第十三話 忘れられた精霊魔法と失われた神具
よろしくお願いしますん。
「……はぁ……」
「反応薄いな」
「そりゃ……まぁ」
何を言われても!と覚悟を決めていたウィンディアがポカンとした顔でグラムを見る。
ウィンディアの表情から、精霊使いという事実が上手く伝わっていないようだ。
そもそも俺だって分からない。
この世界に精霊使いというカテゴリがある事すら知らなかったのだから。
「じゃあ説明してやる。耳かっぽじってよく聞けよ?事の始まりはかれこれ二百年前まで遡る」
----この世界には幾つも細分化された属性があり、大元は地水火風光闇の六元素だ。それぞれの属性は地属性ならば砂、土、岩、山、灰、泥というように細分化されている。そしてそれぞれに該当する精霊が存在していた。
それこそ星の数ほどな。
精霊はあらゆる生物の友であり、世界を構成する上でなくてはならない存在だった。
二百年前までは精霊使いと呼ばれた人々も数多くいたんだ。
精霊から力を借り、あらゆる属性の魔術を行使する精霊魔術は通常の魔術よりも数倍の力を持つ頼りになる恐るべき力だった。
詠唱などいらない、指を鳴らせば瞬時に数十本の炎の矢が放たれる。
畑が枯れればそこにいる精霊と対話し、住民との不和があれば住民と精霊の仲を取り持って土壌を回復させる。
日照りが続けば雨雲を呼び寄せて恵の雨を降らせる。
精霊使いは戦いの中でも通常生活の中でもなくてはならない存在だったのさ。
ある宗教なんて精霊使いを神の使いとして崇めていたな。
勿論その宗教はもう無いがな。
だがある時、とある軍事大国が精霊を利用した魔道兵器を秘密裏に開発したんだ。
名前は--まぁどうでもいいか。え?よくない?何でだよ。知りたい?あぁそうかよ。
その兵器は精霊回路連動破砕砲ってー名前だ。
どんな兵器か?お前一々突っ込むな。話の腰折るの大好きっ子か?えぇ?ノワールったか?まぁいい、簡単に言うと兵器の集積回路に精霊達を取り込んで精霊をミンチにして精霊の持つエネルギーを抽出、数千体の精霊エネルギーを凝縮して放つエゲツない兵器さ。
え?酷い?そうだろう酷いだろう、でもそれをやったのは同じ人間だ。今思い出してもムカッ腹が立つぜ。
んでよ、ある日その兵器を試射の名目で近くの山に発射したのさ、だが威力が余りにも強大でな、山を蒸発させて山の向こうの街や村まで消し飛ばしちまったのさ。
領地を消し飛ばされた隣国も消し飛ばした軍事大国も大慌てでな、結局その事件がキッカケになって軍事大国は世界に宣戦布告をしたんだ。
色々と後に引けなかったんだろうよ。
宣戦布告をした軍事大国はなりふり構わず精霊使いを捕らえ始めてな、協力を拒んだ精霊使いはみんな殺されちまった。
だが怒ったのは何も隣国だけじゃねぇ。一番激怒したのは精霊王アイテールよ。
兵器を一度使用する際にかかる精霊エネルギーは数千体だ、数千体の精霊が一度に居なくなる。
アイテールからしてみれば自分の子供同然の精霊達が殺戮されているのと同じ事だ。
怒りに染まったアイテールはその国を滅ぼしてはくれまいかと俺に頼み込んで来た。
何で自分で手を下さなかったのかって?そりゃお前、アイテールは自分の居城から動けねーからな。なんで?精霊王ってのはそういうモンなんだよ、納得しろ。
んで頼まれた俺はサクッとその軍事大国を滅ぼしたわけだ。
けどアイテールの怒りは収まらなくてな、その土地一帯に呪いを掛けたのよ。おかげでその土地は暴走したマナと魔道兵器からの廃棄マナの汚染とアイテールの呪いのトリプルセットで魔境化しちまってな。今でも廃墟のまま存在してる。そのトリプルセットのせいで土地の次元が歪んじまって人が立ち入るのは無理だろうがな。
で、精霊を兵器の材料扱いするような人間友には今後一切力を貸さん!と言って全世界の精霊達に人間の前から姿を消せ、何かを請われても無視を貫け、と命令したのさ。勿論アイテールも精霊城に引きこもっちまった。元々引きこもりみたいなモンだがな!何?笑えない?そうか。俺の中で鉄板ネタなんだがな……。
まぁ軍事大国のやらかした罪のせいで精霊がこの世から消えた、と思い込んだ人間共は精霊や精霊使い、精霊魔法の文献を全て抹消。精霊に関わると軍事大国の二の舞になると恐れ禁忌としたのさ。
一般人には知らされていないし、長い年月で忘れ去られているんだろう。だがな、殆どの国のトップ共は皆精霊の存在を知ってる、滅びの禁忌として語り継がれているからな。
そんな中、二百年ぶりの精霊使いが誕生したと世に知られれば禁忌を体現する者として追われたり、戦争の道具として狙われるかも知れねぇ。さっき言った明るい未来は無いってのはそういう意味だ。
この村は辺境に位置してるからおいそれと見つかる事は無いだろう。
しかし外の世界に飛び出すなら、精霊が見え、語り合う事が出来るという事は完全に隠す事だ。それが例え気の合う仲間だとしてもな。
まぁノワールは知ってるみてーだが……ウィンディアが大事ならその事実はてめーの中で消す事だ。
「はい、分かりました。ところでずっと気になってたんですけど……軍事大国の名前ってなんていうんです?」
「てめぇ!人の話聞いてたのか!」
顔の前で手を組み、口元を隠すように話していたグラムが机を叩いて立ち上がった。
「聞いてましたよ。でも一度もその軍事大国の名前出さなかったじゃないですか、教えて下さいよ。減るもんじゃ無いんだし、てゆーか貴方何歳なんですか?まるで二百年そこにいて自分が滅ぼしたみたいに話してますけど」
「だから言ってるじゃねーか。五百年前の勇者様だってよ」
「そうですか、じゃあ長生き勇者グラム様、軍事大国の名前教えて下さい」
「チッ……セレスティアだよ。セレスティア皇国、二百年前そこそこ栄えた魔導国家だよ」
「ありがとうございます」
「で?その目は他にも聞きてー事ありそうだな?」
グラムはテーブルに肩肘を突き顎を乗せて気怠そうな顔で俺に半目を向けた。
「そりゃ突っ込み所たくさんありますけど……仮に五百年の本物の勇者だとして、どうして今生きてるんですか?それともグールみたいなもんですか?」
俺の問い掛けにグラムの眉がピクリと吊り上がった気がした。
色々と突っ込みたい所め聞きたい事もたくさんあるけど一番聞きたいのはそこだ。
もしかしたら俺と同じように記憶を持ったまま何度も転生しているのでは?という考えが頭によぎったがそれをストレートに聞くのも良くない気がした。
「……グールじゃねぇよ。俺は死なない、死ねないし老いる事も無い、呪いでな」
「不老不死ってやつですか?出来ればそこんとこ詳しく」
「……んな事聞いて何が楽しい」
「いやだって五百年前の勇者様でしょ?それが呪われて不老不死になって何でこんな辺境の村で老人の真似事なんてしてんのかなって思いましてね」
グラムの顔色をチラチラ見ながら話してるけど、何か頭の隅に引っかかる。
大事な事じゃないけど、「あーそういえば」みたいな。
「……てめぇ、本当にただのガキか?いや、ソレを持ってる時点でただのガキなワケねぇ」
気怠そうな態度とチンピラみたいな喋りは変わらないが、その声には圧力が加わり、一瞬で俺の首筋に鋭いナイフが突き付けられているような錯覚を起こす。
さっき程じゃないが、俺に明確な殺意が向けられている事は分かる。
自分が飲み込む唾の音がやけに響いた気がしたが、俺は出来るだけ冷静を装う事にした。
「ど、どどどういう意味だですかね?ハハハ……ただのお子様であるからして?少し背伸びして大人の真似事しちょるだけやねん」
全然駄目だった!
カミカミだし何言ってるんだ俺!
「大体ソレってなんの事なんです?ただの何処にでもいるクソガキですよ、ただ寝顔が天使なだけの小生意気ですって」
よし、冷静になれた。
グラムの目線からして、ソレというのが俺の左腕の事を言っているのは確実だ。
なんなのこの人超怖いんですけど!
なんで左腕の事知って----あ。
思い出した。
「ああああんた!前にウチの門の所にいた不審者ジジイか!」
自分に向けられてる殺気も忘れ、俺は大きな音を立てて立ち上がった。
「気付いたのか。ただのガキが半年以上前、一瞬で目の前から消えた老人Aを覚えてるわけねーよなぁ?それにてめぇ今さり気なく左腕を隠したな?本当にただのガキなら自分の事ガキガキ言わねーだろ、あ?違うか?」
「う……あ……それ、は……」
射抜くそうな目、抑えているが暗く冷たい声、首筋に当てられたナイフどころか全身に剣の切っ先が当てられているような感覚、膝がガクガクと笑い喉が張り付くように乾く。
立ち上がれた事が奇跡みたいだ。
確実に殺気が増している。
溢れた殺意の余波はウィンディアにも及んでおり、ウィンディアの顔は蒼白で必死に浅く呼吸を繰り返している。
どうする?
ここで本当の事を言うのか?
けどどこまで言えばいい。
いやぁ実は私前世の記憶を持ってましてー中身はいい年なんスよーで、この左腕は神具ってゆーよく分からない義手でしてね。
なんて言うのか?
「黙ってねーで何とか言えよ、殺るぞ」
その一言で俺の身体が跳ねた。
比喩でも何でもなく、電流が流れたかのように本当に跳ねたのだ。
細められたグラムの目は獰猛な猛禽類のように静かに光っている。
あの目は本気だ。
何か言わなければ躊躇いなく殺られる。
「な、何でそんなに気になるんですか?」
「あ?」
「この、左腕……ですよね」
「そうだ。お前みたいに赤ん坊に毛が生えた程度のガキが持てる代物じゃねぇ、話によっては目を瞑ってやるがな」
「それは……話によっては殺す、って事ですよね」
「いや、殺しはしねぇよ。俺の目的はその左腕だからな、もぎ取ればいい話だ」
「そう、ですか」
ちら、と隣を見るとウィンディアはテーブルに突っ伏して気を失っていた。
グラムの放つ濃密な殺気に耐えられ無かったんだろう。
これなら少しは安心して話す事が出来る。
「事の始まりは--」
俺は椅子に座り直し、左腕にまつわるエピソードを淡々と語っていった。
グラムは相槌を打つ事も無く、ただ黙って俺の話を聞き、丁度気付いたら家の前にいた、という所でため息を吐いて口を開いたのだった。
「つまり不可抗力ってー事か。それが真実なら、な」
「嘘は言ってません」
「まぁそうだろうな。この状況で嘘を吐けるなら大したもんだ」
「そりゃどうも……でも何で分かったんですか?この左腕が神具イージスだと」
「そりゃ俺があそこに封印したからな。封印が解けると判るようにしてあっただけだ、で、イージスのマナを追っていったらテメェの家に辿り着いたってワケだ」
「あー……そうだったんですか……」
「でよぉ、これも聞きてーんだがな。テメェ、何回死んだよ」
「は……?」
質問の意図が分からなくて思わず気の抜けた声を出してしまった。
何回死んだって、やはり俺が転生した人間だって事を知っているのだろうか。
「テメェが内包してるマナの量は半端じゃねぇ、それこそ何度も仮死状態まで命を削らなきゃならねぇ程にな。神具を--いやそのイージスを装備するには莫大なマナが必要になる。テメェの左腕に変換したのだって無意識の内に形態変化をした証拠だ」
なんだ、転生うんぬんの話じゃ無かったか。
この世界に産まれてから三年、どっかで死にかけた事あったか……?
必死に記憶を辿ると幾つかの候補が上がったので、それと、ワンダ族と龍人族のハーフだという事を素直にグラムに話した。
「それっぽいなぁ。じゃ何か?テメェは三歳で
二度死にかけたって事か?それにワンダっていやぁ世界で有数のマナ限界値を誇る民族じゃねぇか。オマケに龍人の血も継いでいて……そんな人間が二度死にかけたと。テメェ、とんだバケモンだな」
グラムは呆れ果てたように言葉を切ると、微弱ながらも放ち続けていた殺気を止めた。
「死にかけるとマナの保有限界値が上がるって言うのは本当だったんですね」
「まぁな。一般人はそんなに限界値が高くない、だから増えた所で大した事はねーし元々の限界値に近付くと本能的にマナを使う事を抑えちまうからな、習慣ってやつだ。だがテメェは違う、その気になれば覇王級の魔法だって何発撃っても余裕なぐらいのマナを持ってる。末恐ろしいガキだぜ」
末恐ろしいにも程があると思うけど。
ワタシ怖いわ!
「限界値を上げる方法は死にかける事しか無いんですか?」
「いや?毎回ぶっ倒れるまでマナを使い切れば徐々にだが上がってくぜ、下手すりゃ死ぬから好き好んでやるヤツはいねぇけどな」
ごもっともだ。
だがやはり魔力枯渇を起こすと限界値が上がるのだ。
筋肉と同じ超回復の原理が当てはまるのだろうか。
でもそんな原因究明は学者にでも任せておけばいい。
「そうですか。もう一つ聞いてもいいですか?腕もぎとられないですか?」
「取らねえよ。テメェが怪しいヤツじゃねぇ事は分かったしな、で、何だ?」
「神具って、何ですか」
「話してもいいが……少し長いぞ?」
「構いません」
「物好きなガキだ。神具ってのはな……」
次回は6月26日18時投稿予定です。




