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三章 盗賊団とその頭目 05

(さ〜て、どうすっかな〜……ユートもなぁ……ここまで来ないってのも、アイツ本当に腕利(うでき)きなのかよ?)

 ダグラスの姿が入口の方に消えると、命司は今後の事を考え始めた。多分ダグラスの助命も、もう二度はないだろう。頼みの綱はユートなのだが、この際それは除外する。つまり、今の状況をひっくり返す要素を自力で見つけなくてはならないという事だ。

(現場で創意工夫(そういくふう)できなきゃ生きて行けねぇ日本の底辺苦学生ナメんなよ?)

 踏まれ、蹴られ、搾取(さくしゅ)され続け、明日に希望を持てない日本の底辺。幸か不幸か、命司は元居た世界で不屈(ふくつ)の精神と、物事をナナメに見る事だけは(きた)え上げられてきた。

 そんな労働者の一人であった命司は、まず、自分にあるものから考える。

 体力——自信はあるが、体中が痛んで動きは悪い。

 武器——そんなものは無い。ケンカにも自信はない。

 仲間——この場にいるのはエラルだけ。しかも(とら)われの身。

(……絶望的ですな。せめて、エラルが何とかなれば……無理か。氷の(かせ)はめられてるし……それにしてもあの野郎、秘法師だったとは。しかもユートと同じ属性の)

 ふと、先刻のヨハンの術を思い出す。ヨハンは、何か紙のような物を使ってエラルを(いまし)めた。その速度は速く、エラルにしてみれば、まさに『あっという間』の事だっただろう。だが、なんとなくユートのものよりも効果は弱い気がする。命司の足を氷で(いまし)めなかったのも、それが関係しているものか。もちろん、その必要はないと判断したからかもしれないが。

 しかし、ダグラスはヨハンに「秘法(かじ)ってるアンタの方が——」と言った。ひょっとすると、ヨハンは本式の秘法師ではないという可能性もある。

 そこまで考えた時だった。

(……あ、あるじゃん。なんとかなりそうな要素)

 命司はそれに気付いた。自分の身の内に入れた、黄色の属性宝珠(ぞくせいほうじゅ)。黄色は黒の属性の術を破りやすいとエラルは言った。なら、せめて術を破る事だけでもできれば、なんとかなるかも知れない。そう思った。

 命司はさっそく行動に移る。痛む身体を起こし、傍らの壁に背を預けるエラルの頭を、自身の頭で小突(こづ)いた。

「……うう?」

 どうやら気付いたエラルに、命司は背を向ける。暗闇(くらやみ)で見えているかは分からないが、(いまし)められているのは命司の手首だけだ。手と指は自由に動く。手首の氷の(かせ)で、だいぶ(しび)れてきてはいるものの、まだ動くうちに何とかしたい。命司は両手の指を動かして、エラルの猿轡(さるぐつわ)を外すジェスチャーを繰り返した。

「うう……うう?」

(察しの悪いヤツだなぁ)

 数分繰り返し、苛立(いらだ)ちが過ぎ()ったとき、不意に、何か柔らかく温かい感触と、布のようなものが命司の手に触った。

 慎重(しんちよう)に、指先で触れていく。

(……ん、顔、みたいだな。やっと分かってくれたか)

 柔らかな(ほほ)と、華奢(きゃしゃ)なあご。そして猿轡。それらを確認すると、命司は頬と猿轡の間に両の親指を差し込み、残る指で顎を押し上げた。

「……ぷは……」

 微かに、エラルの吐息(といき)の音が耳に届く。

「今度はボクの番。メイジ、そのままゆっくり倒れてきて」

 小声で届いたエラルの指示に従い、ゆっくりと仰向(あおむ)けに倒れる。視線の先には、薄ぼんやりとしたエラルの輪郭(りんかく)があった。その輪郭が、ゆっくりと降りてくる。

 そして、命司の右頬から、エラルは口を使って猿轡を外し始めた。

 顎の方向に少しずらしては、左にずれてくる唇。

(うお〜……このままいくと……いや、ガンバれエラル。実に複雑だが、ファーストキスはキミに捧げよう。さらば、俺の純潔)

 複雑な(おも)いの中、色んなイミで痛々しいが、命司は大人の階段を半分登る覚悟(かくご)をした。もっとも、その階段には命司の姉が喜びそうな、『BL』と大きくピンク色で書かれている気がするのだが。

 と、あと一回でジャストミートという時。

「ね、ねぇ、メイジって、キスした事ある?」

 そんな質問が降ってきた。

(ば〜か〜や〜ろ〜! その質問はオマエ! 何のつもりだ! いいからさっさと殺ってくれ! 女装させたら女の子に見えなくもなさそうなオマエに殺されるなら、耐えてやろうじゃねぇかよ!)

「もし初めてだったら、許してね? ボクも初めてだから、お互い様、って事で」

(その生々しい告白は、ナニ的なものデスカっ? 嗚呼(ああ)、我が青春の理想郷よサヨウナラ! 俺は絶対染まらねえからなコンチクショー!)

 刹那(せつな)、押し付けられた柔らかい感触。暖かく、柔らかく、皮膚(ひふ)そのものが吸い付くように瑞々(みずみず)しい。

 思わず、命司の心臓が高鳴る。

 そして、エラルは命司の猿轡(さるぐつわ)に噛み付くと、それを(あご)先にまでずりおろした。

「……一応、礼言っとくわ。あと、時間がもう無ぇからな。もっとこっちに寄ってくれ。小声で話すぞ」

 様々な感情が交錯(こうさく)するなか、その中でも一番強いのは、敗北感だと命司は思った。だが、今は言葉通り、そんな小事(しょうじ)に構っている(ひま)はない。

 命司と、そしてエラルは互いに身を寄せ、頭を触れ合わせた。

「その……メイジ、ゴメンね」

 身を寄せて開口一番、エラルは謝辞を口にする。命司の新たな傷が(うず)く。

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