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四章 にわか秘法師と秘宝の鍵 07


    ◆ ◆ ◆


 初日は授業らしい授業も無く、ほぼ全ての時間、構内を案内された。その時間その時間で(ひま)のある者——シリンや級友によって。

 各学校施設(しせつ)や、男子(りょう)、女子寮。大学長であるパウリとも面会を果たした。今更(いまさら)ながらに気付いたのは、この『国共大』と一括(ひとくく)りにされる研究教育機関が所有する土地の広さだ。

「面積は、カルデラ湖の中島であるこの都——ダ=インのほぼ半分近くあります」

 放課後も近づき、隣を歩く最後の案内人となった級友は、そう言って微笑(ほほえ)んだ。

 (かたむ)きかけた陽光を返し、級友の見事な金色の髪が(きら)めく。級友は命司よりも年若い少女だった。

 秀麗な(しゅうれい)面差しだが、しかし命司は彼女の(ひとみ)が何色なのかを知らない。命司を案内している最中、ずっと目を(つぶ)っているように見えたからだ。

(……俺みたいに、糸みたいな目付き……ってんじゃ、ないよな……やっぱ)

 ずっと気にはなっているが、女の子に顔パーツの質問をするのも躊躇(ためら)われ、もやもやとしたままで、大学正門の所まで歩いてきた。

「それでは、メイジさんは今日はここまでです。お疲れ様でした」

 そう言って、彼女は会釈(えしゃく)をする。

 命司もまた、それにつられて会釈を返すと、微笑(ほほえ)んで口を開いた。

「今日はありがとう。キミも疲れたんじゃない?」

「いえいえ、いい運動でした。私の様な秘法医志願者は、運動不足になりがちですから。……では、また明日」

「あ、うん。また明日」

 (きびす)を返すと、彼女は去っていく。その確かな足取りを確認すると、命司は先程の疑念を脳裏(のうり)から追い出した。

「ふぅ〜ん、彼女、目が見えないんだね。でも秘法医なら大丈夫(だいじょうぶ)なのかな」

 不意に、何かに納得(なっとく)したようにそう言って、命司の傍らに立った者がいた。

「ほほう、秘法医ってのは、そういう便利なスキルも持ってるのか……って、エラルっ?」

 その者の名を呼び、命司は思わず目を丸くした。

「この間はありがとう。今日、メイジが入学したって聞いたから、正門で待ってたんだよ」

 屈託(くったく)のない笑顔を向けてくるエラルに、しかし命司は眉を寄せた。先日の一件を思い出したのだ。

「……ゴメンな? 結局、ペンダント取り返せなかった」

 再会したなら、最初に言おうと思っていた言葉。

「気にしないで。……それよりこれ」

 エラルは苦笑(くしょう)しながらかぶりを振り、手に持っていた物を命司に見せた。

「あ、それは……」

 それは、あの一件で命司が作り出した一振りの太刀(たち)だった。

 エラルは命司の目の前で、刀身に巻きつけた厚手の布を取り去った。と同時に、刀身が陽光を弾いて(きら)めく。

 銘は『石切(いしきり)』——そのレプリカ。あの場は必死だったので、どういった組成になっているのか分かったものではないが、オリジナルと違い、その刀身は緋色(ひいろ)を乗せている。

(さび)……じゃないみたいだな。何の金属なんだ? 造った俺がそう思うのも何だけどな)

「命司、気絶しちゃったからね。そのあいだ預かってたんだ。でもこれって(すご)いものみたいだね。武専の師範(しはん)に見せたら、一目で分かる業物(わざもの)だって言ってたよ。だから、返すね」

 そう言って差し出されたその太刀を、命司はエラルの両手ごと押し返した。

「返さなくていいよ。俺が持ってても何の役にも立たないし。それよりは、エラルが使ってくれ。……まぁ、良かったら、だけど」

 言葉通り、命司はその刀に価値を感じていない。売れば高く売れるのかもしれないが、必死だったとはいえ、手間もかけずに生み出した代物(しろもの)だ。特に思い入れがある訳でもない。もっとも、これがオリジナルならそういう訳にもいかないが。

 だが、エラルは一瞬唖然(あぜん)とすると——

「えええっ? いやややや! そんな! (もら)えないよ!」

 慌てふためいて何度もかぶりを振った。

 その様子に、命司は思わず苦笑(くしょう)してしまう。

(他人の学費をポンと出しておいて、今更(いまさら)ナニ言ってんだ? コイツ)

 そう思って呆れてしまうが、しかしそれならと、別な提案をしてみる。

「ああ、斧とかの方が良かった? もう一回出せるかどうかは分かんないけど、そっちがいいならチャレンジしてみるか」

 すると、今度は刀をしっかりと抱き締めて、エラルはまたもかぶりを振り始める。

「いやややや! そんな事ないよ! せっかくこんな! ボクだってこういう業物(わざもの)持ってみたかったよ!」

「だったら問題ないだろ。使ってくれよ」

 笑顔を引きつらせながら命司がそう言うと、エラルは生唾(なまつば)を飲み込んでもう一度それを見た。

「その……これ、属性宝珠(ぞくせいほうじゅ)二個分くらいの価値があるそうだよ?」

「なら丁度いい。学費出してくれた礼だと思ってくれ」

「……世界に二つとない物だよ? こんなボクみたいな半人前が持つような物じゃ……」

(……ああ、そういう事ね)

 命司は、エラルが何を気にしているのかが分かった気がした。要は『自信』の問題なのだろう。武術家の世界は良く分からないが、金に換算(かんさん)した価値はどうであれ、『分不相応な代物(しろもの)』を持つのが気が引けるのは、恥を知る人間なら誰でも持っている感覚だ。『(のど)から手が出るほど欲しい』という(かお)をしているくせに、エラルがなかなか受け取ろうとしないのは、多分そういう理由からだろう。つまりは、自分がこの刀に見合っていないと思っているのだ。

 だから命司は——

「いいんじゃない? それを造った本人が、エラルに使って欲しいって言ってんだから。それに、それは結局『物』だろ? 価値を付けるのは、それを使う人間なんだよ。だから、それはエラルに見合った価値でいいんだ」

 そんな命司の言葉を聞いて、エラルはまたも唖然(あぜん)としていたが、一頻(ひとしき)りそうしていると、不意に嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。

「やっぱりメイジは(すご)いよ。ありがとう。それじゃ、遠慮(えんりょ)なく(もら)うね」

 言われ慣れていない、打算の無い()め言葉。そんなものを気恥ずかしく聞きながら、命司は言葉を返す。

(すごく)くなんかないって。俺はただ、お前と違って物事をナナメにしか見てないだけ」

「そんな事ないよ! ナナメに見られるのは凄いことだよ!」

 (ひとみ)を輝かせながらエラルが言ったその言葉が、どうにも() め言葉に聞こえない。命司は思わずスジ目になった。

「褒め言葉か? それ……まぁいいけど」

 と、そこまで言って、命司はふとエラルの持つその太刀(たち)が裸である事に気付いた。

(う〜ん、我ながら、造形は完璧(かんぺき)だな。だったら、装飾(そうしょく)もこだわらないと)

 その実、命司は工作が好きだったりする。プラモデル造りも好きだったし、高校でも美術を選択していた。であればこそ、日本人の美意識の集大成である日本刀には、こだわりを持ちたくもなる。ましてや、それが懐かしい祖父の神社の御神体を()しているなら尚更(なおさら)だ。

「エラルお前、(さや)とか造る工房知ってる?」

 口元に笑みを浮かべながら、命司はエラルにそう(たず)ねた。こうして市民権を得たからには、元の世界の文化を命司が知る限り根付かせるのも面白(おもしろ)い。

「あ、うん、知り合いの職人がいるよ。工業区域に」

「じゃあ、それに合った鞘を作ってもらおう。デザインは俺が説明するからさ」

「本当っ?」

「ああ、じゃ、さっそく行こうぜ」

「うん!」

 正門を抜け、命司とエラルは、新しい日常の第一歩を()み出した。

 とりとめの無い会話をしながら、隣を歩く異境の親友。頼りないヤツではあるが、どこか憎めないし放っておけない。だが、一緒に成長していけば、まだ違和感(いわかん)のあるこの世界でも、そう遠くなく溶け込んでいけそうな気がした。

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