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第十八話 美女vs勇者

夏もおわり。

よろしくお願いしまっす。


「あの奴隷達を引き取るだぁ?」

「はい。なので高名な勇者グラムさんにアドバイスをして頂こうかと思いましてね」

「ふん……アドバイスなんざねーよ。そもそもお前は奴隷の何を知ってる」

「……奴隷とだけ、しか知りません」

「こんな辺境じゃその程度の知識でも仕方ねーけどな。お前だって他人事じゃねーぞ」

「……そう、ですね」


 奴隷人気のトップを争うワンダ族と滅多に姿を見せない希少種——龍人族のハーフである俺。

 言われて思い出したが俺だって奴隷狩りに狙われる素質がありありなんだよな。

 気を付けろって村長のじっちゃんも言ってたし。

 まぁそんな事はさて置き、この世界の奴隷に関する情報を纏めると奴隷には特一級奴隷、二級奴隷、三級奴隷の三パターンがあるそうだ。


 まず特一級、通称トクイチ。

 この奴隷に属するのは窃盗や無為な殺人等の罪を犯した者が堕ちる奴隷であり、重犯罪であれば鉱山や炭坑の鉱夫、土地整備などの肉体的重労働を目的とした奴隷として扱われる。

 軽犯罪であれば当人の技術、資質次第で恵まれた環境での奴隷生活が送れる場合もあるらしい。

 例えば、算術が出来れば商人の、物作りの資質があれば工房の、一定以上の外見があれば下級メイド等の奴隷として使役されるという具合だ。


 次に二級、通称堕ちキン。

 借金や口減し、経営破綻による負債を抱えても支払い能力が無い場合等の金銭的な理由が絡む奴隷達の事だ。

 子供や若い男女が多く、外見的な要素が高スペックであれば高額で売り買いされる事もあるという。


 最後が三級、通称ウキ。

 捨て子や浮浪児、奴隷狩りにあった者や敗戦国の王族、貴族、軍人、捕虜等の所在の無い者達が堕ちる奴隷である。

 三級奴隷に堕ちた者は総じて低額取引が主流だが、王族貴族など容姿が優れている者達、武勇に優れている軍人等はそれなりに値が上がるそうだ。


 世の中外見がいい奴、強い奴が得をするのはどこも同じらしい。

 高値で売られるのが得かどうかはわからないがね。

 大体の奴隷は物扱いされ、肉体的、性的な虐待は日常茶飯事で、劣悪な環境による疲弊、過労により命を落とす奴隷もいるそうだ。

 ……これもどの世界でも同じだな。


「で……どっちに行くんだ? ヘスペリデスか? ウェスティアか?」

「ウェスティアです。さすがに衰弱した奴隷三人連れて山越えして観光地に行こうとは思いませんよ」

「まぁ、そうだよな」


 ヘスペリデスとはバルザス大陸の最西端に位置し、ウルガ村からアトラスト山脈を挟んだ位置にある大陸一の観光地だ。

 湿度の低い乾燥した空気、抜けるような蒼空、蒼空に浮かぶ灼熱の太陽、ガラスのように透明度の高い海は純白の飛沫が舞い踊る。

 照りつける太陽の日差しとは裏腹に気温は程よいという最高級のリゾート、通称ヘスペリデスの園と言われている場所である。

 ビキニのチャンネーと白い砂浜、抜けるような青空に透き通る海、想像するだけでアバンチュールな香りがプンプンしやがるぜ!

 いつかは行ってみたいもんだ。


 話が逸れたな。

 ウェスティアには奴隷登録が可能な奴隷市場があり、俺とレックスでアポロ達を連れて行く事になっている。

 出発は明日の朝一番だ。

 馬車で行けば四、五日かかるがエグゼスの足であれば一日二日で着くだろう。

 ウェスティアには冒険者ギルドの支部があるらしいので、レックスに連れて行ってもらう事も楽しみの一つだ。


「まぁよ。お前が何を考えてるか知らねーが、大事にしてやれ。それがいつかお前に返ってくる」

「情けは人の為ならず、ですね」

「なんだそりゃ」

「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い。って事ですよ」

「はーん……ガキのくせに難しい事言いやがる」

「使用人の受け売りですよ」

「……どうだかな」


 奴隷達の事はグラムに言われないでも大事にするつもりだ。

 前世じゃ仏の隊長で通ってた俺だ。

 ただ、子供って所が不安の種ではあるがな。

 あの少年、アポロと言ったか——にはCQCやカラテ、柔術なんかも教えてみたい。

 ヘーパイトスとアルテミスは……もう少し距離を縮めてから対処しようと思っている。

 俺に警戒しているわけじゃなさそうだけど、なんとなく軽い距離感を感じるんだよな。

 奴隷独特の空虚感というか、感情の波が見えないのだ。

 まるで仮面を被っているかのように変化のない二人の無表情さは、俺の心に小さな棘を残していた。


「そうだ。グラムさんあの約束忘れてないですよね?」

「あぁ? 転移だろ? 覚えてるさ。しかしお前もやるな! "しいきゅうしい"だっけか? ありゃなんなんだ」

「あーCQCは……俺の考えた格闘術の名前です」

「今度俺にも教えろ!」

「わかりましたよ……それで転移魔法はいつ教えてくれるんですか?」

「そうだな……っと丁度いい。今から来る奴も転移が得意だからな」

「今から来る?」


 そう言ってグラムは視線を暖炉の方へ移した。

 一体誰が来ると言うのだろうか。

 暖炉と言えばサンタクロースしか思いつかない。それに扉は暖炉から正反対の位置にある。 

 転移魔法なんて結構な上級魔法の一つなのにこんな辺境の村に使い手がいるというのか。

 それともただ感傷に浸っているだけなんだろうか。


 俺があれこれ予想していると、暖炉前の空間に突如ノイズが入ったかのようなザリザリとした黒い歪みが発生してゆき、二メートル四方の黒い霧のような不安定な壁を構築していった。


「やぁ」


 構築が安定したと共に、その黒い霧の中から軽いトーンの声をあげつつ一人の女性が姿を現した。

 片手で髪をかきあげるような仕草、まるで飲み屋の暖簾(のれん)を片手で上げて「やってる?」と言わんばかりの仕草だった。

 その女性は膝までの黒いブーツに黒いホットパンツを身につけ、ブーツとパンツの間に見える白蝋のような生足が艶かしい。

 上半身はこれまた黒いボンテージのような身体の線を強調するレザー調の服に、黒地に赤と金の紋様が刺繍された足元まであるマントを羽織っていた。


「おや。客がいるとは珍しい事もあるものよ」


 歳は十九、二十くらいだろうか、全体的に黒い装いのその女性は、豊かな双丘を持ち上げるように腕を組む。その動作だけでふるふると動く双丘はスライムの如き柔らかさを連想させる。

 仁王立ちになり、仰々しい口調で喋る女性の頭部からは大鎌(サイズ)を思わせる立派な角が二本、背中に向けて生えており、悪魔や魔人を想像させる。


「最近よく来るガキだ。イージスを手懐けた」

「なんじゃと!? ……ほう……その歳でイージスを……有望なわらしじゃ」


 女性の双眸に光る金と紅の瞳が細められ、一瞬値踏みするような眼差しが俺を射抜いた。

 顔のパーツは完璧なバランスで配置され、驚愕、疑心、感心を混ぜ合わせたようなその表情は憂いを帯びた聖女のように美しく、その美貌と大鎌(サイズ)のような大きな角が相反し背徳的な美を惜しげも無く晒している。

 波打つ金色の髪は流れるように腰まで届き、ボンテージのような服に包まれたきめ細かい青白い肌は人外さをさらに際立てている。

 これはこれで……アリだ。

 実に美しい。


「初めまして。ノワール・ドラゴリウムと申します」


 俺は椅子から立ち上がり、女性に向けてぺこりとお辞儀をした。

 正直この状況について行けてないが、挨拶は先手を打った方が流れを取りやすい。

 それに先に名乗るのは紳士の務めだ。


「作法もわきまえておるとは、出来たわらしじゃのう……」

「あの……この方は……?」

「ダリアだ」

「ダリアさん、ですか。よろしくお願いします」

「おいグラム! 何故いつもいつも我の事を名前で呼ぶのじゃ! 威厳もクソも無いではないか!」

「うっせーよ! てめぇに威厳もクソもあるか! てめぇだって俺の事名前で呼んでるじゃねぇか! このすっとこどっこい!」


 すっとこどっこいってあんた……江戸っ子かよ。

 グラムはいつも通りのチンピラ口調だったが、何処と無く親しみを帯びたものだった。


「すっ、すっとこどっこいはお主のほうじゃ! このボッチ勇者が!」

「あ"?! 誰がボッチか! テメェこそ部下のいないボッチ魔王じゃねぇか! 寝言は寝て言えや!」

「言いよるのぉ……なんじゃ? やるのか?」

「お? 上等だよ」

「あ?」

「あぁん?」


 顔がくっつきそうなぐらい距離を詰め、掬い上げるようにメンチを切り合う謎の女性とチンピラ勇者。

 バッチバチに火花を散らす二人を見ながら俺はグラムの言葉を反芻する。

 今、あの女性の事、マオウって呼んだよな。

 マオウ・ダリアかダリア・マオウか……まぁどっちでもいいや。切り口は掴んだ!

 俺の必殺トークで話題を変えてみせよう。

 二人ともぼっちぼっちと罵ってるが、実際この場でのボッチは俺っぽいからな。


「あの……マオさん」

「ん? どうした? 今はちと忙しいのでな、少しばかり待ってくれぬか?」

「すいません……マオさんのような素敵な女性に会うのは初めてで、是非お話をしたいと思いまして」

「ほう? ほう……むふふ……ほーほーほう、お主、わらしの割に分かっておるではないか? よいぞ! 我の美しさに免じて話すがよい」

「ありがとうご「だっはっはっは! なーにが美しいだ! ノワール、テメェの目も大した事ねーなぁ! ダリアみたいなムカデおん「黙れ」


 俺の言葉を遮り、馬鹿笑いをあげたグラムの声はドチュッ、というスイカを砕いたような水っぽい破砕音に掻き消された。


「あ……え……?」


 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 身長的に俺はマオさんとグラムのちょうど真ん中に立って二人を見上げる位置にいる。

 ブシュシュシュ、と壊れたスプリンクラーように生暖かい液体が降り注ぎ、俺の全身を濡らしていった。


「これでうるさい蝿はいなくなった。して、何を話したいのじゃ?」

「あ……あ……あの……」


 にこやかに微笑むダリアさんの左手は前に伸びきっており、その先に頭部を失って痙攣しているグラムがいた。

 首から上が綺麗になくなっている。

 首の断面は引きちぎられたように荒く、ダリアさんの一撃でグラムの頭部が爆ぜたのは容易に想像出来た。

 爆ぜたグラムの首から血が止めどなく噴き出し、俺とダリアさんに降り注いでいたのだ。


 はっきりとした死。

 身近な者の死。

 正直、前世で数え切れないほど経験してきた事だ。

 空爆によって生じた瓦礫が飛来し、隣にいた兵の体を貫いたり、グレネードが直撃して風船のように肉体が弾け飛んだりなんて事は日常だった。

 だがここは前世の戦場じゃない。

 牧歌的な風景が似合う片田舎の一角だ。

 戦場のように突如飛来する瞬間的な死とは欠片も関係の無い場所だろう。

 俺はあまりの唐突な暴力に唖然となっていた。


「なんじゃ? どうしたどうした? 我を美しいと言う人間は久方ぶりじゃ! 何でも答えてやろうではないか! あ、スリーサイズは勿論な・い・しょ、じゃぞ?」


 ダリアさんは金と赤のオッドアイに恥じらいを込めて静かに伏せた。

 長い睫毛が静かに伏せられ、恥じらうようにその美しい肢体をくねくねと動かしている。

 血にまみれていなければ、さぞかし魅力的に見えるのだろう。


「あの……なんで……」

「ん? 何じゃ?」

「何で、殺したんです、か」

「……おかしいのぅ」

「何がおかしいんです」

「お主、イージスの事を話すくらい親密なのじゃろ? それならばグラム自身から聞いていそうなもんじゃがのう」

「あの、意味が……わかりません」

「じゃから——」


 何かを言いかけたダリアさんの動きが一瞬止まった。

 言うのを躊躇ったのかと思ったが違った。

 あの、と続きを催促しようとした時、ぼとりぼとりと何かが落ちる音が聞こえた。

 反射的に地面を見ると、青白い皮膚の腕が二本、床に転がり鮮血を撒き散らしていた。


「早いのう」


 床に転がるもの、それは嘆息まじりに呟いたダリアさんの腕だった。

 肩口からすっぱりと切り落とされ、磨いたように綺麗な切断面からは流れ落ちる滝のように大量の血がドクドクと流れていた。


「あ……」


 夢でも見ているんじゃないかと錯覚させるほどの非現実さ。

 考える事を放棄しそうになった時、頭上から聞きなれたチンピラ声が降ってきた。


「てんめぇ……いきなり爆散とは味な真似してくれんじゃねぇか……あぁん?」

「ふん、お主がハエのようにブンブンと五月蝿いからじゃ」

「もう勘弁ならねぇ、覚悟しろやコラ」

「それはこっちのセリフじゃて。百三十八万戦百三十八万引き分け、そろそろ引導を渡してやろうぞ」

「あぁ? 百三十八戦百万引き分けで三十八万は俺の勝ちだろうがよ。とうとう脳味噌腐ってきたんじゃねーか?」

「腐敗しておるのはお主の性根じゃ、ド外道が! それとも男根の方が腐り落ちてるのかえ?」

「あ? 腐れマ◯◯に言われたくねーな。どうせ使い道無くて蜘蛛の巣張るどころか崩落して埋まってんじゃねぇか? だろ? あぁ?」

「んなっ! き、貴様言うに事欠いて下劣な!」


「は、はぁあああぁぁあ?!?!」


 吹っ飛ばされたはずのグラムの頭部は元通りに生え、その口からはチンピラの如き罵声を発しており、両腕を切り落とされたダリアさんの腕も、俺がグラムへ視線を移している間に、何事も無かったかのようにいつの間にか生えている。

 俺をよそに喧嘩を再開する二人。

 俺の思考回路はショート寸前、月の光よ俺を導きたまへ。


「下劣で低俗な腐れ勇者め! 粉微塵じゃ! 連破氷刃(フロストベイン)!」

「させるかよ! 光盾(ラスターシールド)!」


 俺が状況を飲み込めないまま、事態は口喧嘩から実力行使へと発展していた。

 二人はいつの間にか距離を取って対峙しており、ダリアの周囲に一メートルほどのつららのような氷が無数に出現していた。

 巨大な氷刃が風を切る音も立てずに、間断無く次々と高速で射ち出されていく。

 対するグラムも瞬時に二メートルはあろう光輝く魔法の大盾を出現させ、降り注ぐ氷の刃を防いで見せた。

 外れた氷刃は壁を穿ち、床を削って霧散する。


「残念、ハズレだ」

「それは残念、じゃがこれなら当たろう?」


 大盾を構え、勝ち誇るように言うグラムの背後から囁くような声がした。

 ダリアは氷刃を射ち出すと同時に、氷刃の陰に潜みグラムの背後に回ったのだ。


「チッ!」

「遅いわ!」


 ダリアは掌に黒い球体を発生させ、ゼロ距離で抉りこむようにグラムの胴体に叩き込んだ。

 黒い球体がどのような物かは分からないが、グラムの胴体に空いた三十センチほどの穴からして、良いものでは無い事は確かだった。


 しかし、風穴が開いた胴体からは血が一滴も出ておらず、時間が止まったように表情を変えないグラムの姿は徐々に空気中へ溶けていった。


「ふん! 残像か!」

「遅いのはテメーだよ!」


 ダリアの上からグラムの怒鳴りつけるような声が降りかかった。

 ハッとダリアが顔を上げると、中空に飛び、いつの間にか手にしていた長剣を大上段に振り上げたまま迫るグラムの姿が目に入った。


 体を両断する勢いで振り下ろされた刀身一メートルほどの剣は、ダリアの脳天を一直線に狙い、破砕音と共に床へと到達した。


 剣速より少し遅れ、驚愕に染まり目を大きく開いたダリアの顔に一本の縦線が入った。

 その線を起点として滑るように身体が左右別々にズレてゆき、真っ二つになった身体は水っぽい音を立てて地面へ崩れ落ちた。


 この間、およそ一分。

 目にも留まらぬとは正にこの事だろうと俺は思った。

 エグゼスと戯れていたお陰で培われた動体視力でやっと追える速度。

 止める術も分からないまま、俺の目の前で美女が真っ二つだ。

 突然の出来事に思考が追いつかない。


「は? え……あ、ちょ、ちょっと、グラムさん……なんで、いやほんと、訳わかんない」


 言いたい事が頭に浮かんでは消え、結局俺の口から出た言葉はそれだけだった。





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