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第八話 大汗虚報主義

よろしくお願いします。

眩しっ!

っと思ったのは一瞬だった。

目を閉じて開けばあら不思議、我が家の門の前にご到着。


こんな事を言っても意味が分からないだろうな。

なんせ光が収まったと思ったら家の前に転がっていたんだから。


けど大丈夫、俺も意味が分からないから。


「…………」


現状を把握するべく辺りを見回すが、周りはすっかり暗くなり、空には満点の星空がひしめき、虫達の小さなストリートライブの歌声がそこかしこから聞こえてくる。


いつまでも地べたに寝転んでいる趣味は無いので、とりあえず起き上がり身体の前面に付いた汚れを払う。


「ついさっきまで死にそうだったのに……夢……なわきゃねーよな……」


パタパタ。

あっ、こんな所にも葉っぱがついてる。


「うーん……痛い、な」


左手で左の頬をギリギリとつねるが痛みはビンビンに脳髄を刺激する。


あ、これは夢の中でやるやつだな。

今やったとてただの自虐行為にしか過ぎないわ。


ばたぱたぱた。

気を取り直して足、腰、胸、腕、顔と順々に葉っぱや砂粒を払い落としていた時、俺はある事に気付いた。


俺今、どっちの手でどこをつねった?

今どの手でパタパタしてる??


払う手を止め、その手に視線を向ける。

右手、よし、左手、よし。

グーとパーを交互にしばらく繰り返し、現実をゆっくりと受け入れていく。


「お、おぉふ……!」


あるじゃん左手!


ってある訳ねーだろ!

何であるんだよ!

いや有るのは凄い嬉しいよ!

僅か二歳半で片腕とか嫌だし!


「どっから夢でどっから現実なんだ?まさか全部夢でしたーとかねーよな」


ビッグマウスに喰い千切られたはずの左腕を満遍なくさすり、これが夢で無い事を実感する。

だが変だ。


左腕の動作にはなんら問題は無いのだが、一つだけ気になる点がある。

帰ってきた俺の左腕がやたらと冷たいのだ。


冷え切った鉄を触っているような感じと言えば良いのだろうか。

試しにつねったり殴ったりしてみたが、感覚はある、が、痛覚が無い事が発覚した。


「訳わかんね……」


諦めにも似た溜息を吐き、左腕を凝視していると、突然目の前にウィンドウのような物が現れた。


--イージス--


索敵範囲内:敵対者無し

危険度:トリプルオー

稼働率:テンパーセント

システム:フルオート

モデル:左腕

モード:アイドリング

生体リンク先:黒月狼(フェンネル)、成長期

ソース:ナゼナニ大辞林、イージスアーカイブ (未解放)


……。

…………。

………………。

駄目だ。

考えても無駄だ。

分からない事を考えたって分かるはずが無い。


半分投げやりになりつつ、目でウィンドウをなぞっていく。

カーソルでも出るか?と思ったがそうでも無いみたいだ。

ただ、見たい項目に集中するとそこから別の情報が記されたウィンドウがポップアップする。


⚪︎イージス:神具イージス。システム発動中対象範囲内をサーチ、解析、警戒を行う。物理、魔法を問わず所有者への攻撃を自動で防御、及び反撃を行う。所有者の意思により形状変化が可能。


神具と来たか……そうか、神具か……。

こりゃあまいった。

でも待ってほしい。

そもそも神具ってなんだ?

神の具か?

絵の具みたいなもんか?

……違うだろうけど。

神を冠するんだからなんか凄いんだろ。

分かんないけど。

説明の内容は凄い。

……それはなんとなく分かるな。


後の項目は見たまんまだったので大した事はない。

どうやらこの神具イージスとやら、俺の左腕になってくれているようだ。


図らずも義手ゲットだぜ!


しかも所有者の意思に応じて形状変化が可能と書いてある。

だが、永らく封印されていた事と封印が解けて間も無い事もあり、その変化具合には制限があるみたいだけどな。


これは稼働率が上がれば色々と便利そうだ。

その条件は不明だが、これでルルイエ達に心配をかける事も無いだろう。


システムってヤツもフルオート、セミオート、マニュアルの三段階に調節出来る。

フルオートだと有事の際勝手に左腕が動くらしいので普段はマニュアルに設定しておこう。

何でもない時に動いたらそれこそ有事に発展しかね無いからな。


そういえば生体リンク先がエグゼスになってるが……そうだ!エグゼスはどこだ!?

慌てて周りを見回すと……いた!

俺から数メートル先に月明かりに照らされた中で不自然に黒い物体がある。

やたらデカイが……恐らくアレがエグゼスだろう。

近付いて変わり果てた巨体を優しく撫でる。

あんな惨状だったのだ、生きてはいないと思ったが--。


「グウウゥゥ……」


エグゼスは生きていた。

どういう訳かねじくれていた四肢も突き出した骨も吹き出した血も綺麗に元通りになっていて

戻っていないのは二メートル程まで大きくなった体躯だけだった。


エグゼスの種族である黒月狼(フェンネル)には幼年期、成長期、成熟期という三つの成長段階が存在する。

本来なら十数年かけて幼年期から成長期へと移行するのだが、エグゼスの場合、イージスから漏れ出た可視化出来る程濃いマナであるあの謎の霧を吸収した影響で強制的に成長期へと変異した。

とイージスの説明欄に載っていた。

ご都合主義もいいとこだがこれは実に助かる。


成長期になると体長が二メートルから三メートル程まで成長し、スピード、パワー、知力が十倍に跳ね上がり言語を理解する個体も出るそうな。

一番驚いたのはエグゼスの種族である黒月狼(フェンネル)は古代種であり、戦闘能力に秀でたバトルウルフだという事、現在ではその存在は希少で絶滅したとの推論もあるようだ。


ソースがナゼナニ大辞林となっているのが少し締まりが無いが、イージスアーカイブが未解放の為、俺が懐に入れていたナゼナニ大辞林の知識を吸収したとかそんな所だろう。

身近過ぎて黒月狼(フェンネル)を調べていなかった俺のミスだな。


「やれやれだな……しっかし……俺はともかくエグゼスの事どう説明すりゃいいんだよ……」


イージスのウィンドウを閉じ、深い溜息を吐いた俺は、突然大きくなってしまった相棒のシルクのような黒く艶やかな体毛をしばらく撫で続けていた。




***




「た、ただいま〜〜……」


あのまま地面に座り込んでいるわけにもいかず、腹の虫が鳴ったのをきっかけに俺と目を覚ましたエグゼスは意を決して家の扉をくぐったのだった。


「あれ、おかえりー早かったね?!てっきり帰りは明日になるかと思ってたよ〜!」


あれ?

明日になる?

なんでだ?

ここはこう「ノワール!心配していたのよ!ママに心配かけるなんて悪い子ねっ!」みたいな展開を心に描いていたのだけど。


「母さん怒ってないの?」


「早く帰って来たのに何で怒るの?」


「早いの?もう夜だよ?」


「早いわよ?まだ夜でしょ」


駄目だ、(らち)が明かない。

誰か通訳してくれ。

あっ丁度いい所にレックスが!


「レックスただいま」


「おや、ノワール様お早いお帰りですな」


「それ母さんも言ってるんだけどさ、もう夜でしょ?これで早いの?朝早く出たんだよ?」


「ええ、まぁ。この村の村長殿は話が長い事で有名な名物爺ですので……気に入った相手や初めて御使いをした子供にはそれはもう様々な話をして頂けるのですよ。無駄話から自慢話、役に立つ話から自慢話まで……日を跨ぐ事などざらでありまして」


「あ、ははは……そうなんだ……」


「そんな事よりエグゼスを知らないかしら?夕方地震が有ってね、その時に家を飛び出して行っちゃったのよ」


別に悪い事をした訳じゃ無いのに何故か背筋が伸びる。

成長期になったエグゼスは玄関の横でお座りをしてちゃんと待たせてある。

が、しかし、いきなり二メートルぐらいの大熊みたいに変化した事をどう説明したものか……

ルルイエの事だから大丈夫かも知れない、とは一瞬思ったけどな。


「え、エグゼス……?」


「そ。ノワールが出掛けてからソワソワと落ち着かなくてねー庭で遊ばせてたら突然地面が揺れて、揺れが収まったと思ったら凄い勢いで飛び出して行っちゃったのよ……ノワールが帰り道で見かけなかったかと思ってね」


揺れとは俺が巻き込まれた地滑りの事だろう、獣的直感か何かで俺の危機を感じ取ったのだろうか?

それにしてもあの時はピンチに参上エグゼスマン!みたいな感じでカッコよかったな。


さて、ここは素直にエグゼスを見せればいいか。

俺が悪い訳じゃないしな。

不可抗力ってやつだ。


「エグゼスは迎えに来てくれたんだよ。ほら入れよ」


そう言って一歩引き、玄関脇にお座りしているエグゼスを中に入れる。


「ちょっ……エグゼス……なの?」


「これは、何とも……」


のっそりと玄関をくぐるエグゼスを見てルルイエとレックスが一瞬たじろぐ。

つい半日ほど前までは大型犬の大きさだったペットがいきなり大熊のような大きさに変わっているのだ、たじろがない方が無理ってもんだろう。


体毛は黒いままであり、四肢も太く逞しくなってはいるが見た目は小さいエグゼスのままだ。

「何よこれ!今すぐ捨ててきなさい!」なんて騒動にはならずに済みそうだ。


「迎えに来てくれた時、俺は森で迷子になってたんだ。クラッシュボアに襲われそうになった時にエグゼスが守ってくれて……クラッシュボアを倒したと思ったらエグゼスがこんな姿になったんだ」


……我ながら無理矢理過ぎる説明だとは思うがこれくらいしかフォローのしようが無い。


黒月狼(フェンネル)の成長期なんて初めて見たよー!いつかは見れると思ってたけどこんなに早く見れるなんてね!よくやったよエグゼス!よく私のノワールを守ってくれた!よーしよしよしよし!」


「ルルイエ様が拾って来た時にはどうなる事かと思いましたが……こんなにも立派に育って……不肖レックス感激でございます……!」


二人の反応に今度は俺がたじろぐ番だった。

今の説明で納得がいったらしい。

後になって分かった話だが、魔物の中には成長過程で突然形態変化する魔物も結構いるらしい。

大体が前よりも数段強かったり、洗練された姿形になるため、進化、という枠にカテゴライズされるんだと。

そんな裏付けがあったため、俺の説明は見事にこの世界観に沿った言い訳に変身したのである。


「はぁ……ねぇ母さんお腹が空いたよ。ご飯食べたい」


「そうね!今日はエグゼスも進化出来てノワールも早く帰ってこれて嬉しい日ね!久しぶりに母さん頑張っちゃおうかな!」


「母さんが頑張る?」


「そーよー?今日はお母さんの手料理、振舞っちゃうから!」


ふんす!と意気込んで腕を捲り、ささやかな力こぶを見せつけてやる気をアピールするルルイエだったが、それを見て青ざめる人物が一人。


「い、いえいえ!ここはこのレックスと駄メイドリリンにお任せ下さい!全力で満足のいくご馳走をご用意させて頂きますので!ルルイエ様はノワール様とご歓談でもしていて下さい!」


いつも冷静な執事であるレックスが異様に取り乱し始めたのだ。

騒ぎを聞きつけたのか家の奥からメイドのリリンもこちらに全力で走りながら「いけません!いけませんよ奥様!それだけはいけませんんんんん!」と半泣きになって懇願している。


聞こえてたんかい、という突っ込みと気付いているなら出迎えてくれてもいいのに、という少しセンチな気持ちがせめぎ合い俺はかなり微妙な困ったような表情をしてしまった。


「ほら奥様!見てください奥様!この坊っちゃまの微妙な顔!疲れて帰って来たのです、ここは食事が出来るまでお二人で村長様の愚痴を語り合うべきかと!」


「せっかくお休みの日なのです!休みの日ぐらい我々使用人に全てを任せゆるりとご自愛下さいませ。ノワール様も積もる話があるご様子、どうぞ水入らずでご歓談下さいませ!」


んが、その微妙な表情が使用人二人の後押しとなったのかここぞとばかりに畳み掛けるリリンとレックスだった。


リリンの言う事は一理あるが、レックスの使用人に全てを任せ、と言ったが、いつも全て任せてんじゃん!なんて突っ込みを入れたかったけれど……二人共何をそんなに慌てているのだろうか?


「いやよ!」


しかし悲しいかな、二人の直訴はまかり通る事なく地べたへと叩きつけられた。

だが今回は二人の意気込みが違うらしく負けじと言葉を返す。


「しかし!」

「やだ!」

「奥様!」

「なんでよ!」

「何でと申されましても!」

「作るし!私作るし!」

「持病の病が悪化しますぞ!」

「ってか誰が駄メイドか!もうろくジジイ!」

「持病なんて無いし!」

「持病と病って意味重複してるんだよジジイ!」

「ちくわ大明神」

「黙れ小娘!私のどこがもうろくしている死にかけのジジイなのだ!」

「小娘って何よおっさん!」

「ちょっと二人共!喧嘩しないで!私が作りたいの!」

「奥様は分かってない!」

「何をよ!」

「ちくわ大明神」

「そう!ちくわ大明神をですよ!……ちくわ大明神?」

「はて、誰ですかな?」

「今の誰?」


「わ、た、し、だ」


激しい言葉の嵐の中、置いてきぼりだった俺はついに嵐を鎮める事に成功した。

ありがとう、ちくわ大明神。

そしてさようなら、ちくわ大明神。

……ちくわ大明神て何だっけかな?

まぁいい、正直身体がだるくて早く座りたいんだ。

玄関先で立たされてる子供の身にもなってくれたまへキミタチ。


「え、あ、うぅ……じゃあせめて一品作らせてよ!それならいいでしょ?」


「まぁ……」


「坊っちゃまがお召し上がりになりたいそうなので一品くらいは……」


いきなり話の腰を折られて勢いを無くしたルルイエは妥協案を出し、リリンとレックスは俺をチラチラ見ながらその案を採用したらしい。

リリンの言い方だと案に俺が食えよって言ってるとしか思えないんだけど。


「よく分かんないけどそれでいいよ。話が終わったのなら座らせて欲しいんだけど……」


「はっ!おかえりなさいませ坊っちゃま!」


「だからおせぇよ!」


「だから駄メイドだというのですよ」

次回更新は6月5日17時です。

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