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CROSS WORLD  作者: 百々目
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第三話 勇者は泥棒しても許される

「これで全部っと」


 露店で売られていた野菜を手にとると、アナトは持ってきていたかごにそれを入れた。これで買わなければいけない品はもうないはずだ。もっと早く済ませるつもりだったけど、予想以上に時間がかかってしまった。


(それにしても……)


 先ほどの光景は今も鮮明な映像として彼女の脳裏に焼き付いていた。見た目は十四、五くらいだろうか。自分よりも幼い少年が身の丈より大きい剣を背負い、周囲を圧倒するその姿は、血生臭いこととは無縁の彼女でさえも彼が相当な力量を持った剣士だと分かった。いや、普段店で多くの傭兵たちを目にしている彼女だからこそ分かる。おそらく、この街の誰よりも彼が強いということが。

 そして、あの剣。


「絶対、あれが喋っていたよね……」


 あんな不気味に光る剣は彼女も今まで見たことがなかった。仕事柄、たくさんの傭兵を見てきたアナトだが、喋る剣なんて持っているものはいなかった。けれどそういうものに心当たりが全くないわけではない。だけどそれはおとぎ話や英雄譚の中で、子供が子守唄代わりに耳にする類のものだ。それでも、本当にまれにだが、傭兵たちの間で上る酒の席での噂話で耳にしたことがあるが、もしそのときに聞いた話が本当ならあれが「魔剣」なのだろう。。噂に過ぎないと思っていたけど、実物を見たらあながち嘘ではないかもしれない。それくらいにあの剣は異質な存在だった。


「まあ、私には関係ないことか」


 それに二度と彼を見ることはないだろう。アナトと彼には何の接点もなく、言うなれば今まで生きてきた中ですれ違った人たちの一人に過ぎない。それに彼女にとって何より大切なことは、あの店で兄のルーンの帰りを待つことだ。いつ彼が帰って来てもいいように、あの店を守っていかなくちゃいけない。


「さあ、今日も頑張るわよ!」


 彼女はそう口に出して気合を入れた。頭の片隅にはまだ先ほど見た光景が残っていたけれど、それもすぐに消えてしまう。


 でもこの時アナトは知らなかった。彼との出会いは一瞬のすれ違いではなく、これから起こる戦いの始まりにすぎないということを。


 そして、再会はすぐに訪れる。何故なら店に戻ったかアナトが目撃したのは貯蔵庫を漁る先ほどの少年の後ろ姿だったのだから。






※※※






 昨晩、少年は盗賊どもから金は奪ったものの、残念ながら彼らは食いものをそれほど持っていなかった。街に入ってから何か食おうと思っていたのだが、先ほど通りで派手に目立ってしまったためか所々で教会の騎士たちが少年を探しているようで、彼は市場に近寄ることさえ出来なかった。裏路地で人目を避けるように走っているうちにたまたま目に付いた家で食料を少し拝借しようと思ったのがつい先ほど。しかし今はそれが判断ミスだったと彼は後悔する。


(くそッ、盗るのに夢中で全然気付かなかった!)


 目の前の女は驚いたように目を見開いて彼を見ている。まさか帰ってきたら知らない人が貯蔵庫漁っていたら驚くのも無理ないだろうな、と何処か他人事のように彼は考えた。


「き、きゃ……」


 驚き、戸惑い、そして自分が何をすべきか気付いた少女は大声をあげようと口を開く。


(マズイ……!)


 彼は女が叫び声を上げる前に背中の剣を抜き、女の首にその刃を突き付けた。女の叫び声は代わりに「ひっ」という怯えた声に変わる。


「……静かにしろ。殺されたくなかったら黙っていろ」


 と引き攣ったような声を出しながら女は怯えるように彼を見る。そんな女の助けを請う目を無視し、彼は近くにあったロープで両手と両足を縛り、声を出せないように布で口ふさいだ。


『それにしても極悪人だねぇ~。泥棒の次は一般人に手をかけるたぁ、俺の使い手は力の使い道を選ばないなぁ』


「黙れよ馬鹿剣。俺だってこんなことするつもりはなかったんだ。食いものを適当に貰ったらすぐに出ていくつもりだったし」


 そう言って彼はため息をついた。困ったように頭を掻きながら彼は縛られて芋虫のように転がっている女を見る。さっきまでの怯えていた表情が今は怒りに変わっている。おそらく少年の言葉から自分の命が助かることが分かったのだろう。しかし確信したらすぐに恐怖から怒りに変わるなんて、目の前の少女はよほど肝が据わっているらしい。


 とはいえこんなふうに扱われたら仕方ないことなのだろうが。


(ま、あんまり気持ちのいいものじゃないけど)


 彼は女から目を逸らすと再び貯蔵庫の中に戻った。いい加減、空腹が限界値を越えていた。さっきから時々思い出したかのように腹の虫が音を立て、何でもいいから口に何かを入れてしまいたい衝動に駆られる。


「とはいってもなぁ。全部火を通さないと喰えないようなものばっかりだし。どうしろって言うんだか」


「……そんなに空腹なら俺が作ってやろうか?」


 その言葉に彼は剣の柄に手を掛けつつ勢いよく振り向いた。そこいたのはアナトの養父、マーケンであり、その目は逸らされることなく少年に向けられている。


「とりあえずアナトの縄を解いてくれ。そうしたら美味いものを食わせてやる。もっとも酒場で出すような品物だがな」


マーケンはそういって皮肉げに笑った。

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