一章 実の姉貴と世紀の実験 04
◆ ◆ ◆
命司の意識に、徐々に感覚が戻ってくる。
(……狭いな)
最初に感じた、そんな感覚。どうも、またしても何かの装置に入っているようだ。
(ああ、さっきのって、やっぱ幻覚か……眼ぇ開けると、あのクソ姉貴がいるんだろうな)
成功だ! とか騒ぎながら、しかし弟の事はほったらかしで、助手達と抱き合って互いに喝采を送り、打ち上げに行きかけた所で、実験装置内の弟の存在に気付き、ようやく解放してくれる。そういうパターンだろう。
そんな事を考えながら、命司は徐々に眼を開いていく。
そして、視界がひらけたその時——
(……やっぱりね)
寂寥の想いと共に、そんな感慨が胸中に去来した。
目の前、透明な壁越しに、キツネ顔が在った。
(オイオイ、何考えてんだ? コイツ)
思わず、命司は呆れ果てた。
いつもの姉のキツネ顔。のハズが、ちょっとばかり違っている。頭に載るは、まんま狐を連想させる耳。いつもの天然黒色の髪にまで工夫を凝らしたようで、髪は金色に輝き、綺麗に櫛を通された様子のそれは、左右をボブカットの様にして、後ろは短いポニーテールを作っていた。
新鮮ではあるが、カワイイつもりなのか? と、面と向かって問いたくなる。
そして、姉貴ご自慢の優秀な助手達。
(……達? あれ?)
命司は室内を見渡した。だが、複数いたハズの助手は、そこに一人しかいなかった。
(こんな助手、いたか?)
それは、小さな女の子。
先の尖った長めの耳と、真紅の髪に施した、左側で結った肩までの長さのサイドテール。特徴的な、くりっとした大きな丸い眼差しが愛嬌たっぷりだ。
そんな彼女たちは、まるで実験の成功が信じられないかのように、微動だにせずに両の眼を目一杯に見開いて、命司を凝視していた。
刹那、命司は突然に息苦しさを感じた。どうやって入れたものか——いや違う。テレポートしたというのなら、入り口は必ずしも必要ではない。それは分かるが——
「おい! 開けろよ! マジで殺す気かこのクソ姉貴!」
いよいよ酸欠がひどくなり、命司は自分が入っているガラス容器を叩いた。
だが、目の前の二人は顔を真っ青にして、必死にかぶりを振りながら、両腕を交差させている。『やめろ』というジェスチャーらしいが、しかし、切羽詰った命司はそれに従うつもりも無いし、何より姉の機材なら遠慮はいらない。
意識に霞がかかり始めた時——
(こ、の、クソッタレがあああぁぁぁぁ!)
——命司は全身に力を込めて、両手足を突っ張った。多分、これで容器を破壊できなければ酸欠で死ぬ。
と、不意に眼前にヒビが走り、その容器の三分の一が割れ砕けた。
「ぶはぁっ! ……ザマミロ姉貴ぃぃ……イヒヒヒヒ」
これまで受けてきた仕打ちでテンションが上昇しまくり、不気味な笑声がこぼれる。
ゆっくりと新鮮な空気を吸い込みながら、命司は床に降り立つ。ひとまず危機は脱した。あとは、どうしてか額に青筋を浮かべている『姉貴コスプレバージョン』に、怒りの鉄槌を下すだけだ。「女に手を上げるなんてサイテーよ!」などと言ってくるだろうが、そんなものはカンケーない。
「往生せぇやあああぁぁぁ!」
命司は『姉貴獣耳バージョン』に飛びかかった。
が——
瞬時に傍らの女の子が間に入ったかと思った時、
「かはっ……」
前方斜め下から、命司の腹を突き上げるように、ハイキックが刺さっていた。一瞬で呼吸が停止し、女の子が避けた場所にカエルのように落ちる。
(こ、このガキぃ)
呼吸困難で身体を丸めながら、視線を件の二人に向けると、頭上では、彼女たちが奇妙な言葉で会話している。
と、突然命司の後ろ——ちょうど、命司が入っていた容器の在る方から轟音が聞こえた。それは、何かが倒壊する音。砕け、飛び散り、連鎖的に破壊音が大きくなっていく。そして、今いる建物の屋根までが崩れ——
(ヒイイィィ!)
——命司の上に降り注いだのだった。




