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一章 実の姉貴と世紀の実験 03


    ◆ ◆ ◆


(……ここどこ?)

 気が付いた時、命司は『そこ』にいた。

 そこは、広い円筒形の部屋。いや、部屋かどうかも分からない。ただ、命司の周囲には、まるでモニター画面のようなものが、無数に浮いている。それらは、特に機械のボディを持っている訳ではない。あくまで、液晶(えきしょう)モニターから『画面』だけを抜き出したかのようのものが、厚みを感じさせずに浮いているだけだった。

 近くのものを観察すると、それらはまるで、ドラマの一シーンを放映しているかのように常に動いている。

 壮大(そうだい)な自然、

 巨大な異形の生き物、

 一見すると人間に見えるが、ツノやシッポの生えた何か。

 違う画面を見る度に、違った景色が見えてくる。

 今の人類よりも、(はる)かに文明が進んでいるかのような都市が見えたかと思えば、

 まるで石器時代の建物ばかりの集落が見えるものもある。

「……なんなんだ、ここ……」

 ひょっとすると、以前から念願だった、宇宙人に拉致(らち)されたという状況かも知れない。そう思ったが、自分以外に誰も見えない場所で、それを示す証拠も何もない。

 命司はしかたなく、画面の一つに触れようとした。と、その時——

(そこでいいのか?)

 そんな自問が()いた。

「……つったって、他にできそうな事無いし……どうやったら、元の場所に戻れるんだ?」

 ただ独り、自答を返す。

(戻りたい? 戻りたいのか?)

 刹那(せつな)の自問。気が付けば、目の前の画面には、姉・安和(あんな)が慌てふためいている姿が映っていた。

「ハハ……バカだなアイツ。なに今さら慌ててんだよ……どんだけ自分の技術、過信してたんだ……?」

 がっくりと項垂(うなだ)れる安和の様子に、あんな姉でも心配してくれてるのか、と、そう思った時——

 安和は指を鳴らすと、助手達に指示をして室内の照明を落とし、そのまま彼らを率いて出て行った。

「……ク……クククク……」

 思わず、笑声がこぼれた。

 そういえばそうだ。躊躇(ちゅうちょ)なく弟で人体実験を繰り返してきた姉が、今更(いまさら)こんな事で、嘆き悲しむハズがない。あの去り際に見えた苦笑(くしょう)は間違いない。これまでがそうだったように、どこかの居酒屋で『反省会』という名目の飲み会を開くつもりなのだ。

「まぁ、仕方ねぇな。こうなっちまって、今さら元の世界に未練はねぇ」

 冷徹(れいてつ)にそう(つぶや)くと、同時に命司の周囲に(ただよ)っていた画面が、命司の周りを高速で回転し始めた。

(じゃあ、どうする?)

 再度の自問。

「そんなもん決まってる。()る意味、姉貴には感謝してるさ。これは、またとないチャンスなんだからな」

(元の世界に未練はないのか?)

 続いた自問に、刹那、様々な顔が脳裏(のうり)に浮かぶ。


 父と母。

 友人達。

 バイト仲間。

 そして、大好きだった祖父。


 だが、

 それでも、

 この欲求を止められない。


 物心付いた時には、(すで)に狂っていた国。

 そこから(さら)に、止めどなく狂っていく世界。

『力』を持つ者達の果てしない欲望の中で、

 見えない何かにがんじがらめにされている『力』無き者達。


 そして、その『力』無き者の一人でしかない自分。

 世界は——少なくとも、『命司が知っている範囲の世界』は、命司に居場所を与えてくれなかった。

 大多数の有象無象(うぞうむぞう)として、ある日突然消えてしまっても、誰も気にも()めない。そんな存在でしかなかった。


「だから俺は——俺に居場所をくれる世界に行く」

 そう覚悟(かくご)が決まった刹那(せつな)

 十数個の画面——『世界』が命司の周囲に固定された。

 そして、その中の一つ、真正面に在るそれに命司は手を伸ばす。

(死ぬかもしれないよ?)

「分かってる」

(二度と戻れないかもしれないよ?)

「望むところだ」

(行った先にも、居場所なんてないかもしれないよ?)

 その自問に、指先が一瞬止まる。

 だが——

「……少なくとも、元の世界よりは希望があるさ」

 再び動き出す指先。その指先が触れると、画面に波紋(はもん)が広がり——


——命司はその中へと引き込まれた。

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