四章 にわか秘法師と秘宝の鍵 07
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初日は授業らしい授業も無く、ほぼ全ての時間、構内を案内された。その時間その時間で暇のある者——シリンや級友によって。
各学校施設や、男子寮、女子寮。大学長であるパウリとも面会を果たした。今更ながらに気付いたのは、この『国共大』と一括りにされる研究教育機関が所有する土地の広さだ。
「面積は、カルデラ湖の中島であるこの都——ダ=インのほぼ半分近くあります」
放課後も近づき、隣を歩く最後の案内人となった級友は、そう言って微笑んだ。
傾きかけた陽光を返し、級友の見事な金色の髪が煌めく。級友は命司よりも年若い少女だった。
秀麗な面差しだが、しかし命司は彼女の瞳が何色なのかを知らない。命司を案内している最中、ずっと目を瞑っているように見えたからだ。
(……俺みたいに、糸みたいな目付き……ってんじゃ、ないよな……やっぱ)
ずっと気にはなっているが、女の子に顔パーツの質問をするのも躊躇われ、もやもやとしたままで、大学正門の所まで歩いてきた。
「それでは、メイジさんは今日はここまでです。お疲れ様でした」
そう言って、彼女は会釈をする。
命司もまた、それにつられて会釈を返すと、微笑んで口を開いた。
「今日はありがとう。キミも疲れたんじゃない?」
「いえいえ、いい運動でした。私の様な秘法医志願者は、運動不足になりがちですから。……では、また明日」
「あ、うん。また明日」
踵を返すと、彼女は去っていく。その確かな足取りを確認すると、命司は先程の疑念を脳裏から追い出した。
「ふぅ〜ん、彼女、目が見えないんだね。でも秘法医なら大丈夫なのかな」
不意に、何かに納得したようにそう言って、命司の傍らに立った者がいた。
「ほほう、秘法医ってのは、そういう便利なスキルも持ってるのか……って、エラルっ?」
その者の名を呼び、命司は思わず目を丸くした。
「この間はありがとう。今日、メイジが入学したって聞いたから、正門で待ってたんだよ」
屈託のない笑顔を向けてくるエラルに、しかし命司は眉を寄せた。先日の一件を思い出したのだ。
「……ゴメンな? 結局、ペンダント取り返せなかった」
再会したなら、最初に言おうと思っていた言葉。
「気にしないで。……それよりこれ」
エラルは苦笑しながらかぶりを振り、手に持っていた物を命司に見せた。
「あ、それは……」
それは、あの一件で命司が作り出した一振りの太刀だった。
エラルは命司の目の前で、刀身に巻きつけた厚手の布を取り去った。と同時に、刀身が陽光を弾いて煌めく。
銘は『石切』——そのレプリカ。あの場は必死だったので、どういった組成になっているのか分かったものではないが、オリジナルと違い、その刀身は緋色を乗せている。
(錆……じゃないみたいだな。何の金属なんだ? 造った俺がそう思うのも何だけどな)
「命司、気絶しちゃったからね。そのあいだ預かってたんだ。でもこれって凄いものみたいだね。武専の師範に見せたら、一目で分かる業物だって言ってたよ。だから、返すね」
そう言って差し出されたその太刀を、命司はエラルの両手ごと押し返した。
「返さなくていいよ。俺が持ってても何の役にも立たないし。それよりは、エラルが使ってくれ。……まぁ、良かったら、だけど」
言葉通り、命司はその刀に価値を感じていない。売れば高く売れるのかもしれないが、必死だったとはいえ、手間もかけずに生み出した代物だ。特に思い入れがある訳でもない。もっとも、これがオリジナルならそういう訳にもいかないが。
だが、エラルは一瞬唖然とすると——
「えええっ? いやややや! そんな! 貰えないよ!」
慌てふためいて何度もかぶりを振った。
その様子に、命司は思わず苦笑してしまう。
(他人の学費をポンと出しておいて、今更ナニ言ってんだ? コイツ)
そう思って呆れてしまうが、しかしそれならと、別な提案をしてみる。
「ああ、斧とかの方が良かった? もう一回出せるかどうかは分かんないけど、そっちがいいならチャレンジしてみるか」
すると、今度は刀をしっかりと抱き締めて、エラルはまたもかぶりを振り始める。
「いやややや! そんな事ないよ! せっかくこんな! ボクだってこういう業物持ってみたかったよ!」
「だったら問題ないだろ。使ってくれよ」
笑顔を引きつらせながら命司がそう言うと、エラルは生唾を飲み込んでもう一度それを見た。
「その……これ、属性宝珠二個分くらいの価値があるそうだよ?」
「なら丁度いい。学費出してくれた礼だと思ってくれ」
「……世界に二つとない物だよ? こんなボクみたいな半人前が持つような物じゃ……」
(……ああ、そういう事ね)
命司は、エラルが何を気にしているのかが分かった気がした。要は『自信』の問題なのだろう。武術家の世界は良く分からないが、金に換算した価値はどうであれ、『分不相応な代物』を持つのが気が引けるのは、恥を知る人間なら誰でも持っている感覚だ。『喉から手が出るほど欲しい』という貌をしているくせに、エラルがなかなか受け取ろうとしないのは、多分そういう理由からだろう。つまりは、自分がこの刀に見合っていないと思っているのだ。
だから命司は——
「いいんじゃない? それを造った本人が、エラルに使って欲しいって言ってんだから。それに、それは結局『物』だろ? 価値を付けるのは、それを使う人間なんだよ。だから、それはエラルに見合った価値でいいんだ」
そんな命司の言葉を聞いて、エラルはまたも唖然としていたが、一頻りそうしていると、不意に嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりメイジは凄いよ。ありがとう。それじゃ、遠慮なく貰うね」
言われ慣れていない、打算の無い褒め言葉。そんなものを気恥ずかしく聞きながら、命司は言葉を返す。
「凄くなんかないって。俺はただ、お前と違って物事をナナメにしか見てないだけ」
「そんな事ないよ! ナナメに見られるのは凄いことだよ!」
瞳を輝かせながらエラルが言ったその言葉が、どうにも褒 め言葉に聞こえない。命司は思わずスジ目になった。
「褒め言葉か? それ……まぁいいけど」
と、そこまで言って、命司はふとエラルの持つその太刀が裸である事に気付いた。
(う〜ん、我ながら、造形は完璧だな。だったら、装飾もこだわらないと)
その実、命司は工作が好きだったりする。プラモデル造りも好きだったし、高校でも美術を選択していた。であればこそ、日本人の美意識の集大成である日本刀には、こだわりを持ちたくもなる。ましてや、それが懐かしい祖父の神社の御神体を模しているなら尚更だ。
「エラルお前、鞘とか造る工房知ってる?」
口元に笑みを浮かべながら、命司はエラルにそう訊ねた。こうして市民権を得たからには、元の世界の文化を命司が知る限り根付かせるのも面白い。
「あ、うん、知り合いの職人がいるよ。工業区域に」
「じゃあ、それに合った鞘を作ってもらおう。デザインは俺が説明するからさ」
「本当っ?」
「ああ、じゃ、さっそく行こうぜ」
「うん!」
正門を抜け、命司とエラルは、新しい日常の第一歩を踏み出した。
とりとめの無い会話をしながら、隣を歩く異境の親友。頼りないヤツではあるが、どこか憎めないし放っておけない。だが、一緒に成長していけば、まだ違和感のあるこの世界でも、そう遠くなく溶け込んでいけそうな気がした。




