六号車:あてのない旅路
四号車、五号車の乗客は眠っていた。
どちらの乗客も目のつくところに切符を置いていたので、切符の確認を済ませた。
六号車の乗客は男性だ。
景色を眺めるというよりは、何か考えているように見えた。
「こんにちは、切符の確認です」
私の呼びかけに、男性は顔も向けず
ただ、無愛想に切符を差し出した。
「お客様・・・」
「何だよ」
少し苛立ちの籠った声。なおも私は続ける。
「この切符、不備がございます」
「不備?」
やっとこちらに顔を向けた。
「本来印字されている箇所に、印字がございません」
「・・・そうかよ」
ふっ、と鼻で笑う。
この男性は最初から不備があるのをわかっていて乗車したのだ。
こういったことは珍しくないが、少し厄介だ。
「なぁ」
私がそう思っていると、突然声をかけられた。
「それがないと、俺はどこに行くんだ?」
その声は微かに震えていた。
「終点までの乗車は可能ですが、ホームからは出られません」
そう私が答えると、男性は力なく笑った。
「はははっ、やっぱりか
元々俺には、この列車に乗る資格なんてないんだ」
「どういうことでしょうか?」
「アンタには関係ないだろ。それよりさ、途中下車ってできる?」
「・・・可能です。
が、途中下車された場合は、もう二度と当列車に乗車することはできません」
「え・・・!?」
男性の目が大きく見開かれる。
二度と乗車できない。これが何を意味するのか理解できたのだろう。
「俺な、弟がいたんだよ。兄とは違って優秀な弟が」
何の脈絡もなしに、男性が語り始めた。
「当然、小さい頃から親父もお袋も弟を可愛がった。俺はいつも蚊帳の外だったよ。俺が高一の時、親父と釣りにでかけた弟は、海で溺れた子供を助けようとして二人とも死んだ・・・親父も、弟も」
「・・・」
「お袋は思い出に閉じこもった、俺なんてどうでもいい程に。
だから、まぁ・・・俺はここに居るんだけどよ」
「お辛いですね」
「辛いか、昔はそう思ったよ。でも今は何も感じない。俺には行き先もあてもないんだ。だから切符に不備があった」
男性は「車掌さんは最初から気づいてたんだろ?」と呟いた。
その言葉に覇気はなかった。
「申し訳ございません」
「謝るなよ、アンタは何も悪くない」
「お客様、目的が無いのも旅の楽しみ方の一つです」
私がそう言うと、男性は不思議そうな表情を浮かべた。
「終点に着くまで目的が見つかる可能性もあります。
たとえ目的が見つからなくても、一番大切なのは、“自分はどうしたいかということ”だと思います」
「・・・俺、心理学なんてものわからないけど、車掌さん
アンタ、カウンセラーみたいだな」
男性は私に言うと、初めて笑顔を見せた。
「今の俺はどうしたいか、何となくわかった気がする。
ありがとよ、車掌さん」
私は男性に軽く会釈をして次の車両に向かった。
男性が軽く手を上げる。
その手に持っている切符には、うっすらと新しい印字が見えた。