兄妹の一コマ
「おい、晩飯できだぞ。早く起きろ」
言いながら部屋の扉を開けると、妹が広辞苑を枕替わりにして眠っていた。受験勉強は中断していたようだ。
「むぅ、睡眠学習の邪魔しないでよ」
「寝言は寝て言え。ほら、早くしないと冷めるぞ」
また惰眠を貪ろうとする妹を、何とか食卓に引っ張り出す。
今日の晩御飯は惣菜のいなりずしと俺が作った月見うどんだ。
もう何品かあった方がいいが、今日はバイト帰りでこれ以上何かを作る気になれなかった。
「お父さんとお母さんは今日も残業?」
「ああ、メールで今日は深夜過ぎると思うから先に食べて、だとさ」
「ふーん」
妹は相槌を打ちながら割り箸を割り、うどんをズルズルとすする。丼の中央に浮かぶ卵に手を出さないところを見ると、後で食べるつもりのようだ。
「あと、洗濯も頼まれてたから後で洗濯機回しとかないとな。お前も洗濯物あったらちゃんと出しとけよ」
「はいはい、お兄ちゃんまるでお母さんみたい」
「下手したら母さんよりも母さんっぽいかもな」
共働きの家庭ではごく当たり前のことだが、自分で主夫宣言すると負けた気分になってくるのは何故だろう。
いなりずしを頬張りながら感傷的になっていると、妹がリモコンを操作してテレビを点けた。
テレビではバラエティ番組をやっていたが、あまりにもつまらない内容だったのか、妹は無言でテレビを消した。
「最近は面白い番組ないね」
「そうだな。最近テレビで面白いと思ったのは深夜アニメくらいだわ」
「はいはい、アニオタはブヒブヒ言っててくださーい」
「お前、掲示板でも同じこと言えるのか?」
言葉だけ聞けば喧嘩腰だが、いつものやり取りなので特に気にすることもなく食事を続ける。
晩御飯も食べ終わり、二人で食器を洗っていると、妹が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、大学楽しい?」
「楽しいぞ。午前中の講義はちょっとしんどいけどな」
「へぇ、そういえば友達できたの?」
「一応な」
「何人くらい?」
「俺は量より質だからな」
「つまりぼっちだと」
「お前後で格ゲーに付き合え。ボコボコにしてやるから」
「大人げないよ、お兄ちゃん」
そんなやり取りを繰り返し、食器の片付けが終わると妹は勉強部屋に戻った。
俺は今日の分の洗濯物を洗濯機に放り込んで、足早に自分の部屋に行った。
明日は一コマ目から講義が詰まっているから早く寝ないと絶対身体が持たない。
気だるい身体を引きずりながらベッドに向かおうとした時、机の上にメモが置いてあるのに気が付いた。
メモを見てみると、見覚えのある字で『絶対同じ大学に行くから』と書かれていた。
「ブラコンかよ」
そう呟いてみたが、内心少し嬉しかった。
今日はぐっすり眠れそうだ。
サークルの三題噺で「洗濯機」「広辞苑」「うどん」がお題になった時の作品になります。
意外とすんなりまとまった珍しい作品です。
楽しんでもらえれば幸いです。