんを残すのみ。
お味噌汁にでもかかるとしますかね。
半フィクション。