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八号車:次はきっと

七号車の乗客は読書中に眠ってしまったようだった。

椅子に腰かけ、足を組んだ状態で眠っている。

切符を栞代わりに使っていて、確認のために抜き取るのは少しばかり心が痛んだ。


最後の車両である、八号車の乗客は男性。

楽しげに外の景色を眺めている。

「あっ、もしかして車掌さん?」


車両に入るなり、声をかけられる。


「はい」


「退屈してたんですよ!隣の人は読書してるみたいだったし」


私は「え?」と声を出すと、彼はぎょっとした。


「あ・・・隣でも、他人の車両の行き来や覗くような行動は原則禁止なの

すっかり忘れてました。ごめんなさい」


その姿は、悪戯して母親に怒られる少年のようだ。


「車両にベットも付いて、しかも一人なんて、セレブにでもなった気分ですよ!」


今日の列車の中でも、一番元気なのは彼だろう。


「その時乗車されるお客様の数に応じて車両も変化しますよ。

あの・・・切符の確認を」


「切符ね、確か・・・なくさないようにしまったはずなんだけど、あれ?」


胸、ズボン、上着のポケットを探るが見当たらないようだ。


「ごめんね、車掌さん。見つけるから俺の話でも聞いて時間潰して!」


「わかりました」


「俺ね、本当は昨日この列車に乗る予定だったんだ。でも、昨日は絶対に外せない用事があったんだ」


「用事ですか?」


「うん、俺の彼女の命日。

彼女に自分の決意とか色々伝えてから、列車に乗ろうって決めたんだ」


「そうなんですか」


「俺さ、普段からこんなふざけてるから・・・」


そこで言葉が途切れる。

私は彼の言葉を待った。


「彼女が死んじゃったのは、俺のせいなんだ」


彼が苦しそうに吐き出した言葉。

涙声だった。


「おかしいなー?鞄にしまったかー?」


男性は窓際に置いてある大きめの鞄を開け、覗き込む仕草をした。

きっと私に、泣き顔を見られないために。


「夏の暑い日にね、彼女とドライブに行って事故に遭ったんだ。

彼女が前々から行きたいって言ってた場所なのに。

車掌さん、知ってる?」


「・・・?」


「人間ってね、どんなに大切な人が隣にいても、自分が危険な目に遭うと自分を守るんだって。結局は、自分が可愛いのさ」


鞄の中を漁りながら、男性は話を続ける。


「俺はそんな話、信じなかった。でも、俺も同じだった」


何て言葉をかけていいのか、わからなかった。


「俺は、その後の49日間・・・彼女の両親、友達、彼女に関わる色んな人に謝りに行った。けど、許してもらうどころか、俺に気づいてもくれなかったんだ」


「・・・」


「当然だよね。俺、死んじゃってるし。わかっていてもショックだった」


「彼女はもうこの列車に乗ったんだろうな・・・

ま、俺みたいなダメな男よりも、もっといい奴見つけてほしいのが願いだけどね」


男性は、切符を探しているため、私の角度から表情は見えない。

けれど、寂しそうに笑みを浮かべているのは何となくわかった。


「でもね、車掌さん。死んでからわかるんだけど、大切な人には自分のことを早く忘れてほしいって思う反面、忘れてほしくないんです。恋人じゃなくてもいい、父親でも兄ちゃんでも、また彼女と関わりたいんです。次は・・・次は彼女を守りたいんです」


言い終わると男性は「おっ」と呟く。


「切符あったよ!くしゃくしゃになってるけど・・・」


手渡された切符を受け取る。

私はその切符を見て思わず微笑んだ。


「大丈夫ですよ、きっとまた彼女さんに出会えます」


切符を返す。


「確かに確認しました、よい旅を」


男性も私に微笑み返した。


私は男性に軽く会釈をして踵を返した。

先ほど三号車であった女性、今会った男性の切符の印字が同じだった。


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