第1話 さらばメタルドラゴン
時は未来、2232年12月31日。
午後7時過ぎ──
首都東京の中心部は炎に包まれていた。
火柱と化したビルの群群が漆黒の夜闇へと黒煙を登らせている。
地上は混乱の巷と化し、逃げ惑う人々に禍々しい殺気を帯びたロボット達が襲いかかり次々と殺されていった。
当然警察や自衛隊も駆けつけ自分たちのロボットを引き連れて敵ロボット達と戦い人命救助に勤しんだが、それを上回るほどの害悪に圧倒されていた。
そんな地獄絵図のような首都を見下ろすように、巨大な飛行物体が黒煙立ち込める夜空に浮かんでいた。
円柱に近い形のその鋼色の飛行物体は、この地獄を作り出した国際的テロ組織ダークシャドーの要塞である。
その内部では──
「ご覧ください首領、我らダークシャドーが総力を結集すればこの通り東京は火の海でございます」
モニターに映し出された燃える街並みを見ながら、一人の男──白井呉十郎が言った。
彼はダークシャドーの科学者の一人で、かつては天才科学者として名を轟かせていたが政府から依頼される仕事では物足りなくなり、もっと自分の才能を生かせるような仕事をしてみたいと思っていた矢先にダークシャドーにスカウトされ、今となっては組織の最高幹部にまで上り詰めた人物だ。
「うむ……」
首領Dは西洋の甲冑をイメージした漆黒のアーマースーツと同じく黒い仮面のせいで表情は読み取れないが、この様を見せられてもまだ気が抜けない様子だ。
「どうされました? まだ何か不満があるご様子ですが……」
顔色を伺うように白井が尋ねると、ややあってからDは言った。
「……ヤツが、来る」
その一言で白井はモニターに向き直った。
そして見つけた。暗黒の空に一点の光を。
黒煙に覆われた夜空に輝くそれは星ではない。銀色の輝きを放つそれは胴体は人型であるが、背中には竜のような翼を広げ竜そのものの頭をした一体のロボットであった。
「やはり来たか……メタルドラゴン!」
Dが叫んだ。
それこそがダークシャドーの好敵手たる正義のロボット──メタルドラゴンだったのだ。
「よくも街を、人々を! 許さんぞダークシャドー! 今度こそ決着をつけてやる!!」
メタルドラゴンも怒りを込めて叫ぶ。
翼の下部のブースターの出力を最大にし、Dの待つ要塞へ向けて急接近する。
「メタルドラゴンよ、今まで貴様には何度邪魔をされてきただろうか……。いや、もうそんなことはどうでもいい。今日が貴様の最期なのだからな!」
Dがそう言った後、示し合わせたように白井が叫んだ。
「ゆけ、ガーゴイル! あの忌々しい飛竜を討ち取るのだ!」
すると、要塞外部のシャッターがいくつか開き、中から蝙蝠のような翼をもつロボット達が飛び出してきた。その数、おおよそ五十体以上。
細めの人型の体に邪悪な形相のそれらはまさに悪魔とでも呼ぶのが相応しい見た目だった。
そのロボット──ガーゴイル達はまさに蝙蝠の大群を想わせる動きでメタルドラゴンを囲むようにその周りを飛んだ。
そして死角に回ったものから一気にメタルドラゴンに向けて突撃してくる。
「クッ……邪魔をするなッ!」
メタルドラゴンは体を丸めた。
しかし翼は大きく開いたままで。
そのまま高速回転を始める。
直後、風が起きた。メタルドラゴンを台風の目に見たて強風が巻き起こったのだ。
「スクリューウェーブ・スライサー!」
メタルドラゴンが技の名を発した次の瞬間、周りを飛んでいたガーゴイル達に異変が起きた。
強風には耐えていたのだが、突然鋼鉄であるはずの体が細切れに切り刻まれたのだ。
これはスクリューウェーブ・スライサーによって発生した強力なカマイタチによるものなのだ。
そうしてガーゴイル達を一掃したメタルドラゴンだったが、未だに回転を止めない。
すると今度は回転したまま一度空高く急上昇して勢いをつけ、再び急降下して要塞に突っ込んで行った。
その姿は、さながらドリルそのものであった。
「メタルドラゴン・スピニングブレイク!」
技名を叫び、ドリルと化したメタルドラゴンは要塞の壁にぶち当たった。
ギャリギャリと音を立てて要塞の壁に潜り込んでいく。
そしてついに壁を突き破り、そのまま要塞内部に飛び込んだ。
その様子をモニター越しに見ていた白井は冷や汗を流して首領Dに向き直った。
「メ、メタルドラゴンに要塞内に侵入されました!」
焦りを隠せない白井だったが、Dは冷静に答える。
「心配はいらん。ここまでは想定内だ。ここから先は、メタルドラゴンを手厚く出迎えてやろう」
要塞の中に侵入したメタルドラゴンは、翼を広げ飛行しながら要塞内を探っていた。
どこかに必ずDがいる。首領である奴さえ倒せれば、全て終わらせることができる。
その思いを胸にメタルドラゴンは進んでいたが、ふとその目の前に立ち塞がる影が現れた。
「ようこそ、メタルドラゴン」
影から発せられた言葉に、メタルドラゴンは着地し、影の方を凝視した。
見たところ相手の方もロボットのようだ。
基本的には人型であるが、頭部はサソリを模った意匠をしている。
「俺の名はフラロウスコーピオン。今までお前と戦って倒されていったダークシャドーのロボット達が記録したデータを元に造られた、お前を倒すためだけの存在だ……」
フラロウスコーピオンはそう言い、メタルドラゴンを見据えた。
「……だから俺は、お前を倒す。どんな手段を使ってでも」
この言葉に、不思議とメタルドラゴンは戦慄をおぼえた。
フラロウスコーピオンはさらに続ける。
「俺はお前を倒すためだけの存在……故に俺の存在価値はそれ以外には無い。だからこそ、俺はお前を必ず破壊する……!!」
メタルドラゴンが感じた戦慄はこのためだった。
彼はメタルドラゴンを倒すためだけに造られたと言った。つまりはそれ以外に彼には存在意義がない。
となればこれほど恐ろしい敵はいないだろう。
フラロウスコーピオンは何がなんでもメタルドラゴンを完全に破壊するつもりだ。
その意思の強さは機械のロボットである分、人間の固い決意よりも強いことだろう。
「……わかった。ならば私も全力でそれに応えよう!」
フラロウスコーピオンの意思を汲んだメタルドラゴンは、言葉通り全力を込めてフラロウスコーピオンに向かって行った。
「どうやらフラロウスコーピオンとメタルドラゴンがついに衝突したようです」
モニターにはメタルドラゴンとフラロウスコーピオンが戦っている様子が映し出されていた。
それを見て白井は安堵の表情を浮かべる。
「フラロウスコーピオンは対メタルドラゴンのために今までの全戦闘データを取り込んできた機体、これでメタルドラゴンの最期ですな!」
「気を抜くな、メタルドラゴンの確かな最期を見届けるまでは安心できん」
Dが言った直後、モニターの映像がいきなり砂嵐に変わった。
どうやら二体の激しい戦いの余波が監視カメラにまで及んだようだ。
「なっ! 監視カメラが破壊されたか! すぐに別のカメラの映像を……」
「その必要はない」
「し、首領……」
「こうなったからには、どちらがここに来るかを予想するのも悪くはない。結果がわからないのも面白いとは思わないか」
「そ、その場合、もしもメタルドラゴンが勝っていたら……」
「心配はいらんと言っている。その時のための備えも──」
ドガァァァァァァァァン!
Dの言葉を遮るように、D達の居る部屋の扉が爆風で押し開けられた。
辺りに白い煙が立ち込める。
そして煙が晴れると、フラロウスコーピオンが大の字の姿で倒れていた。
「フラロウスコーピオン!?」
パニックになりながらも、白井はフラロウスコーピオンに駆け寄った。
「白井博士……申し訳、ありません……俺は結局、お役にませんで…………」
そこまで言って、フラロウスコーピオンは機能を停止した。
白井の方を向いていた顔がガクリと傾き、白井に伸ばしていた手も力なく垂れ下がった。
ふと白井が顔をあげると、メタルドラゴンが両眼を真赤に光らせて見下ろしていた。
「メ……タルドラゴン……!」
あまりの恐ろしさに白井は五歩ほど退がって腰を抜かした。
そこへ──
「よくぞここまでたどり着いたな、メタルドラゴン」
パチパチパチと、Dの拍手の音が響く。
そして立ち上がったDに、メタルドラゴンは顔を向けた。
「D……今度こそ逃がさないぞ!」
「フッ、威勢はいいが、その体でなおも戦えるのか?」
Dの言うとおり、メタルドラゴンはフラロウスコーピオンとの戦いですでに満身創痍だった。
鋼鉄の体のあちこちが傷つきへこんでおり、右腕にいたっては二の腕から下が失われていた。
しかし、その内に宿る闘志は全く衰えてはいなかった。
「これくらいどうということはない……少なくともお前を倒せるくらいの力はまだあるッ!」
溢れ出る闘志をむき出しに、メタルドラゴンはDへと一歩ずつ近づいていく。
「首領……!」
白井が青ざめた顔でDを見やるが、Dの方はというと全くと言っていいほど動じてはいなかった。
そうしてメタルドラゴンがDを自分の間合いに入れたその瞬間……
ガシャン!
倒れた。メタルドラゴンが倒れたのだ。
メタルドラゴン自身何が起こったかわからずに足元をみると、メタルドラゴンの左足首が無くなっていた。
見たところ、なにか高熱によって溶かされたようだったので、おそらくはビームによるものと思われる。
そしてさらに後ろを向くと、なんとそこに先ほど機能停止にまで追い込んだのを見たはずのフラロウスコーピオンの姿があった。
フラロウスコーピオンは右手を専用のビーム兵器──ジェノサイドキャノンの砲身に変形させてこちらに向けていた。
「バカな!? これは一体……」
「フフフ……つまりはこういうことだ」
言われてメタルドラゴンがDの方を向くと、そこにはさらに二体のフラロウスコーピオンがDの両脇に立っていた。
そしてさらに、Dの背後からもう二体のフラロウスコーピオンが現れた。
これにより、計五体のフラロウスコーピオンがメタルドラゴンの周りを囲む形となった。
「我々の科学力であれば、これほどのものでも量産できるのは当然のことだ。一体でも貴様をそこまで追い詰められたのだ。ならばこれで今度こそ詰みだな、メタルドラゴン!」
勝利を確信した口ぶりでDが語る。
五体のフラロウスコーピオンはそれぞれ右手をジェノサイドキャノンに変形させてメタルドラゴンを狙った。
「貴様の最期をこんなにも近くで見届けられるとは幸福なことだ。最後に何か言い残すことでもあれば聞いてやろう」
この言葉にメタルドラゴンは右脚に力を込め膝立ちの状態になり、Dを睨みつけて言った。
「……私はまだ諦めてはいない。必ずお前達を滅ぼし尽くしてやる!」
「フン、負け犬の遠吠えとは惨めな……ならばもうよい、終わりにしようか」
Dが右手をあげると、フラロウスコーピオン達はそれぞれメタルドラゴンの体の一点に右手の砲身を向けた。
「さらばだメタルドラゴン! やれッ!!」
そう言ってDが右手を前に出すと、フラロウスコーピオン達のジェノサイドキャノンが一斉に光線を発射した。
狙いは上胸部。そこにエネルギー源があることを知っていて狙ったのだ。
放たれた光線は集中し、メタルドラゴンの上半身に風穴を開けた。
「ッ…………!」
声を発することもなく、メタルドラゴンは仰向けに倒れた。
「やったぞ!」
メタルドラゴンの最期を確信したDが歓喜して叫んだ。
「フハハハハハ! やった! 勝ったぞ! ついにメタルドラゴンは我々ダークシャドーの前に破れたのだ!!」
嬉しさのあまり、Dは隣にいたフラロウスコーピオンの肩を何度も叩いた。
一方でフラロウスコーピオン達の方は、メタルドラゴンを破壊するという目的を果たしたためか、完全に沈黙していた。
「フフ、流石はプログラムに忠実なロボット達だ。安心しろ、お前達の新しい仕事はまた後からいくらでも与えてやる」
そうしてDは、先ほどから腰を抜かしたままの白井の方に歩みより手を差し出した。
「さあこれで打倒メタルドラゴンの悲願は達成された。あとはこの世界を滅ぼし尽くし、新たなる世界を築く。ついて来てくれるな、白井?」
「は……はい! どこまでもついて行きます!」
白井は未だに怯えた様子だったが、Dから直接かけられた言葉に落ち着きを取り戻し、その手を取り立ち上がった。
「これまでのメタルドラゴンやその他の者達の邪魔によって、今やダークシャドーの幹部はお前だけになってしまったが……これでようやく報われたな」
「はい……。死んでいった同朋達のためにも、我らダークシャドーによる新たなる世界を創り上げましょう」
と、その時だった。
「まだだ!」
突然、二人の後ろで何者かが声を上げた。
それを聞いてDと白井もそちらを向く。
「な……なんだと!?」
「そんな……まさか……!」
二人は驚愕した。
なんと、機能を停止し倒れたはずのメタルドラゴンが再び起き上がっていたのだ!
「バカな……確かに貴様は……」
「そうだ……私は確かに、完全に体の機能を停止させられた……だが、体は壊せても『魂』までは壊せなかったようだな……」
「魂……だと?」
Dは眉を顰めた。
何を言っているのかがよくわからない。
だがメタルドラゴンの方はそれに構わず次の行動を起こした。
「私の魂……今ここで燃やし尽くす!!」
そう言って自分の胸に空いた穴に残った左手を差し込んだ。そこから何かが取り出される。
それは白く光り輝く球状のものだった。
メタルドラゴンが胸から取り出した光の球──バルエナジーコアは、いわばメタルドラゴンの心臓とも呼べるものだ。希少な物質バルエナジーを組み込み、電気をほんの少しだけ流すことにより半永久的に発電し続けるこのコアが、メタルドラゴンのエネルギー源なのだ。
メタルドラゴンはそれを高く掲げる。
それを見たDはさらに驚愕して叫んだ。
「バルエナジーコア!? 先ほどの攻撃でも壊れていなかったのか!?」
「だから言っただろう、お前達は私の体は壊せても魂までは壊せなかったとな!!」
メタルドラゴンのコアを握る手に力が込められる。
と同時に、バルエナジーコアの放つ光は白から赤に変化した。
それはバルエナジーコアが臨界点に達したことを示していた。
「まずい! 何をしているフラロウスコーピオン! 早くメタルドラゴンを──」
Dがそう言いかけた時、その体を衝撃波が襲った。
メタルドラゴンのバルエナジーコアが爆発する、その寸前に発生したもののようだった。
吹き付けるとも吸い寄せるともとれる強風が巻き起こり、Dも白井も思うように身動きが取れなくなっていた。
「この命と引き換えに貴様らの野望を打ち砕く! 思い知れ、ダークシャドー!!」
メタルドラゴンの叫びがこだまする。
「おのれ! おのれメタルドラゴン! おのれええええええええええええええええええええええ!!」
Dも絶叫をあげた。
その声すら、吹き荒れる衝撃波によって徐々に小さくなっていってしまう。
(さようなら、翔さん、みんな……。後のことは……頼みました………………)
何も見えず、何も聞こえなくなっていく中で、メタルドラゴンは共に戦ってきた仲間達のことを思い出していた──。