第四話 大は色々兼ねる
一部汚い表現があります。
食事しながら見るのはお勧めしません。
「失礼致します。おやおや……勉強熱心な事ですな……」
「ありがとうございます、レックスさん」
「レックスで良いのです、私に敬語なぞ使わないで下さい。私はドラゴリウム家の執事でありますゆえ」
「いいのいいの、お礼はきちんとしたいから」
「恐縮でございます」
レックスは手に持っていた替えの水差しとリリンが焼いたのであろうクッキーを机に置いて、俺と二言三言交わした後、静かに部屋を後にした。
俺が目を覚ましたのはついさっきだ。
この部屋に時計は無いのだが、太陽の位置が大して変わってないのでさほど時間は経っていない。
思わずまさかのマナ切れか?!と思ったが、"マナの全て"の一部に【初めてマナを使用してから数回は眠気にも似た意識の低迷が見られるが、これは俗にマナ酔いと呼ばれる症状で、すぐに目を覚ますのが特徴】とあったのを思い出して一安心した所だ。
自分のマナ限界値が初級法術一回分だと知ったら落ち込むどころか人生を悲観するだろう。
まだ若干車酔いのような気持ち悪さは残っているが、何と無くマナの存在が掴めた気がする。
あともう一息って所だな。
ただ法術で練習するのはもう止めにしよう。
興奮してついあんな事をしたが、冷静に考えればペットの爪で自分の腕を切り付けて喜ぶなんて自傷行為に染まる痛い子供にしか見えない。
法術は詠唱の練習だけして頭には呪文のみを叩き込むのだ。
初級法術と言えど覚えておいて損は無いだろうしな。
という事で俺は再び机に向かい、"ナゼナニ魔法入門編"を開いて黙々と筆を進めていた。
遊びをせがむエグゼスには足で毛糸玉を蹴り、持ってくる度に毛糸玉を蹴り飛ばす方法で対処する事で落ち着いた。
エグゼスの往復が速いので、手以上に忙しく足を動かさなければいけないのが難点だけどな。
これもトレーニングだ、うん、無駄が無い。
今開いている"ナゼナニ魔法入門編"もタイトル通り初級、中級の呪文と魔法の歴史、魔法概略が記載されている本だ。
ざっと目を通し、歴史や概略の重要そうな所を
ピックアップして纏めてはいるのだがいかんせん情報量が多い為、日数が経っても作業的には捗っていない。
この本によれば歴史的に魔法と戦争は切っても切り離せない関係だとある。
起源は定かでは無いが、魔法は戦いの中で研磨され、より実用的によりスピーディに使用出来るよう試行錯誤が行われた結果、今の魔法体系が確立された。
クラス的には初、中、上、脅威、覇王、災害、崩壊級がある。
もっとも今の時代に使用されている術は精々覇王級なんだとか。
災害や崩壊レベルは古の呪文として認定されており、伝わっているのは術の効果だけであり呪文の記述も属性も残っていないらしい。
取り敢えず目指すは覇王級だな。
何年かかるか分からんが志は気高く美しくあれだ。
まぁこの本には初級と中級しか載ってないんだけどな。
そこら辺はおいおいって事で最初は基本からガッチリ固めていきましょうよ。
「永遠なりし大いなる腕よ、汝の懐より汝の小さき眷属を我に与えよ、"土塊造型"」
これ、カッコ良さげな感じの詠唱だが、地属性魔術のただ土を粘土状に変化させて自由に操れるってだけな初歩中の初歩である呪文だ。
ちなみに土はルルイエが放置していた悲しき鉢植え達から拝借した物を床に敷いたシーツの上にブチまけている。
土を無から生成する事も可能なのだが、現存する物を利用すればマナの消費も格段に抑えられる為、鉢植えの土をリサイクルさせて貰ってるわけだ。
基本、地属性の魔法は強力だが地味な物が多いのが特徴だ。
どこにでも存在するし、造形物だって元を正せば地属性だしな。
熟達すれば草木も操ったり人工物を砂に戻す事さえ可能になるんだと。
魔法って凄い。
おっちゃんは素直にそう思った。
属性同士にも相性や強弱があるのかと思いきや、そこはマナ加減だったり術の濃さだったりで変化するみたいだ。
火は水に弱いと言うが、放たれる水流を超えた火力を出せば関係無い。
自然の摂理としてある程度の得手不得手はあるけどよぅ、マナさんにかかりゃあチョロいもんよ、てな具合である。
マナって凄い。
おっちゃんは素直にそう思った。
まぁ実際火は風でも土でも水でも消せるしな。
と目の前でモゴモゴと目まぐるしく形を変える土を見ながら考えていると、エグゼスもまた土の動きに夢中になっていた。
モリッと隆起する部分をモグラ叩きのように前足でペシペシと叩き潰すがまた違う所からもっこりするので楽しいやらヤキモキするやらで忙しそうだ。
本来なら先程の詠唱の後、イメージした造形物のモデルを言葉に出すのだが、イメージが決まらずただただ土をこねくり回すだけになっている。
うーむ、イメージねぇ。
まずは簡単な所からいこうか。
どうせなら生き物がいい。
シンプルかつ特徴的なフォルム……。
よし、蛇だな。
蛇なら線だし、線に頭を付けて……。
蛇へびヘビ……。
悶々と念じる事数分、俺の目の前には茶色く細長い物体がウネウネとその身を捩っていた。
「出来た!」
けど。
なんか違う。
頭らしき物は見受けられるのだが他より少し太い程度の出来だ。
これはまるで……う◯こではないか。
しかも動くうん◯だ。
エグゼスまで勘違いして自分の肛門と蛇◯んこをクンクンと交互に嗅いでいる始末。
エグゼスよ、それはお前のじゃ無いぞ。
何がいけないのか……。
そうだ!形だ!こんな形だからいけないんだ!
そしてまたしばらく念じる事数分、目の前でのたうっていた物体は見事なとぐろを巻いてシーツの片隅に鎮座ましましていた。
「完全にう◯んこじゃねぇか!ギャグかよ!こんなんガキしか喜ばんわ!」
とは言いつつ、俺の顔はそれはもう素晴らしい程にニヤニヤしていた。
だって動くう◯こですよ?
とぐろ巻いてしまっているんですよ?
面白いじゃあないですか!
これに気を良くした俺は、脈動する土から二個三個と様々な形の蛇擬きを作成していった。
五個目を作り終え、六個目を作成しようと思った矢先、ある事に気付いた。
「あれ……こんなに多かったっけ……」
鉢植え五つから借り受けた土は有限であり、せっせと作り上げた作品の数からしてもう無くなってもおかしくないのだが脈動する土は意思を持つようにうねり、先程と大して変わらない体積のままエグゼスと戯れていた。
「おかしいな……何か増やした感ハンパない……あれ?っつーか俺、あの後完成系のモデルイメージしただけで詠唱しなかったよな、何でこんなに作れたんだ……?」
本によれば詠唱を正しく行わなければ魔術は発動しないって書いてあったよな。
うーん、わからん。
試しに蛇以外の物でも作ってみるか……詠唱無しで。
土の塊は元気が無くなってきているようで、モリモリと隆起していたのが今ではさざ波のように頼りない動きになっている。
この"土塊造型"の効力は大して長くない。
遊びは止めて真面目にやろう。
そうだな、無機物かつシンプルかつ特徴的……やはり俺と言えばアレだな。
前世の記憶の中で俺を形作るピースの一つを思い描きながら、土塊を少し取ってギュッと握り締めた。
やはり慣れ親しんだ物だけはある。
蛇擬きとは違い、ほんの数秒でソレは完成した。
ゆっくりと掌を開いて確認するとそこには、俺の目的の物、九ミリパラベラム弾、いわゆる拳銃の弾丸が一つ、掌にコロンと転がっていた。
こんなファンタジックな世界で銃なんて無粋な物は作らない。
試しに一番身近だった物で代用しただけだ。
やはり、イメージが完全に出来ていれば詠唱無しで直接弄る事が出来るようだ。
これはかなりの大発見である。
我ながら見事よ!
ふははは!
「ふはははは!」
「ウォウウォウ!」
「あ、悪い、ビックリさせちゃったな。よしよし」
「フルルル……」
この弾丸は記念に取っておこうかな。
なんてったって初めて成功した地属魔法なのだから。
蛇擬き?
野暮な事聞くな。
ありゃうん◯だ、完全な失敗作だよ。
我ながらよくもまぁこんなに作ったもんだ。
シーツの上に整然と並べられた失敗作の群れをちらと見て軽くため息が出た。
だがこのう◯こ達のお陰でマナの流れや大気中にあるマナの存在もある程度知覚する事が出来た。
やはり◯んこは偉大だ。
しかしこんな物が部屋に鎮座していたらまず間違いなくエグゼスが疑われてしまう。
最初襲われこそしたが、今ではちょこちょこ俺の相手をしてくれる友達みたいな存在になりつつある、俺のせいでエグゼスが怒られるのは良くない、断じてノーだ。
詠唱無しで形作る事が出来るならその逆もしかり。
という事で。
動かなくなった土塊を視野にいれつつ、愛すべき失敗作の一つに手を置き、同じような状態まで戻す事をイメージしてみると、いともあっさり元の土に還ってしまった。
どうして増えたのかは分からないが、この無駄に増えてしまった土は後ほど庭にこっそり寄付しておこう。
気付けばもう日は落ちかけ、黄昏の空となっている。
そろそろルルイエも帰ってくるだろうし、片付け始めないと間に合わなくなりそうだ。
***
「一輪車が欲しいよまったく……」
鉢植え五つに無駄に増えた土を詰め終わった俺は、その中の一つを抱えて廊下を歩きながら呟いていた。
俺の言う一輪車とは遊具の事では無く、建築作業に使われる運搬用の手押車の事だ。
一般家庭には縁の無い物なのでぶつくさ言っても仕方無いんだが、いかんせん重い。
「製作リストに一輪車、追加しとくか……」
土塊造型の有用性に気付いた俺は、まず記憶に新しい物、生活の中で慣れ親しんだイメージしやすい物等を少しずつ作っていこうと決めていた。
マナのコントロール練度も上がるし、想像力しだいで出来上がる物作りはかなり楽しい。
まるでジオラマを作るようなワクワク感が堪らない。
「先ずは作業場の確保だなぁ……いつまでもあの部屋でやるのは効率的に考えても良くは無いだろうし……明日レックスかリリンに相談してみよう」
ようやく庭まで辿り着き、家庭菜園のある場所までやってきた。
既に汗だくであり、肌に張り付いた服が気持ち悪い。
家庭菜園はレックスとリリンが共同で管理している場所で、我が家で消費される野菜達は大体この菜園から採取したフレッシュな物を使用しており、大体が見た事の無い種類だった。
結構な広さがあり、家庭菜園と言うにはいささか大きい気もするが、庭自体が広いのでそこまで気になる事でも無い。
で、俺は持って来た土を家庭菜園の横に積まれている土にそれとなく混ぜ込んでいく。
「ふぅ……正直しんどいぜ……」
これがまた結構な重労働なのだ。
残る土は鉢植え二個分で終わりなのだが、ぶっちゃけ面倒い。
けどあの土を放置したらもっと面倒い事になるのは分かりきってるので、深いため息を吐き沈みゆく夕陽を背に受けて小走りに家へと引き返すのだった。
同じ作業を繰り返す事二回、時間にして十五分も経っていないのだが全身にずっしりとのし掛かる疲労感が半端じゃない。
「もっと体力と筋力付けなきゃな……」
部屋に戻るとシーツの上に片付けたハズの蛇擬きが転がっていた。
「片し忘れたか……?」
首を傾げながら土に戻すべく蛇擬きに手をかざす。
「あれ、戻らない……」
いくら土をイメージしても崩れる気配が無いため、蛇擬きを掴み様子を見ようと顔に近付けた瞬間、なんとも言えない異臭が鼻を突く。
そして察した。
う◯こだった。
気付けば庭に出るまでは部屋に居たエグゼスの姿が無い。
間違いない、これは奴の仕業だ。
「マジかよ……」
よもやペットの落し物に鷲掴みとは思っていなかった。
しばし呆然とした俺は、エグゼスの落し物を握り締めたまま手を洗うべくトボトボと部屋を後にしたのだった。
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不定期更新ですがゆるゆりとお待ち頂けるとハッピー野郎です。