第四話 人に歴史ありっていうけれど
出てきた料理はありあわせで作ったとは思えないほど出来が良かった。少年が今まで食べてきた料理が全て色褪せてしまうくらい。おそらく空腹であったこともその理由なのだろうが、それを加味したとしても断然美味かった。
「おっさんさ、そんなナリしてるくせにメシの味付けは繊細なんだもん。絶対詐欺だよ」
それだけに、少年はついつい悪態をついてしまう。実際マーケンの体格は料理人と言うよりも鉱山夫といった出で立ちだ。また肌の見えるところは所々大きな傷があり、彼が以前調理場ではなく戦場にいた人間であることがこの少年は一目で分かった。少年の殺気を受けても平然としていられるだけの力量がマーケンにはある。
「……料理なんて少しばかりの才能と繰り返し作ることでたいていは美味く作れる」
「まあ、中にはその理屈が通らない者もいるが」言いつつマーケンはアナトの方を見た。
彼が厨房に彼女を立たせない理由はルーンが帰って来た時の居場所を守るためでもあるが、何よりも壊滅的に料理センスがない彼女に料理をさせると食材と片付けの無駄だと知っているからである。
「何よ、女が料理できないのがそんなにいけないの!?」
先ほどまで縛られていたからだろう、アナトは警戒心を剥き出しにして少年を睨んだ。少年はその少女の方を見つつため息をつき、そして一言。
「別に悪いとは言ってないだろう。……ただな、おっさんが可哀想だなと」
「ムカつく~ッ!!」
「……そんなにからかってやらんでくれ。血の繋がりこそないが、俺にとっては目に入れても痛くないくらい大切な娘なんだ」
そのマーケンの言葉に少年は口を紡ぐ。真摯な彼の言葉に何か感じる事があったのか、彼は視線を外し黙って目の前に並んだ料理を食べ始めた。
最初は机いっぱいに並べられた料理は少なくとも三人前くらいあったのだが、彼の何処にそれだけの量が入るスペースがあるのか、今はそれらすべてが屑一つ残すことなく少年の胃に納められてしまっている。
「アンタ、良くそんな食えるわね。いったいいつから食べてなかったの?」
「さあ、少なくとも最後に手の込んだものを口にしたのが三日くらい前だった気がする。今日までは森に生えていた草とかトカゲとか、そんなものばっかり食っていたな」
少年の言葉に、思わずアナトは顔をしかめる。その様子に少年は肩をすくめた。
「街で呑気に暮らす箱入り娘には分からないだろうが、世の中にはそうやって暮らす人間もいるってことだ」
「……それは、お前が背負っている運命が関わっているのだろう?」
マーケンは少年をジッと見つめる。その顔は少年が何者なのか分かった上での言葉のようだ。
「……ああ。その通りだ。俺の名前はクロウ。まあこの名前で呼ばれるよりも『血眼のコヨーテ』と呼ぶ奴のほうが多いけどな。この剣は『ティルフィング』って言う。おっさんのほうはあらかた予想が付いているだろうけれど、俺は神殺しだ」
そういって、少年、クロウは色の異なる両瞳で彼を見た。
「……やはりな、ということはその剣は魔剣か?」
『そういうこった。おっさん、アンタは昔、俺と同類を見た事があるのかい?』
尋ねたのはクロウではなく、背中にある剣だ。それに驚いた様子を見せることなく、マーケンは答える。
「昔の話だ。戦場で似たような気配を宿した剣を使っていた男を俺は知っている。……そいつはもう死んでしまったが」
「戦場ね、調理するのは食材よりも人間の方がよっぽどアンタに合っている気がするよ」
「そうでもない。それに今は殺すよりも生かすことのほうが俺の性に合っている」
クロウとマーケンはお互いの顔を見ながらニタリと笑った。その様子は初対面とは到底思えず、まるで古くからの友人であるかのようだ。
「……あのさ、男同士で気が合っているところ悪いけれど、クロウって言ったっけ、アンタこの街に何しに来たの?」
和やかな空気を読んだ上でアナトは気になっていた事を尋ねた。聞かれたクロウはというと、その不躾な質問に機嫌を悪くしたのか眉根を寄せ不満げな顔みせる。
「あのな、小娘。人に物を尋ねる時は礼儀を持てと教わらなかったのか?」
「小娘って、大して年齢変わらないじゃない。それにね、人の家に黙って忍びこむような奴にする礼儀なんて、生憎これっぽっちも持ち合わせてないの! 残念だったわね」
「ケッ。可愛くない。そんなのだから胸もでかくならないんだよ。頭どころか胸にも栄養回ってないとか哀れを通り越して悲しくならない?」
「そ、そんなのアンタに関係ないでしょ!? 大きなお世話よ!!」
「色々な女を見てきたが、少なくとも女の胸と器の大きさは一定の関係があると俺は思うぜ」
「う、うるさい! 何よこの若白髪! 老け顔! えと、えと、バーカバーカ!」
「何だとこのペタンコ! 洗濯板! そんな小さい胸で女として恥ずかしくないのかよ!」
『こいつらガキだな~』
魔剣はというと、笑い声をあげながら争いを楽しんでいた。マーケンは彼らがギャーギャー騒いでいたのを黙って聞いていたが、終わりそうにないのが分かったのか「そこまでにしないか」と低い声で言い合いを止めた。
「……クロウと言ったな、神殺しのお前がこの街に来たということは、目的はラクシアか?」
「ほう」
『へえ』
「え?」
三者三様の返答がマーケンの言葉に反応する。少年と剣は興味深そうに、そしてもう一人は何を言っているのか分からないかのように。
「そこまで知っているのか。それを知っていて聞くって事はおっさん、もしかして教会の人間か? だったら……」
クロウはそう言って椅子から腰を浮かべていつでも動ける体勢に移行する。
「せっかちな奴だ。人の話は最後まで聞け」
「はん、そう言うやつに限ってその言葉の続きはロクなことじゃないって相場が決まっている」
「言っただろう。お前と同じような奴を知っていると。……そいつは俺の親友だった」
マーケンはそう言うと、クロウの前の椅子に座る。そしてゆっくりと何かを思いだすかのように話しだした。