三号車:真夏の後悔
三号車の乗客も女性だ。
切符を握りしめて、涙を流している。
「こんにちは、切符の確認です」
私がそう声をかけると女性は裾で涙を拭き、切符を手渡した。
「確かに確認しました、よい旅を」
「あの・・・車掌さん」
蚊の鳴くような弱々しい声が、私を呼び止めた。
「はい?」
「笑うかもしれませんが、私、終点に着くのが怖いんです」
怯えた表情で私に訴えかける。
「どうしてですか?」
「私、自分のせいで彼氏を事故に巻き込んだんです。それなのにこうして、のうのうと列車に乗っていていいのかなって」
「・・・」
「乗った以上、終点まで行かなきゃならないんですよね?」
「ええ、終点まで切符は有効ですから」
「列車を降りて彼がそこにいたら、私・・・どうすればいいか」
不安、悲しみ、迷い
複雑な感情を抱えた彼女は、また今にでも泣きそうだ。
「夏の暑い日に、デートに連れて行ってくれたんです。私のわがままを無理やり聞いてくれて、優しい人でした。あの時、私がわがままを言わなければ、あんなことには・・・」
女性はそこまで言うとまた泣き出してしまった。
「すみません、泣くなんて、車掌さんも迷惑ですよね」
彼女はそう言うと無理に笑って見せた。
その笑顔はとても痛々しく、こちらも辛い気持ちになりそうだった。
すすり泣く声が部屋を埋める。
私はただ、女性が落ち着くのを待った。
「前から、この列車には乗ろうと思っていたんです。頭でわかっていても、体が動いてくれなくて・・・彼に怒られますね」
寂しく笑うその顔には、後悔の色が残っている。
「もう彼に謝ることはできないけれど、もし、また巡り合えたら
その時はもう一度彼を支えてあげたいです」
「・・・そう、ですか」
私も彼女に微笑みかける。
「何だか車掌さんに話したら、終点に着くのが楽しみになってきました。
さっきまで答えなんて、全然見つからなかったのに
・・・今もまだ怖いですけどね」
女性は、また笑って見せる。
私は女性に会釈をして次の車両に向かった。
彼女が最後に見せた笑顔は、辛さは消えて心から笑えている様だった。