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第十五話 男の闘い

ハムレッグ達が逃げるように教室から出て行った後、ルルイエが来るまでウィンディアと取り留めもない話をして時間を潰した。


ハムレッグに対するウィンディアの態度に何か突っ込むべきかと思ったが、今ひとつ踏ん切りがつかなかった。

ウィンディアも触れようとしないのだからあえて聞く事でも無いかなって、思っていた。


ただウィンディアの表情が明るくなったのは事実だ。

授業が始まってからもウィンディアは俯く事なく真っ直ぐにルルイエを見ていた。

ルルイエが言った冗談にクスクスと笑い、「誰か分かる人ー」となれば率先して手を挙げる。


昨日までの暗いウィンディアを知るクラスメイト達は戸惑いを隠せないものの、天使のような笑顔を振りまくウィンディアに少しづつ順応していった。


「急にどうしたの?」


「え?あぁ……はは……」


その日最後の授業が終わってから、俺は堪え切れなくなってついに聞いてしまった。


俺の言葉の意味を察したウィンディアは、自嘲気味に笑った。


「なんか、馬鹿らしくなっちゃって」


「馬鹿らしく?」


「だってそうでしょ?勇者様の出すあの怖い雰囲気を知ったら大抵の事は怖く無くなるよ」


「あぁ……そういう事か」


ウィンディアは勇者グラムの放ったあの濃密な殺気の事を言ってるんだろう。

心臓を鷲掴みにされたようなあの強烈な殺気、余波とはいえウィンディアはそれを浴びたのだ。

確かにあれ以上のものはそうそう無いと思う。


「だからクレバー君にもつい言い返しちゃったんだ。えへへ……」


「いいと思うよ。ああいう馬鹿は言わないと分からないから」


「でもね?悪い事しちゃったかな、って少し思ってるんだよ?」


「普段虐められてたんだから良い薬だよ」


「そっか……そうだね!」


「今日はどうするの?」


「少し勇者様の所によって精霊との付き合い方とか魔法とかを教えて貰うつもり。ノワール君は?」


「俺は帰るよ」


「そっか。それじゃあまた明日ね!」


「ああ、気をつけて」


そう言ってウィンディアは弾むように教室から去って行った。


「……帰るか……」


僅かに茜が刺した空を窓から見上げて俺も家路についたのだった。



***



一ヶ月が過ぎた。

覚えてろと言っていた割に、大したアクションも起こさず俺とウィンディアを遠巻きに見ているだけだったハムレッグがついに動いた。


と言っても、放課後に俺の所に来て話があるからあの木の下まで来て欲しい、と言われただけなんだけどな。

もちろんあの木の下というのは、集会所裏手にある勇者グラムが住んでいるツリーハウスの木の事だ。


確か今日もウィンディアは授業が終わったらさっさとグラムの所へ行ってしまったな。

丁度いい、ここ一ヶ月グラムと会ってないしついでに顔だけでも出すか。


「来たな!」


「馬鹿な奴でヤンス!」


「でゲスよ!」


こいつらもいるのかよ……。


「ハムレッグ一人じゃないのか?」


「馬鹿な奴でゲス!」


「でヤンスよ!」


「お前らは黙ってろ。俺が呼んだんじゃない、コイツラは勝手に付いて来ただけだ」


いつも一緒なんだから一言言わないと付いてくるに決まってるじゃないか。

そんな事くらい分かる歳だろうに。


「で?要件は何だ?」


「それは……」


ハムレッグは言い辛そうに背後に控える腰巾着を見た。

事前に言ってあったのか、二人は目を閉じて耳を塞いだ。


「お前は……ウィンディアの何なんだ」


「……は?」


「だから何なんだって聞いてんだよ!」


何なんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。

答えを知ってるんであればね。

ウィンディアとはただの友達だけど、って言って納得するんだろうか。

まぁいいや、言うだけ言ってみよう。


「えっと、ごめん。ウィンディアとはただの友達だけど」


「うるせえ!黙れ!」


怒られた。

聞かれて答えたら黙れとはこれいかに。

どうせ黙ってても何とか言えよ!とか--。


「本当に黙るヤツがいるか!何とかいぷぎゅ」


ハムレッグが最後まで言葉を発する事は出来なかった。

なぜなら俺がぶん殴ったから。


いや本当は殴るつもりなんてなかったんだけど……。

イラっとしたからつい、な。

まぁいいや!

こういうのは勢いが大事だってバレンタイン大佐が言ってた!


「うるせえのはテメェだ!喋れったり黙れったりどっちだ!養豚場に送り返すぞゴラ!」


「うぐ……いきなり殴るなんてヒドイじゃないか!」


「この前いきなり殴りかかってきたヤツが言うセリフかよ」


「それはお前が悪いからだ!」


意味がわからん。

本当に何なんだこいつ。


「お前が!お前がウィンディアと仲良くしてるから悪いんだ!」


「あ……?」


ははぁ……。

こいつ、そうか。

そうなのか。


「お前、ウィンディアが好きなのか?」


「うっ……」


微妙な沈黙が俺とハムレッグの間に流れる。

ハムレッグは視線を地面に落とし、頭をぽりぽり掻いて「あう」だの「そういうのは」だのとブツブツ言っている。


あれか?

お前は好きな子を虐めちゃうタイプか?

そうかそうか。


「お前好きな子虐めて楽しいのか?嫌われる様な事してもウィンディアは振り向かないぞ?」


「う、ううううるせえ!あんな根暗女好きじゃねえ!」


「そうか。じゃあ俺がもらう」


「なっ!」


ハムレッグはずっとウィンディアの事が好きだった、でも俺が入ってきてウィンディアと仲良くしている事が気に食わなくて呼び出したと、こんな所だろうな。


「ほっほっほ。なんじゃ、面白そうな事をやっとるじゃないか?」


ウィンディア俺の女宣言にしどろもどろになっているハムレッグは少し泣きそうだった。

で、その後ろにある木の陰からしわがれた声と共に現れたのは老人姿のグラムだった。

何しに来たんだよ、と思ったが自分の家の下でガヤガヤやってたらそりゃ降りてくるわな。


「あ、グラムさんこんにちは」


「ちっ……ジジイには関係ねーよ」


「中々元気のいい小童じゃのぉ、しかしその歳で女の取り合いとは随分ませた小童じゃわい」


なんだ、聞いてたのかよ。

それなら話は早い、ちょっと一仕事頼むとしよう。


「グラムさん、話は聞いていた通りです。僕達はこれからウィンディアを賭けて決闘する所なんですが、見届け人をお願い出来ませんか?」


「なっ?!何を!」


「ほっほ、良いじゃろ良いじゃろ!そこで寝てるウルガと共に見届けてやろうかの」


グラムの言うウルガとは、グラムのツリーハウスがある木の下に埋葬されているウルガ村の創立者の事だ。

グラム曰くいい女だったそうだ。

凄くどうでもいい。


この木の下で告白をすると上手くいく、だとか様々な噂がある事を俺はつい最近知った。

ハムレッグがここに俺を呼んだのも何かしらの噂があっての事だろう。


「受けて立つでヤンス!」


「かかって来いでゲスよ!」


ライテとレフリーは興奮気味にハムレッグの後ろに立っている。

俺としてはハムレッグと一対一でやるつもりだったんだが……まぁいいか。


「三人まとめて相手してやるからサッサと来い」


「活きの良い事じゃ!それでは始めるぞい」


俺が片手で手招きをするようにチョイチョイと挑発すると、ハムレッグもあっさりその気になった。

ライテとレフリーを左右に控え、拳を鳴らす仕草をして胸の前に構えた。


「始めッ!」


「「「おりゃああああ!!!」」」


グラムが腕を上げ、開始の合図と共に腕を振り下ろした瞬間、ハムレッグ達が叫び、合わせたように突っ込んで来た。


三対一という構図だが、俺が負けるというビジョンは全く無かった。

勿論イージスのシステムはマニュアルだ。

ハムレッグ達が歳上と言ってもたかが五歳の太っちょに腰巾着が二人だ、負ける要素を見つける方が難しい。


この世界には身体強化の魔法もあるみたいだが、目の前の三人がそれを行使しているようにも見えない、ただがむしゃらに突っ込んで拳を振り回すだけの子供の喧嘩だ。


三人の中で一番足が速いと見られるレフリーが俺の左から大振りのパンチを放つが、俺は首を少し傾けただけでそれを躱す。

俺に避けられ、バランスを崩したレフリーの足首を滑るように払って盛大に転ばした。


ライテが助走を付けたドロップキックを繰り出すが、それも足の裏を狙ったヤクザキックで難なく無効化。


ドスドスとデブ特有の音を立てて向かい来るハムレッグは俺の顔面を狙って馬鹿正直に正面からのパンチを放ってきた。


俺の鼻に拳が当たるか当たらないかの所で、ハムレッグの手首を手刀で叩き落した。

当たると確信していたのだろう笑みは驚愕に染まり、俺が返した手刀はハムレッグの首に吸い込まれるように決まった。


「ぷぐぇ……」


カエルの断末魔のような潰れた声をあげてハムレッグは尻餅をついた。

圧倒的な俺の強さ!

けど五歳相手に誇る事じゃないよな。


「ヤンスうううう!」


「おっと」


背後から風を切る音と共にライテが太めの枝を振り下ろしてきたが、体を半身だけずらして裏拳を決める。


「奇襲すんなら声出すんじゃねぇよ」


その後も三人は諦めずに何度も何度も突撃を繰り返して来た。

来る度に一手で撃退するが、いい加減うんざりしてきた。

見届け人のグラムはとっくに飽きているらしく、ウィンディアと一緒に精霊と戯れていた。


ってウィンディア?!いつのまに!

グラムとウィンディアは丁度俺の真向かい、突撃を繰り返すハムレッグ達の背後に位置取る形になっている。

丁度いい、ここらでお終いにするか。


ふと浮かんだ作戦に思わず口が綻んでしまう。

そんな態度にハムレッグはまた怒りを覚えたようで、手には太い棒切れを握りしめて突撃してくる。


「おい。お前ウィンディアの事どう思ってるんだよ」

「うるせえ!ウィンディアは……ウィンディアは!」

「兄貴の純情でヤンスよ!」

「馬鹿にするのは許さないゲス!」

「なっ!お前ら知ってて?!なっ何でもねえ!」


腰巾着の二人にある意味暴露され、動揺した棒が俺の頬を掠める。

突然名前を呼ばれたウィンディアはキョトンとした目でこっちを見ている。


「好きなんだろ?認めろよ、恥ずかしい事じゃないぞ?」

「うるせえうるせえ!そうだよ!好きだよ!初めて見た時から好きだったよ!」


叫ぶように心情を吐露したハムレッグのやけくそなパンチが俺の顔を射抜いた。

重心もパワーも乗ってないパンチなんて痛くもかゆくも無い。

俺に一発入れたハムレッグの方が驚いているぐらいだ。


「当たっ……た?何で避けなかった」

「……避ける必要が無いから」

「なんだよ、それ」

「ちゃんと言えるじゃないか。本人の前で」

「は?何言って……」


状況を掴めていないハムレッグの背後を顎で示すと、怪訝な目をしながらもハムレッグは後ろを向いた。


「あ、あの……私は……」

「へ?どうして、ここに?いつから?」

「さっき……ううん、ずっと勇者様と勉強してた……」


本人降臨に戸惑いを隠せず、俺とウィンディアを交互に見比べてしどろもどろになるハムレッグの姿は少し小さく見えた。

ライテとレフリーは片手で目を覆い、天を仰いでいた。


「今言ったのほんと?」


おずおずと上目遣いでハムレッグに問いかけるウィンディアの姿、はそっちの趣味がある大人にはズキュンとさせるぐらいの魅力があった。

勿論俺には無いのでトクン、ぐらいだったけど。


「あ、あの、いや、それは……はい、好きでした」

「そっか……へへ……ありがとう……」

「え!って事は!?」


人差し指で頬をかきながら俯くウィンディアにハムレッグが期待を込めて声を貼った。

ウィンディアの返事は分かってるつもりだが、何故かドキドキが止まらない。

しばらくの沈黙が続き、二人の間を蝶がひらひらと舞った時、ウィンディアはしっかりとハムレッグの目を見つめて力強く言った。


「無理です!ごめんなさい!」

「やった!やったぜ!……って、え……?」


そりゃそうだろ。

ウィンディアの性格が変わるぐらい虐め抜いていたんだ。

そんな奴から好きでした、なんて言われたって迷惑なだけだろ。

むしろ嫌悪感を抱くレベルだ。


「もう話しかけて来ないで?むしろ私の視界に入らないで欲しいの……気持ち悪いから……」

「そ、そんな……」

「勝負アリ!ウィンディアの勝ちじゃ!ほっほっほっ!」


成り行きを見届けていたグラムが快活な笑い声で場を締めた、俺の脳裏にどこぞのご隠居が浮かんだがすぐに振り落としておいた。


愕然という文字が顔に書いてあるんでは無いか、と錯覚しそうなほど分かりやすい表情を貼り付けてハムレッグ膝を落とした。


背後にズドオオォォン!という効果音が浮かんで見える。


--ズドオオォォン……ズズズ……


そうそう、そうな感じそんな感じ。

って……え?


俺たちのいる場所はウルガの丘と呼ばれており、ウルガの墓樹が生えている場所、つまり俺たちが立っている丘の頂点は麓から約十四、五メートルほどあり、そこからは村に隣接する森がよく見える。

その森の半ばぐらいの木々が轟音を立てて次々と倒れていくのが見えた。


「……なんじゃ……」

「森が……」

「そんな……まるで俺の事が嫌いみたいな……」

「や、ヤンス!」

「ゲスでゲスよ!」


丘の上にいる俺達は皆一様に森から目が離せずにいた。

ただ一人の豚を除いて。

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