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第十話 七五三

ブックマークありがとうございます!

よろしくお願いします。


「強くなりたい……ですか?」


あれから数日後、俺は庭いじりをしているレックスの前に立っていた。

ビッグマウスの集団に襲われた際、この世界の危険性を目の当たりにした俺は自分の力の無さに嘆いた。

あいにく俺が住んでいるウルガ村バルザス大陸の最西端にある辺境の地であり、ここは他の地域に比べて魔物の生態も穏やかで目に見えた危険は無い。


このまま一生ここで暮らす分にはそこまでの強さは必要無いかもしれない。

しかし俺の人生をこの魅力的な世界の片隅のさらに辺境で終わる気は全く無い。


だが、前世より何倍も危険に満ち溢れたこの世界を動き廻るには力が足りない。

村を出るのは何年も後になるだろうけど、鍛え始めるのに早過ぎるというのは無いだろう。


「うん。ほらこの前村森で迷ってクラッシュボアに襲われたって話したじゃん?あの時はエグゼスがたまたま助けてくれたけどさ、エグゼスが来てくれなければ今ここに居ないだろうし」


「承知致しました」


「え?いいの?」


「歳がいくつであれ男が強くなりたいと願う。そこに細かい詮索は必要ですかな?」


「ありがとうレックス」


この御仁、中々渋カッコいい事を仰る。


「ほっほ、礼などいいのですよ。ですがノワール様、私の指導は厳しいものとなりますが宜しいですか?」


「構わない、それで強くなれるのなら」


「承知致しました。では……そうですね、昼食の後、ここにいらして下さい」


「わかった。ありがとう」



***



そして昼食後、俺はレックスの言う通り庭に出て、レックスが来るまで柔軟運動や体操をして体を温めていた。


「お待たせ致しました。始めましょうか」


「はい、宜しくお願いします」


レックスはいつもの燕尾服では無く、ツナギのような服に着替え、木剣を二振り携えて俺の前に姿を現した。


「ノワール様の身の丈に合う木剣がありませんでしたが……ノワール様でしたら使用可能かと思いまして」


レックスから受け取ったのは大人用の木剣だった。

俺の身長に迫る勢いの長さだがまぁ、振れない事もない。

こんな時の為に毎日欠かさず筋トレをしてきたのだ。


柄をギュッと握り、ニ、三度振ってみる。


「握りはこう、脇を締めて……そうです。重心と体幹を意識するのです。いつでも重心を動かせるよう……はい、そうです」


なんとなく振ってみたがレックスから駄目出しの駄目出し。

剣なんて初めて振るんだから当たり前の話なんだけどな。

前世だと精々大型のナイフを振るくらいだった、それとはやはり勝手が違って中々難しい。



「さすがにトレーニングを積んでいるだけはありますね。身体の動かし方に偏りが無い」


剣の握りから力の入れ方、足捌きや歩法などを一つ一つ丁寧教えてくれるレックスの教え方も偏りが無い。

どうやらレックスは褒めて伸ばすタイプらしい。


一通り教わると、それを反復練習、そして駄目出し。

褒められて調子に乗り、失敗して初めからやり直す。

そんな事を繰り返していると、夕暮れを知らせる鳥の声がどこからとも無く聞こえてきた。


もう夕方か。

夢中になると時間が経つのは早いな。


「今日はここまでに致しましょう」


「はい。ありがとうございました」


「いえいえ」


額に浮かんだ玉のような汗を拭い、お辞儀と共にレックスにお礼を言う。

レックスは汗の一つもかいていないが、同じく額を拭う仕草をして「お疲れ様でした」と俺の木剣を取り、家へと戻っていった。


「ふー……疲れた……」


レックスが家に入るのを見届け、地面にどっかりと座り込む。

全身を包む疲労感と撫でるようなそよ風がとても心地良い。


どこを見るでも無く、ぼけっとしていた時、ふと視線を感じた気がして庭をぐるりと見回す。

丁度門の所に目が行くと、そこにはローブを着た魔術師風の一人の老人と目が合った。

視線の主はあの人だろう。


うちに何か用なのかとも思ったが、用があるなら一声掛けてくるはずだ。

だが老人は声も発さずただじっと俺を見て立っているだけだ。


「あの」


声を掛けようとしたその時、ゴゥという音と共に突風が吹き抜けて庭の砂塵を舞い上げた。

反射的に目をつぶり、開けた時には老人の姿はどこにも無かった。


「なんだったんだ?」


一瞬門まで行こうかと思ったが、めんどくさいので止めた。


「……入るか」


全身汗と砂まみれで少し気持ちが悪い。

よっこらせ、とおっさん臭い事を言いながら食事の前に体を流すべく、俺は家へと戻ったのだった。



***




次の日、何故か俺はルルイエと庭で魔法の勉強をしていた。


昨日の夕食時の事だった。

俺が剣を習い始めた、とレックスがぽろっと言ったのだ。

するとルルイエはそれに対抗するように「明日はお母さんが魔法を教えてあげるね!」と半ば強制的に決めたのだった。


俺としては断る理由も無いし、昔高名だったというルルイエの手腕も見てみたかったので二つ返事でそれを了承したのだった。


「ノワールは魔法使えるよね?」


「いっ?!」


「知ってるんだよ〜?一人でお勉強してるの」


「あはは……」


ちぇっ、しっかりバレてら。

何で分かったんだろうか。

あまり大っぴらにはしていないのに……。

母親とはかくもこういうものなのだろうか。


そういや前世で軍の分隊にいた頃、若い連中が言っていたな。

「俺がやらしい本を何処に隠してもママンは見つけてくるんだ」と。

こういう事なのか。

レックスやリリンがポロリと漏らした線が濃厚だが、こういうものだと思っておこう。


「でも勉強と言っても俺は土魔術を毎日実践してるだけだよ?」


「ははーん。そういう事を言って褒めて欲しいんだね?土魔術って四属性の中で制御が一番難しくてマナの消費量が多い術なんだよ?それをその歳で使えるのは素直に凄いと思うよ。まぁワンダ族はほかの人間に比べてマナ保有量も限界値も遥かに多い方だから?私だって?小さい頃はそれぐらいの事出来たし?」


なんだかルルイエがやさぐれた様な口調なのは気のせいだろうか。

それにしても土魔術が一番難しいだなんて初めて聞いた。

本には一言も書いて無かったしなぁ。


「でも!他の三属性はやってないよね?お手本を見せるからそれを真似してやってみてね。分かってると思うけど初めはイメージが重要だからね」


「はい」


俺が返事をすると、ルルイエは真面目な表情になり、静かに詠唱を始めた。

この世界に生まれて二年と半年、初めて母の真面目な顔を見た気がする。


「燃え上がる揺らめきの(かいな)よ、尊大なる力の源よ、その灼熱の息吹の一欠片を我に貸し与えたまえ。火球(ファイア)


一呼吸の後、詠唱を終えたルルイエの掌にはソフトボール大の火の玉が重力に反し、ふよふよと浮かんでいた。


「凄い!凄いよ母さん!」


「えへへへ、そ、そう?でもこれ初級の初級だよ?ノワールだってすぐに出来るって。えへへへへ」


別にこれぐらい普通だし。的なオーラを出してはいるがルルイエの顔はダルンダルンに緩みっぱなしだ。


俺はお世辞で褒めているわけじゃない。

いくら俺が土魔術で色々やっているからと言っても火属性魔術は手を出した事が無かったのだ。

何も無い空間に突然火の塊が現れるんだぞ?

そりゃ無条件で感動もするわ。


「もっと!もっと見せてよ母さん!」


きゃいきゃいと興奮する俺は、さながら褒められた仔犬のようにちょろちょろとルルイエにまとわりつく。


ルルイエもそれで気分を良くしたのか、ダルンダルンの表情のまま新しい魔術を使うべく、掌の火球を消して咳払いを一つした。


「うふふ、そんなに褒めても一回につき一度しか魔法は使えないんだから落ち着きなさい」


「はい!次はなんですか?!」


「んーじゃあ次は上級魔術でも見せてあげよっかな!」


「えっ」


冗談だよな。

上級魔術を庭でぶっぱなすと聞こえたけど。


「……あはは、うそうそ!そんなに青い顔しないでよー本当にやるわけ無いじゃーん!」


ルルイエは絶対にやる気だったと思う。

嘘だと言う割には目が泳いでるしな。


「まぁまぁ!中級魔術を見せたげるからそんなムクれないの」


別にムクれたつもりは無いんだけどな。

何言ってんだこいつ、みたいな目で見てたのは否定しないけど。

それにしてもまた一つワンダ族の秘密がさらりと出てきたが、なるほど。

クレイクラフトやサンドタクトを飽きるほど使用しても魔力枯渇のような症状が出ないのは民族の特殊性、マナ限界値が常人より遥かに多い事に起因してるのか。

不運やトラブルばかりだと思っていたけど、案外そうでも無いのかもしれない。


「頂きを越えし自由なる旅人よ、荒廃を導きし灼熱の息吹の一欠片を纏い我と共に力を貸し与えたまえ。炎風噴来(フレイムタン)


ルルイエが術発動のトリガーとなる言葉を唱えた瞬間、ゴウ!という音と共に、俺の目の前に螺旋状の火柱が上がり、小さな渦となってくるくると回転している。


回転しているのだが……何かおかしい。

火柱は俺の目と鼻の先、手を伸ばせば届く所にある。

なのに、熱くない、どちらかと言うとぬるい。

手をかざすとほんのり温かみが肌を撫でるぐらいだ。


子供の目の前にこんな火柱あげんなよ!と一瞬思ったが、このぐらいの熱だからルルイエも平気だったのか。


「失敗した……」


違うらしい。

失敗したらしい。


「す、凄いよ母さん!炎がこんなになってるのに熱くないなんて!」


とりあえずルルイエの言葉が聞こえなかった(てい)で褒めておく。

だがその言葉も地雷だったようで、ルルイエの顔にどんよりと影が指した。


「ふふ、ふふふ。お母さんね、間違えちゃったの。だから凄く無いんだよ?でもありがとう、ノワールは優しいね」


ルルイエは開き直るでも無く、影が指しつつもはにかんだ笑顔を浮かべて俺の頭を優しく撫でる。


「何が失敗なの?」


突っ込むのは悪いと思うが、何が何やら分からないのでとりあえず無邪気に聞いてみる。


「んー……簡単に言うと初級魔術の詠唱と中級魔術の詠唱がごちゃ混ぜになっちゃったの。お母さんノワールが喜んでるの見て嬉しくて、つい、ね」


「ふぅん……でも詠唱を間違えても術は発動するんだね」


「そうだね。詠唱の一つ一つに意味があるからしっかりしたイメージと積み重ねた練度……慣れだね。があれば似たような術は出るけど……」


「使い物にならない?」


「そう言う事。ノワールは頭がいいね」


よしよし、と満面の笑みで俺の頭を撫でるルルイエをじっと見つめる。

その説明を聞いて俺の頭の中では、一つの可能性を見出そうとしていた。



***



あれから半年、特にこれと言ったトラブルも無く順調に日々を過ごしていた。


毎日やる事は変わらない。

朝早く起きて庭をランニング、朝食を食べて座学及び魔術特訓、昼からはレックスの指導の元鍛錬に勤しみ、夕方になればエグゼスと戯れる(もちろん庭でだ)。


バトルウルフであるエグゼスと戯れるのはいいトレーニングにもなるのだ。

主に動体視力と反射神経が鍛えられてとてもいい。

遊んでいると、ただ前足でパンチしてくるだけなのだが遊びに熱が入ってくるとその速度も熱に比例してどんどん早くなっていく。


そんなエグゼスのパンチを食らうと結構な頻度で吹っ飛ばされるので足腰ももっと鍛えなければならないな。


側から見れば二メートルの大熊に嬲られているようにしか見えないが、うちの使用人二人は微笑ましくみているだけである。


「ノワール様、お食事の用意が出来ました」


丁度エグゼスにワンパン貰って地面に転がされている時、レックスが覗き込むように声をかけてきた。


エグゼスに遊びの終わりを告げ、汚れを軽くはたき落して家に入る。


「あれ?」


外は日も沈みかけており、家も明かりを灯す時間なのだがどうにも暗い。

常夜灯がささやかに足元を照らしているだけで、メインの明かりが点いてない。


「リリンめ、また明かりつけるの忘れたな」


明かりの元は確かリビングの方にあるはずだ。

俺は明かりをつけるべく玄関から真っ直ぐリビングへ向かった。


「リリン。またあか」


「ノワールおめでとーーー!!!」


「おめでとうございます」


「きゃー坊っちゃまー!びば生誕ー!」


俺の声はルルイエ、レックス、リリンの三人の歓声で掻き消された。

俺が何事かと狼狽えていると、パッとリビングの明かりが灯る。


テーブルの上には様々な料理が置かれ、俺の席にはでっかい花束とケーキが置かれていた。


「今日で三歳!そしてなんと!ノワールは明日から私の生徒になりまーす!」


この世界に誕生日を祝うという風習は無い。

けれど三歳、五歳、七歳を迎えた年には家族で祝うというのが習わしとして通っている。

いわば七五三のようなものだ。

三歳では言葉、五歳では知恵、七歳では勇気を神から授かる事に感謝を捧げるという。


「生徒?いいの?」


「勿論だよ!駄目なんて言うと思ってるの?ていうかむしろ強制参加だし」


「あ、はい。いつから?」


「明日」


「ずいぶん急だな!」


というわけで俺は無事に?三歳になり、異世界に生まれ落ちて初めての学校へ通う事になったのだった。

次回投稿予定では19日17時ですが、書き溜めが出来ればその前にでも投稿できるかもしれませぬ。

ご意見、感想、誤字指摘などなどお待ちしておりまする。

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