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第十七話 捨てる神あれば拾う神あり

 茜色に染まった空は少しずつ暗くなりつつある。

あと一時間ほどで夜になるだろう。

意外にもあっさりと初戦闘を終えた俺は、グラムの転移魔法でハイン川下流まで来ていた。

あれだけ騒々しい魔物の集団だ、事態を察してすぐに村の人間が駆けつけて色々と調査するだろうし、そんな所の近辺に留まる事は避けたい。

顔を知られていない勇者グラムと血塗れの幼児がいたら面倒くさい事に発展するのは目に見えてるしな。


太陽が地表近くの空を茜色に染め、天を見上げると夜の空を星と月の光が緩やかに瞬き初めている。

燃えるような夕焼けとのコントラストが非常に美しい。

そんな光景を身体に付着した魔物の血液や体液を川で洗い落としながら眺めている時、ふと視線を動かした先、川岸にある大きな岩の片隅に重なるように倒れている人影を見つけた。

それは二人の少女と一人の少年だった。

三人の身体は傷だらけで意識は無く、岸まで上がる気力も無かったのか打ち上げられただけなのか、下半身が川に浸かっており三人共氷のように冷え切った状態だった。

しかし、そんな状態にも関わらず三人の手は固く握られていて、決してお互いを離すまいとする強い絆があるのだろう事が想像できた。


俺は頭の片隅で手遅れかもしれないと思いつつも、近くで釣りをしていたグラムを呼び、意識のない三人を川から引き上げて草の生えた地面に横たえた。


「なん、ですかね。これは……」

「んー……水死体……いや違うな、まだ息がある、がギリギリだろうな」


三人は所々破れたズタ袋のようなお揃いの汚い貫頭衣を身に付けており、その風貌からも訳あり臭がプンプンする。


前世でもトラブルに巻き込まれる事はあったものの、ここまで頻繁にトラブルが発生する事は無かった。

(ノワール)という人物に運が無いのか、呪われているのか、はたまたこの世界ではこれが普通なのか。


「どうすんだ?」


俺がそんな事を考えていると、一番小柄な少女の首に手を当てて脈を取っていたグラムが口を開いた。


「どうする、とは?」


オウム返しのような俺の返答に、グラムはため息を吐いて少女の首につけられている首輪を触った。


「見ろ、この首輪は奴隷の証だ。持ち主が近くにいないとなるとコイツラは逃げたか捨てられたかのどちらかだ。助けてもいいが……」

「助けましょう」

「即答かよ……知らねーぞ」

「いいじゃないですか。人命救助をしておいて損は無いと思います」

「……ふん」


息があるのなら助けるべきだろう。

しかもこんな幼い子供なら尚更だ。

と言っても今の俺と同じかやや歳上ぐらいだろうな。

奴隷か。

俺自身は奴隷制度自体は否定しない、前世でも似たような人達を見てきたせいか、嫌悪感なども湧かない。

前世でだって奴隷解放運動なんかがあったのもそんなに昔じゃないんだ、文明レベルがそんなに高くないこの世界で奴隷があったとしても不思議じゃない。


「何とかなりますよ、きっとね」


グラムは俺の言葉に応えず、ただ静かに法術を発動して三人の傷を癒していった。


「ぅ……」


川の流れる音と虫の声が場を満たす中、三人の奴隷のうち一人の少年が小さく声を上げた。


「……傷は治した、が衰弱が激しい。さっさと温めて飯でも喰わせなきゃ死ぬだろうな」

「転移で俺の家まで送れませんか?」

「あぁ?出来るっちゃ出来るが……いいのか?親御さんとか、色々あんだろうよ」

「大丈夫です。何とかなります。それにウチの母はきっと見捨てないはずです」

「……ワンダの母親、あの教師か」

「はい。知っていたんですね」

「俺から見ればどんなに隠していてもワンダ族は一目で分かる。この村にワンダはあの教師しかいねぇからな。なんなら俺もついていってやろうか?フォローぐらいしてやるぞ」

「いえ、平気ですよ。意外に優しいんですね」

「……バカ言え……」


転移する前、吐き捨てるように言ったグラムの横顔は、少し寂しそうに見えた。




***



見慣れた家の門の前に転移した俺は、横たわる三人の少年少女を見ながら言い訳を考えていた。

イージスを手に入れてエグゼスが進化した時もここで同じような事を考えていたな。


「さーて、勢いで大丈夫とは言ったものの……どーすっかなぁ……」


俺は頭を掻きつつ、庭にある小屋へと向かった。

小屋には錬金術で作った色々な物がしまってある。

その中に体力を回復させる薬があったはずだ。

どれだけ効くかは分からないが気休めにはなるだろ。


「あったあった」


多数ある収納箱の一つを漁り、目的の物を取り出した。

このビー玉サイズの黒光りする丸薬は倍加草と魔蓄草をペースト状にして、乾燥させた力黒茸を混ぜて丸く成型した物で、失った体力とマナをある程度回復させる事が出来る薬、通称再起の丸薬と呼ばれている。

即効性が高い代わりに味と臭いが最悪な事で有名な薬だ。

魔蓄草は字のごとく空気中のマナを溜め込む性質があり、倍加草は副材料として使用すると効能が飛躍的に向上するブースターの役割を持つ薬草だ。

力黒茸とはコケのような外見の、石の裏や堆積した枯葉の中に群生する真っ黒な茸の事だ。

摂取すれば無くなった体力が少しだけ回復するのだが、臭いも味も酷い為に使用する際は濃度の高い塩水で数回洗い、三日三晩乾燥させて粉末状に砕いてからでないと逆に気分が最悪といっていいほど悪くなる。

以前興味本位で、採集した直後の力黒茸を口にしたら嘔吐が止まらず動けないぐらい気持ち悪くなったのは内緒だ。

内心間違えて毒でも摂取したのかと思ったぐらいだ。


そんな凶悪な茸も洗浄を繰り返し乾燥させる事により、手間はかかるが味も臭いも幾分かは軽減される。

これは俺が編み出した方法であり、錬金術には力黒茸を膳じる方法として聖水を入れて浄化するだの焼いたロックタートルの甲羅を砕いて混ぜるだのと何かと手順が多いので俺が改良してみたってワケだ。


「うぉおふ……強烈だ….…」


セイロ◯の臭いとアンモニアの臭いを足して二で割ったような悪臭が鼻をついた。

裸でしまうと周りの物に臭いが移るので土で作った太い試験管のような容器に密閉して入れてあったのだが、蓋を開けた事で容器の中に充満していた臭気が小屋に充満してしまった。

本来は屋外で開けるべきだったのだが緊急事態なんだから我慢するしかない。


込み上げる吐き気を押さえつけ、容器から丸薬を六粒取り出した。

蓋を閉めて、急いで三人の元へ戻る。

クレイクラフトで即席のコップを作ってから魔法で生み出した水を入れた後、三人の喉に丸薬を突っ込んで無理矢理嚥下させる。

次いで気道に入らないよう注意して水を流し込んだ。

一瞬顔を歪めたものの、薬が効いてきたのか土気色だった顔に少し生気が戻ってきた。


「ノワール!」

「は、はいっ!」


ホッと胸を撫で下ろした瞬間、後ろから怒気を孕んだルルイエの声が聞こえた。

反射的に振り向くと、エグゼスの背に跨ったルルイエとレックスの姿があった。

エグゼスは盛大に尻尾を振っていたが、背に跨るルルイエの表情は険しかった。

やばい、ママンマジおこ。


「どこに行ってたの!森で魔物が暴れる騒ぎがあったのに一人でフラフラ出歩くなんて危ないじゃない!」

「は、はい、ごめんなさい」


その魔物を倒したのは俺なんですけどね。

正確には俺とグラムだけど。


あの騒ぎは既に村中が知っているらしい。

まぁかなり大量に木が倒れていたし音もでかかったんだから当たり前か。

村の猟師が近くで狩りをしていたらしく、音を聞き付けて現場に行ってみると一人の青年が魔物の群れと対峙している所だったそうだ。

魔物の風体と数に恐怖した猟師は急いで村へ戻り、出動準備に追われていたバルトルら村の自警団に応援を要請したのだ。

自警団が急いで駆け付けた時には既に魔物の群れは討伐された後であり、猟師が見た青年の姿も無かったそうだ。


話を照らし合わせると、猟師はグラムが魔物を瞬殺した所を偶然目撃し、後ろに控える俺の姿に気付く事なくトンボ帰りしたって所だな。


「めでたしめでたしだね」

「その青年の正体が気になる所ですな」

「そういう事じゃないでしょ!ってあれ……ノワール、その子達は……?」


珍しく怒っていたルルイエの視線が俺の背後へと移った。

周りがほぼ暗くなっている為か、俺の背後に横たわる三人に気付くのが遅れたらしい。

ルルイエは血相を変え、エグゼスから飛び降りて三人に走り寄った。


「拾った」

「拾った、じゃ無いでしょ!大丈夫なの?!レックス!家に運んで!」

「ただちに」


レックスは少年をエグゼスの背に乗せ、両脇に少女二人を抱えて家の中へ入っていった。

その後を俺とルルイエが追う。


「ちゃんと説明してね?」

「はい」



***



「つまり、本当に拾ったって事なのね……」

「うん」


家に帰ると三人の少年少女が門の近くで倒れていた。

どうしようかと悩んでいる時、ルルイエ達が帰ってきた。


というように説明をすると、ルルイエはあっさり信じてくれた。

本当の事を言った所で信じて貰えないのは分かりきっているし、芋づる式に色々な事を説明しなければならなくなるので、このような説明に辿り着いた。

今、三人はリビングに寝かされており、冷え切った身体を温める為に暖炉の火も焚かれている。

薬も飲ませた事だし、もう大丈夫だろう。

席を外しているレックスはリリンと一緒に療養食と夕飯を作ってくれている。

レックス曰く、三人とも酷く痩せており栄養状態も悪く、生きているのが奇跡と言う状態だとか。

内臓も弱り、体力も無い状態で普通の食事は出来ないとの判断で療養食を作る事にした。


「うぅ……ここ、は……」

「気がついたみたいね」


呻き声を出して、少年が意識を取り戻した。

家に運び入れて明かりの下で見た時には気付いたのだが、この少年は獣人なのだ。

短めの茶髪に同じく茶色の被毛に覆われた耳が頭部から垂れている。

ルルイエが言うには尻尾もあるよ、との事だった。

この世界では様々な人種が存在しており、獣人、亜人、妖人などなど、勿論エルフやドワーフも存在している。

そこから更に細分化されていて、一つの種族で一冊の分厚い本が出来るほどだ。


「俺は……魔物から……ッ!そうだ!アルとヘーパイトスは!」


跳ねるように飛び起きた獣人の少年の目は大きく開き、表情は絶望に染まっていたが、ルルイエが少年の頰に優しく手を添えて諭すように言った。


「安静にしてないとダメだよ。お友達は横で寝てる、だから静かに、ね?」

「なん……そんな、よかった……俺達、助かったんだな……よかった……うぅ、ひぐっ……うあぁ……」


張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、少年はその勝気そうな瞳から大粒の涙をボロボロと流し、嗚咽を繰り返していた。

ルルイエはそんな少年を静かに抱き寄せ、よしよし、と頭を何度も優しく撫でつける。

丁度食事を持って来たレックスとリリンも微笑みながらそれを優しく見守っていた。


落ち着いた少年から話を聞くと、三人は他の奴隷達と移送されている最中に魔物の襲撃を受け、命からがら逃げ出したのだと言う。

他の奴隷や商人達は恐らく死んでいる、と言いつつその光景を思い出したのか、少年は自分の肩を抱いて小さく震えていた。


獣人少年の名はアポロ、五歳の獅子族らしい。

二人の少女はアルテミスとヘーパイトスと言うそうだ。

アルテミスは飛蝗族と言う八歳の亜人で、頭に二本の触覚が生えており、貫頭衣の背中から薄い羽が飛び出していた。

ヘーパイトスはアークエルフと言うドワーフとハイエルフという稀有な混血で一番小柄ながらも十歳の最年長だという。

流れるような金髪に、絵に描いたような整った目鼻立ち、十歳とは思えぬ小柄さに反して胸部は貫頭衣を豊かに盛り上げている。

そっち系のおにいさんが目にしたらズグン!となる事うけあいだろう。

そんな二人は未だ目を覚まさず、スヤスヤと規則正しい寝息を立てていた。


「移送中、という事は……貴方方にはまだ主人が居ないという事ですな……」

「まずいの?」

「俺が捕まったのはつい最近なんだ。だから、この二人の事も奴隷の事も、よく、分からないんだ」


アルテミスとヘーパイトスは移送中に仲良くなったそうだ。


「主人が居ないという事はですな、奴隷登録所に行って新たに主人を登録しなければ徐々に命を失っていってしまうのですよ」

「は?!」

「なんだって?!」


レックスの発言に俺とアポロの声がシンクロした。

ルルイエとリリンは悲痛な表情を浮かべて床を見つめている。


「奴隷の隷属輪、その首輪に起因するのですが--」


アポロが食い入るようにレックスの言葉に耳を傾ける。

奴隷輪とは奴隷の証であり、無理矢理外す事は不可能な従属の輪。

主人がいる場合は隷属輪が空気中のマナを絶えず吸収し、束縛の効力を半永久的に機能させる事が出来る魔道具の一種だという。

主人が居ない場合はその逆で、隷属輪が嵌められた奴隷のマナを絶えず吸収、空気中に放出し、少しずつ奴隷の身を衰弱させていく恐ろしい魔道具に成り代わる。

命の猶予は約三ヶ月、その三か月の間に主人が見つからない場合は体内のマナを全て吸い上げられ死亡してしまうのだ。

奴隷商に収監されている時はその奴隷商が持ち主の為、命の危険は無い。

この奴隷輪を嵌められた場合、仮に逃げ出したとしても自動的に三ヶ月で死に至る。

死にたくなければ自ら奴隷商に出向くしか無いんだそうな。

奴隷の脱走防止としても機能するってわけだな。


「エグいね」

「なので……どう、致しますか?」

「どうとは?」

「この場合、第一発見者であるノワール様に決定権がございます。もちろんルルイエ様のご意見も必要ではありますが……猶予は三ヶ月です。ご決断は早めの方が宜しいかと」


つまりレックスが言いたいのは、三人を見捨てるか、奴隷商人に受け渡すか、この三人の主人になるか、の三択なんだろう。

ならば俺の考えは決まってる。


「うちで引き取りたいと思う。ダメかな?」

「えっ!?」


俺の言葉にアポロが驚いて振り向いた。

ルルイエもまんざらでは無い表情を浮かべているし、平気だろう。


「い、いいのか?その、見た所……」

「歳下ですが何か」

「いや、何でも、無いです」


困惑しながら言い淀むアポロを遮るように睨みつける。

アポロの方が歳上だが、立場的には俺の方が上だ。

軍にいた頃なんて歳下が上官だった、なんて話は幾らでもあった。

俺がこいつらの主人になると決めた以上、それなりの対応をしなければならない。

けど軍規でガチガチなのは嫌いなのである程度はフランクの方がいい。


「ルルイエ様は宜しいのですか?」

「うん、大丈夫。こんな小さな、ノワールと変わらない年の子供達を見捨てるなんて私には出来ない。この子達を引き取るって言ったノワールが私は誇らしいよ!」

「では、登録は早い方が宜しいでしょう。出来れば数日中にウェスティアまで向かうとしましょうか」


ウェスティアはウルガ村から馬車で二日の距離にある中規模の街であり、ウルガ村にも一週間に一度行商が来る。

普通はその行商の馬車に合わせて出立するのがセオリーだが、我が家にはエグゼスという立派な運び屋がいる。

二メートルを越すあの体躯とバトルウルフならではの体力ならば子供四人と大人一人乗せるぐらい他愛も無いだろうし……。

何よりこの村以外の場所へ出かけるという事が俺の中では一大イベントでもあった。

不謹慎かもしれないが、知らない街への好奇心が俺の大人心一杯に広がり、今から待ち遠しくて仕方ない。

問題は奴隷の扱い方やら生体やらなんやら……グラムに聞いてみようか。

ルルイエやレックスに聞いてもいいのだけど、何となく気がひけるからな。

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