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第九話 who is

少し遅れました。

よろしくお願いします。

あのひと騒動の後レックスがでかくなったエグゼスを庭に出して全身を洗い流した。

二メートルあるエグゼスの巨体を流すのに井戸水では追いつかないと判断したレックスは、俺の見てる前で魔法を使ってじゃぶじゃぶと洗い流していった。

あれをじゃぶじゃぶと言っていいのかは疑問だが土魔法以外の魔法を見る事が出来て俺は一人感動していた。


レックスが使用したのは初級魔術である落水(アクアフォール)だ。

これは火事の消化作業なんかに使われる魔術であり指定した空間から大量の水を流れ落とすだけのシンプルな魔法だが、それをレックスは威力を弱めてエグゼスに使ったのだ。


この世界にも石鹸はある。

だが二メートルの大型獣を洗うような大量の石鹸を常備している家なんて畜産業の方々でもあるか無いかだ。

勿論うちにも無い。


仕方無く落水(アクアフォール)で何度も全身を洗い流し、泥や返り血を落としていった。


その時レックスに魔法を教えて欲しい、とせがんだが「魔法であればルルイエ様の方が上手な筈」とやんわり断られてしまった。




「「「「いただきます」」」」


エグゼスを洗い終えた所で食事の声がかかり、家族で食卓を囲む。

どうやら俺がいつ腹を空かせて帰って来てもいいように軽い準備を済ませて待っていてくれたらしい。


遅めの夕食を囲み、和気あいあいと食事が進む中、一つだけ手付かずのおかずがあった。

あれは……確かルルイエが作ったやつだよな。


「ん?!坊っちゃま!欲しいですか!?ささ、奥様がよりをかけて作られたいっぴんですよ。どうぞどうぞ」


俺がそのおかずを注視している事に目敏く気付いたリリンが、素早く俺の前におかずを置き直す。

なんだろう、この反応速度。


「えっと……母さん、これ、ナニ?」


目の前に置かれた皿には青、紫、ピンク、赤黄色緑、色とりどりの野菜がふんだんに盛り込まれており、その野菜の所々から小さなイカタコの類のような頭が顔を出している。

そんな不思議なおかずを見て思わずそんな言葉が漏れた。


「ん?それ?母特製おかずだよ、ガニッシュって言うんだ」


ガニッシュ。

初めて聞く単語だ。


「そうですか」


ガニッシュとは何ぞや、と聞きたかったがまずは食べてみる事にした。


フォークで野菜とイカタコらしき物体を一緒くたに突き刺して口に運ぶ。

パクリ。


「うっ……」


強烈だった。


「どう?どう?おいし?」


俺を見て瞳を輝かせているルルイエを余所に、俺はおかずの味を拒絶する事に全神経を集中させておりとてもとても忙しかった。


拒絶反応。

まさか食べ物でそれが起こるとは考えもしないだろう。

そのくらい不味い。

酸味、甘味、辛味、塩味全てがその存在を主張し、反発しながらも混じり合う混沌とした世界。


「ノワール様……」


「坊っちゃま……」


使用人二人は食事の手を止めて、俺の反応に涙を浮かべ、ルルイエはキラッキラの眼差しで俺を見つめている。


これはどう反応するのが正解なんだ。

正直今すぐ吐き出したい。

だがそれをしたらダメな気がします。

母を悲しませるのは駄目だ。

いくら不味くてもその愛に変わりは無いのダカラ。

二、三度咀嚼した所で口が麻痺してきた。

四度目の咀嚼でブニュッと何かの液体が口内の中に広がった。

そこから先はあまり覚えていない。


「オイシイヨカアサン、フシギナアジ」


「ふふ!ノワールならそう言ってくれると思ってたよ!」


「オイシイヨカアサン、フシギナアジ」


「でしょ?リリンもレックスも分かってくれないんだよ?あまり好きじゃないからって」


「ソウダネ、オイシイヨカアサン、フシギナアジ」


「ノワール様……おいたわしや……」


「坊っちゃま……後でお薬を飲ませてあげます……」


霞む意識の中、カチャカチャとフォークを機械的に運ぶ音と、使用人二人のすすり泣く声、そしてエグゼスの遠吠えが小さく聴こえたのが断片的に残る記憶だった。




***



「……り……ワー……さま、ノワール様!」


「ぶふっ!……っがはっゲホゲホ……」


「あぁ坊っちゃま!よくぞご無事で!!」


「ゴホッコホ……すまない、二人は無事みたいだな……」


「はい。ノワール様がアレを片付けてくれたからこそ、我等は助かったのです」


「ありがとうございます坊っちゃま」


痛む喉をさすり、少しむせ込みながら上体を起こすとレックスが背中に手を回して支えてくれた。

ここは……。


「ここは浴室です。危険な状態だった為、胃の洗浄を行いました」


レックスの後ろからリリンがひょっこりと顔を出し、不安そうな声を出す。


あぁそうか。

俺はやったのか。

にしても胃洗浄って。

この執事、応急処置のレベル高すぎである。


「あれからどうしたの?母さんは?」


「はい。ノワール様は白眼を剥きながらルルイエ様の手料理全てを平らげました。その直後脱力したようで顔面からテーブルに崩れ落ち、それを見たルルイエ様はノワール様が疲れから食べながら寝てしまったものとみて今は書斎にてお仕事を」


「そうか……ねぇ二人共、アレは、何?なんなの?呪い?毒皿?食べた瞬間色々とおかしかったんだけど!?」


俺が声を荒げて言うと、二人は申し訳無さそうに目を伏せ、静かに語り出した。


「ルルイエ様はお料理が壊滅的に下手なのです」


「だろうね」


「はい。次に問題なのがその壊滅的な味をルルイエ様は美味しいと感じている所でございます。普通の料理を作り、見た目こそ同じでもその味は非人道的なものになるのです」


「…………は?」


あまりの衝撃に言葉が出ない。

うちのママンはあれを美味いと申すか。

しかも非人道的な味って塩と砂糖を間違えたとかそういうレベルのお話じゃないぞ。


「ルルイエ様はお優しい方です。それはもう底無に、自らを変えてしまうほどに……」


優しさと味覚に何の関係があるのか突っ込みたい所だったが黙って話を聞く事にした。


「ルルイエ様は昔高名な冒険家でありました。私共はルルイエ様と知り合って短いですが、ルルイエ様はいつも楽しそうに昔の話をしてくれました」


レックスはそこで一度言葉を切り、ちら、と俺の表情を見てからまた続きを語り出した。


「ルルイエ様は過去に一度長い期間パーティを組んだ事があるそうです。結論から言ってしまえばそれが、旦那様と深い仲になった縁のあるパーティでございます。ある日、ルルイエ様は病に倒れ、それを甲斐甲斐しく看病したのが旦那様であるゼクス様でした。彼の作る病食はそれはもう酷い出来でした、彼の故郷では常食されている薬膳料理もルルイエ様にとっては苦痛でしか無い、しかし心配そうに見つめる旦那様の目を見たルルイエ様はとても不味いとは言えず……」


「病気はどれくらいの期間罹ってたの?」


俺は不憫そうに語るレックスの言葉を思わず遮ってしまっていた。


「およそ半年……」


じゃあなんだ?

苦痛に感じるレベルの不味いもんを半年間食べ続けたってのか?


ルルイエがあんな味覚障害者みたいになったのは--。


「親父のせいか……」


俺が半分呆れたような声を出すと、レックスは慌てたように手を振りつつ続きを急いだ。


「旦那様もルルイエ様に負けない高名な冒険家でした、ただ少し感性が違うというか、種族的な意味合いもありまして……」


「種族?」


「はい。旦那様は世界的に有名な少数部族……龍人でございまして……」


龍人て……世界のどこかにある秘境に住んでいるっていう閉鎖的で有名な種族だったはず。

他の種族と隔絶的な強さを持つと言われているが、滅多に外の世界に出る事が無く、その強さは伝説となっているとか。


そんな人が俺の親父か……。

とは言っても面識が無いからなぁ、何の感慨も沸かないし、他人事のような気がしてならない。


「それで、親父は今何処に?」


俺が父親について一番聞いておきたい事をストレートに聞いてみる。


「旦那様は……遠くに、いかれました……」


「そう、なんだ。帰っては来ないんだね?」


「……はい。心苦しいですが……」


レックスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、搾り出すように告げた。


眉を寄せ、眉間に皺を刻んで黙り込むレックスだったが、俺としては、今まで居なかった存在がこれからも現れる事が無いという認識でしかなかった。

顔を合わせた事のない親戚が死んだとしても何の感情も浮かばず「あ、そうなんだ」で終わるのと同じ感じだ。


「どうにかなんないのかな?母さんの作ったアレ、どう考えてもバイオテロだと思うんだけど」


「ばいおてろ?ですか?」


「あ」


しまった、つい前世の感覚で話してしまった。

この世界にはバイオテロなんて言葉は無いんだった。


「人が食べる物じゃないって事だよ」


「そうですか。確かに私もその意見に賛成でございます。しかしルルイエ様に話すとなるとなんとも……」


「別にレックスが話す道理は無いよ。これは息子である僕が言うから、安心して」


俺が真面目くさってそう言うと、レックスは心底申し訳無さそうな顔で俺を見つめ、すぐに頭を垂れた。


「申し訳、ありません……」


「で、さぁ?」


「なんですかな?」


俺は声のトーンを少し落としら睨みつけるようにその人物を見る。

レックスはよく分かっていないようだが、質問したのはレックスにでは無い。


一つ、疑問というか、確認というか、聞いておかなければならない事がある。

思い出すとイラっとくるが--。


「なんでリリンはアレを俺に食わせた」


「え?!」


唐突に話を振られたリリンは目を丸くし、俺とレックスを交互に見る。


「リリンさ、アレが危険だって分かってて俺に食わせたよな?どういうつもりだ?」


「え、あの、えっと……それは、ですね、あはは」


俺が普段やらないような言葉使いで、声に怒りを乗せて話す様子に驚いたのか、はたまた別の理由なのか、リリンはしどろもどろになりながらも答えようとする。


「坊っちゃまはほら、龍人の血も引いてるし、奥様の子だし、イケるかなって、思って、献上致しました次第でありましてそのぅ、いえ、決して私に被害が及ばないようにとかそういうわけでは無くてですねハイ、不可抗力というか、悪魔の囁きと言いますか……」


リリンはそう言いながらもジリジリと後退しており、このまま逃げるつもりであろう事は容易に想像出来た。


「どこに行く?」


「どっ、何処に?!何処にいく?!いや、その、お暇だけは!お暇だけはご勘弁下さいませ!おねっ、お願いします!私、ここしか、ここしか居場所が無いんです!どうか、どうか御慈悲を!」


「はぁ……」


逃げ腰になっている事について指摘し、再び睨みつけると、リリンは顔を真っ青にして俺に縋り付いてきた。

パッチリとしたリリンの緋色の瞳には涙が浮かび、俺を掴む手は小さく震えていた。


レックスはそんなリリンを見てため息を一つ吐き、やれやれと肩をすくめるだけだった。


リリンは勘違いをしている。


このメイド、普段はのほほんと少し抜けているユルメイドなのだが、結構思い込みが激しく、ミスをする度レックスやルルイエに叱られてはマイナス思考の海にどっぷり浸かったり、庭の隅で「どうせ、どうせ私なんて、犬畜生にも劣る駄目駄メイドなんです……」と園芸用のスコップで地面を掘り返しては埋めるという奇怪ないじけスタイルを持つ。


今まで遠目で見ていたのもあり、彼女の思考は何と無くだが把握する事が出来る。

恐らく--。


「どこに行く?」

「どこでも好きな所に行くがいい、出て行け、クビだ!」


と、まぁこんな所だろ。


レックスはリリンの奇行も見慣れているので、深くは触れない。

リリンも俺が初めて怒りを現した事に驚いて、軽くテンパっているだけだと思う。

じゃなきゃ面倒くさ過ぎるしな。



しかしこのリリンの震え方、普通じゃない気がする。

そんなに強く言ったつもりも無いのだが、少し引くぐらいの光景だ。

顔は真っ青で目の焦点が上手く合ってないし、浅く呼吸を繰り返して、震え方もガタガタと全身を揺らし、まるで怯えているかのようだった。


「リリン、落ち着きない」


「ひっ!」


リリンの変わり様に俺が戸惑っているように見えたのだろう。

黙って立っていたレックスが震えるリリンの肩をそっと抱き、諭すようにゆっくりと声をかけた。


「大丈夫です。ノワール様はそんな事をする人ではありませんよ。ですよね?ノワール様」


「あぁ。そんなつもりは全く無いから安心して」


むしろここまで怯えられると怒る気になれない。

リリンはレックスと俺の言葉を聞いて少し落ち着きを取り戻したが、未だ不安そうに目に涙を溜めて俺を見ている。

俺は「本当に怒ってないよ」と少し背伸びをして頭を軽くポンポンと撫でる。


「はっ!すっすすすすすいません!」


それで正気に戻ったのかリリンは慌てて俺から離れ、乱れた髪を直しつつ謝罪を述べた。


「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません……」


「大丈夫だよ。僕も脅かすような事してごめん」


それにしてもあの怯え方は尋常じゃなかった。

リリンの過去に何かあったのかも知れない。

いつか彼女の口から聞ける事があればいいな。


「けど」


「「けど?」」


怒る気はとうに失せていたが、何かしら仕返しはしたい。


という事で、生体リンクをしているエグゼス先生にコンタクトを取り、こちらにお越しいただいた。


「フルルル……」


浴室の扉から静かにエグゼスの声が聞こえ、扉がゆっくりと開いていく。


「え、エグゼス……?どうしてここに……?」


俺とエグゼスは生体リンクされた事により、ざっくりだが意思の疎通が出来るようになった。

よって俺のして欲しい事もエグゼスには通知済みなんだな。


「アゥウウウ……」


「まって、なんで舌だしながら近づいてくるの。なんで尻尾振ってるの。エグゼスいけません。ひ、やだ、来ないで、なんか猛烈に嫌な予感がす」


リリンが最後まで言葉を発する事は無かった。

なぜなら--。


「ひいい!!!」


大熊のようなエグゼスの長い舌がリリンの顔面を縦横無尽に舐め回し始めたからだ。


「やぶ、ひぃ、うぶふ、苦し、いぎが、ぷっは、ぬめる、ぬるむるす、やめ、ほん、と、ぷげら」


ハァハァと熱い息を吐きながらリリンの顔を舐め回すエグゼスの顔はとても嬉しそうで、ヨダレまみれになっているリリンを離そうとせず、

そのまま食いつくのでは無いかというぐらいの喜びようだった。


俺がその光景を微笑ましく見守っていると、突然、ガリ、という硬い物同士がぶつかり合う鈍い音が聞こえた。


「ん?」


なんの音かと、発生源を探すとエグゼスが尻尾を大きく振りながらリリンの顔面を咥えていた。

エグゼスの牙がちょうどリリンの着けていたカチューシャの留め具に当たり、そのせいで、ガリ、という音が鳴ったのだった。


「い、ひひ、えひひ……いやああああ!」


エグゼスはかなり軽い力でリリンの顔を咥えていたので大した痛みも無いはずなのだが、リリンの混乱は頂点に達したのか、エグゼスを突き飛ばし、家の奥へと泣きながら走り去っていってしまった。


「やり過ぎだエグゼス」


「クゥーン……」


リリンが走り去った方を見つめながら項垂れるエグゼスの背中を、軽く叩いてから俺は浴室を後にするのだった。







次回6月12日17:00投稿です。

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