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一章 実の姉貴と世紀の実験 09


    ◆ ◆ ◆


 半ば廃墟(はいきょ)と化したユートの家——集合住宅の一戸に戻った時、

「遅いでサラ! 何やっとったんやボケ!」

 二人は、ユートのそんな一喝(いっかつ)で出迎えられた。

 命司にとっては初めて入る居間。一階は三部屋で、キッチン併設(へいせつ)の居間と、その奥に個室らしきドアが見える。恐らく、ユートとサラ、それぞれの個室なのだろう。

 日はもう沈みかけだが、居間は天井の照明によって明るく照らされている。電灯、という訳でもなさそうだが、広口ビンの様な形状の照明器具の中には、柔らかく発光する石のようなものが一つ入っている。それは、半ばほどが照明器具の中の透明な液体に(ひた)されていた。

「ゴ、ゴメンなさ〜い。って、あっちゃ〜……」

 引きつった笑みを浮かべたかと思うと、サラはそう言って、右掌(みぎてのひら)で顔面を(おお)った。

 湯呑(ゆの)み茶碗の様な食器を片手に、新聞らしき書面を見ているユート。その足元に、二人ほど氷漬けにされて転がされている何者かが居る。顔つきを見れば、どう考えてもカタギじゃないのは明白だ。詳しい事情は分からないが、強盗か何かの類なのだろう。

「さあ、さっさと衛兵呼んでこいや」

 そうサラに命令すると、ユートは転がっている男の一人——その頭を()みつけた。

「マ、マイスター、怪我(けが)はない?」

 それは、心配からきたものか、それとも怒られたからなのか、半ば狼狽(うろた)えているようにユートを観察しながら、サラが(たず)ねた。

 だが、ユートは何事もなかったかのように、不敵な笑みを浮かべて見せる。

「俺がこんなヤツらに遅れを取るかアホゥ。ったく、このクズ共、俺の属性宝珠(ぞくせいほうじゅ)が欲しいんやったらな、黄色属性の秘法師連れてこいや。それも、メッチャ腕の立つヤツ」

 冷徹(れいてつ)に言い放つと、ユートは命司を見据(みす)えた。思わず、命司は担任に悪事がバレた学生のような気分になる。

 そんな命司の(わき)をすり抜け、サラは再びどこかへ出かけて行った。恐らくは、衛兵を呼ぶためだろう。

「さて、メイジ君よ。手間かけさせよって。言いたい事は山ほどあんねんけどな……取り敢えず、これに着替えてこいや」

 言って、ユートは命司に服を投げてよこした。

「着方なんて、知らねーぞ?」

「アホか。広げたら服の構造(わか)るやろ。あとは頭使え」

(まぁ、いいんだけどよ……)

「二階借りるぜ」

 そう告げて、命司は木製の急な階段を登った。

 登った先、二階には照明は無く、代わりに天井の穴から、落ちたばかりの夕日の残光が射し込んでいる。

「……綺麗(きれい)な、街だよな……」

 思わず、命司は呟いていた。

 (あか)りのともり始めた家々の窓。天井から続く壁の穴から、そんな風景が見える。上を見上げれば、残光の中に星が(またた)き始めている。あの都会の摩天楼(まてんろう)と、その狭間(はざま)から微かに見えるだけの霞んだ空と比べると、そこには格別な美しさがあった。

「……ま……いっか。めんどくせぇ」

 渡された衣服一式を眼前に広げ、命司はそれを着る決意をした。

 どうにも、サラに恩義を感じてしまっている自分がいる。ユートに関しても、気にくわない点は色々とあるが、確かに今逃げ出さなくとも、この世界の仕組みやシキタリ、(おきて)や法律、そんなものを知ってからでも遅くはない。

 それに、

「秘法……ね」

 サラから聞いた話が、実は命司にとって非常に興味深かった。言い方が違うだけで、平たく言えばそれは魔法だ。そんなものが使えるようになるのだというのなら、確かにここにいる価値はある。専門学校で経理を習うより——いや、例え有名大学を出て、官僚(かんりょう)や政治家になれたとしても、その後で欲にまみれ、殺伐(さつばつ)とした人生を歩むより、よほど刺激的(しげきてき)、かつ充実(じゅうじつ)した人生が送れるのではないのか。そう思ったのだ。

 栄達(えいたつ)というものに興味がある訳ではないが、せっかくこの世に生まれたのなら、命司とて『面白(おもしろ)い人生だった』と言って死んでいけるような人生を歩んでみたい。

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