一章 実の姉貴と世紀の実験 01
それは、いつの記憶だろうか。
命司の目の前には、だいぶ前に死んだ祖父の姿が在った。
人の良さそうな細い眼差し。命司の容貌は、まぎれもなく祖父譲りだ。
浄衣に身を包んだその姿。祖父は田舎の神社の神主だった。そんな祖父に、命司は色々な事を教わった。その中でも、とりわけ——
「そうかそうか、イジメられたか。まぁ、そんなに気にするな。人はな? 自分の下に誰かがいないと気が済まんのよ」
蝉時雨の中で、泣きじゃくる命司を膝に抱き、本殿の階段に腰掛ける祖父は、命司の頭を撫でながらそう言った。
「そんなのヤだよ! ボク、悪い事してないもん! どうしてボクがイジメられるのっ?」
人生という名の苦行競技会にエントリーしてから五年目ほどで、初めて経験した理不尽。それを承服できる術も、理解できる道理も、幼い命司は持ち合わせていない。
「それに耐えられんのだったら、じゃあ、お前が強くなるしかないなぁ……幸い、お前は声に力がある。その使い方を、祖父ちゃんが教えてやろうか?」
「……ちか……ら?」
泣くのをやめて、命司は後ろの祖父の顔を見上げた。
「古来、日本には言葉に魂が宿ると信じられてきた。それを『言霊』という。祖父ちゃんはな、その使い手なんだぞ?」
何を言っているのかなんて、幼い命司には半分も分からない。でも、それがあるなら。それができるのなら、大好きな、祖父のように——
「そうしたら……いじめられない?」
「それは、お前が正しく使えたら、な。……祖父ちゃんの言うこと守れるか?」
「うん!」
命司が力強く頷くと、祖父は愉快げに、そして嬉しそうに笑った。




