一章 実の姉貴と世紀の実験 03
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(……ここどこ?)
気が付いた時、命司は『そこ』にいた。
そこは、広い円筒形の部屋。いや、部屋かどうかも分からない。ただ、命司の周囲には、まるでモニター画面のようなものが、無数に浮いている。それらは、特に機械のボディを持っている訳ではない。あくまで、液晶モニターから『画面』だけを抜き出したかのようのものが、厚みを感じさせずに浮いているだけだった。
近くのものを観察すると、それらはまるで、ドラマの一シーンを放映しているかのように常に動いている。
壮大な自然、
巨大な異形の生き物、
一見すると人間に見えるが、ツノやシッポの生えた何か。
違う画面を見る度に、違った景色が見えてくる。
今の人類よりも、遥かに文明が進んでいるかのような都市が見えたかと思えば、
まるで石器時代の建物ばかりの集落が見えるものもある。
「……なんなんだ、ここ……」
ひょっとすると、以前から念願だった、宇宙人に拉致されたという状況かも知れない。そう思ったが、自分以外に誰も見えない場所で、それを示す証拠も何もない。
命司はしかたなく、画面の一つに触れようとした。と、その時——
(そこでいいのか?)
そんな自問が湧いた。
「……つったって、他にできそうな事無いし……どうやったら、元の場所に戻れるんだ?」
ただ独り、自答を返す。
(戻りたい? 戻りたいのか?)
刹那の自問。気が付けば、目の前の画面には、姉・安和が慌てふためいている姿が映っていた。
「ハハ……バカだなアイツ。なに今さら慌ててんだよ……どんだけ自分の技術、過信してたんだ……?」
がっくりと項垂れる安和の様子に、あんな姉でも心配してくれてるのか、と、そう思った時——
安和は指を鳴らすと、助手達に指示をして室内の照明を落とし、そのまま彼らを率いて出て行った。
「……ク……クククク……」
思わず、笑声がこぼれた。
そういえばそうだ。躊躇なく弟で人体実験を繰り返してきた姉が、今更こんな事で、嘆き悲しむハズがない。あの去り際に見えた苦笑は間違いない。これまでがそうだったように、どこかの居酒屋で『反省会』という名目の飲み会を開くつもりなのだ。
「まぁ、仕方ねぇな。こうなっちまって、今さら元の世界に未練はねぇ」
冷徹にそう呟くと、同時に命司の周囲に漂っていた画面が、命司の周りを高速で回転し始めた。
(じゃあ、どうする?)
再度の自問。
「そんなもん決まってる。或る意味、姉貴には感謝してるさ。これは、またとないチャンスなんだからな」
(元の世界に未練はないのか?)
続いた自問に、刹那、様々な顔が脳裏に浮かぶ。
父と母。
友人達。
バイト仲間。
そして、大好きだった祖父。
だが、
それでも、
この欲求を止められない。
物心付いた時には、既に狂っていた国。
そこから更に、止めどなく狂っていく世界。
『力』を持つ者達の果てしない欲望の中で、
見えない何かにがんじがらめにされている『力』無き者達。
そして、その『力』無き者の一人でしかない自分。
世界は——少なくとも、『命司が知っている範囲の世界』は、命司に居場所を与えてくれなかった。
大多数の有象無象として、ある日突然消えてしまっても、誰も気にも留めない。そんな存在でしかなかった。
「だから俺は——俺に居場所をくれる世界に行く」
そう覚悟が決まった刹那、
十数個の画面——『世界』が命司の周囲に固定された。
そして、その中の一つ、真正面に在るそれに命司は手を伸ばす。
(死ぬかもしれないよ?)
「分かってる」
(二度と戻れないかもしれないよ?)
「望むところだ」
(行った先にも、居場所なんてないかもしれないよ?)
その自問に、指先が一瞬止まる。
だが——
「……少なくとも、元の世界よりは希望があるさ」
再び動き出す指先。その指先が触れると、画面に波紋が広がり——
——命司はその中へと引き込まれた。




